旧住民の反発も新住民の夢も
福島第一原発の爆発現場から10〜20km地点の小高区は、南相馬市の南3分の1を占める。冒頭にも書いたが、避難指示の解除をめぐっては、人口ゼロの状態から帰還を促進しようという国と市が日程を調整してきた。当初は4月初旬にと申し入れていた国に、「いまだ除染が完了しない駆け込み解除は許されない」と地元住民が反発し、せめぎあいの住民説明会は揺れに揺れていた。
芥川賞作家の柳美里さんは、福島第一原発事故の被災地最前線の南相馬市原町区に昨年移住し、実子も地元高校に入学させている。週に1回、臨時災害放送局「南相馬ひばりエフエム」の番組のパーソナリティを務め、南相馬の被災者を取材し次々に新しい小説を発表している彼女は、最近ツイッターにつぶやいた。
避難指示が解除されたら、南相馬市小高区に土地を買いたいな。
小さな書店を開き、店主になりたい。
わたしのサイン本を常時販売し、わたしの推薦図書に手書きPOPを付けて販売する。
文房具も置く。
そしたら、小高の街づくりに、少しは貢献できるかな。
小説を書いて、お金貯めなきゃ。[★3]
もっとも、作家・柳美里に対しては、「3.11以後にマスコミで注目される南相馬にやってきて、南相馬住民を代表する形で持論を展開しているように見える印象に快からず思っている」という住民もいるにはいる。声なき住民にしてみれば、芥川賞作家の南相馬移住というできごとにおおかたの共感もあれば、「有名人の知名度だけで発言権を独占している」という旧住民らしい反感もある。それはメディア一般に対する不信感と反感に根差しているものだ。
「東日本大震災に乗じてスポットライトの当たる原発被害最前線という場所に乗り込んできて、ことあるごとに南相馬市代表のような顔をして発言している。いつここを去って次の震災地に行くのか」という声さえ聴いた。
震災後、人気タレントや、落ちぶれた芸人まで、また世界各国からの芸術家や哲学者や政治家などが次々に南相馬に来訪する。実験室のフラスコの中の化学反応のごとき絢爛たるありさまだった。NPOの活動家がときめいて目立った。
多くの外来の人物が脚光を浴びる中、東京八王子から故郷に戻ってきた青年がいる。地元の歴史が好きだという青年は、「田園まさに荒れなんとす」の陶淵明のごとき感性で実家に戻ってきて、自分探しを始めた。
フクシマ・ノート#10 ゲンロン
★3 柳美里ツイッター