中村の不倫事件

 昭和十七年
 昭和十七年四月、異動。仙台憲兵隊より中岡正三郎中尉が二代目分隊長として赴任してきた。着任にあたって「分隊員はどんどん戦場に出征するので隊員は協力し合って勤務に精励するように」と挨拶で訓示した。その言葉どおり、次々に隊員は戦場へと駆り出されて行った。
 ○中村の不倫事件
 四月十日、平警察署から横浜鎮守府海軍逃亡兵が護送されてきた。
 四月中旬頃、中村で不倫事件が発覚。中村婦人会会員から投書があって「朝鮮羅南へ出征中の現役兵の妻が町内の男性と不倫している、時局柄許しがたい」との内容であった。
 現役兵の妻と、相手の男性に呼び出し状を発送。朝鮮羅南憲兵分隊より通報があり、勤務中の該兵が練兵訓練に熱意がないため人事係の准尉が尋問したところ、内地の友人からの手紙を提示し、妻の不倫を悩んでいたことを訴えた。憲兵隊に告訴して姦通罪で処分のうえ離婚する旨であることが判明。
 憲兵分隊に出頭した二人は不倫行為を素直に認めて調書に署名捺印した。相馬裁判所に所見を送付して事件送致した。女性は離婚。男性は姦通罪で一年の懲役処分との通達を受けた。
 十七年五月、疾病のため仙台憲兵隊原町分隊付として吉田義夫が赴任。庶務・経理を担当。安川宅に下宿した。
 十七年五月、水戸陸軍飛行学校は廃止。原町飛行場は仙台陸軍飛行学校新設基幹校に移行された。
 十七年の野馬追祭に、同盟国ナチス・ドイツからヒトラー総統の親友で駐日大使オットーが原町に来訪した。軍事同盟のきずなを華やかに喧伝された。原町憲兵隊は警察署と共同で警備にあたった。