◇◇ついに学校が◇◇ 本日、10月17日より南相馬市内の放射線量の比較的少ない約半数の小、中学校が再開する。校庭の表土を削り取り、放射線量を下げての再開だ。児童の大半は避難したままだ。緊急時避難準備区域が解除になっても児童の大半は帰ってこない。と、言うことは両親も一緒に避難している。 南相馬市では、60%、1200人の児童が避難先から戻っていないという。放射線量の高い山側の学校はしばらく再開できないようだ。駅前の商店街通りもほとんどの店がシャッターを下ろしている。街中のスーパーは、地震の影響で天井が落ちて休業している。買い物に行くのも郊外、不便。某市の八百屋では「福島県産の野菜は放射能が付いて怖いから仕入れない、売らない」と、言っている。風評被害が拡大しているようだ。・・・つづく・・・そのうち

◇◇ついに高校も◇◇ 南相馬市の原町高校も10月26日より校庭等を除染し、授業再開。サテライト校から帰ってくる生徒、帰らない生徒、帰れない生徒。新聞では廃炉にするのに30年以上かかるとのこと。緊急時避難準備区域が解除になっても避難先から帰ってきたのは1パーセントだという。大部分の人は除染等の様子見というとこでしょう。避難先で体調を崩し亡くなった人も多く、今日も近所のお年寄りが1人避難先の病院で亡くなり帰ってきました。故郷を離れて200日以上不自由な避難生活で体調を崩す人達。・・・原発大難・・・つづく・・・そのうち

◇◇ついに閉院か!!◇◇ 小高区A病院に勤めていた叔母が震災当時の同僚達と11月 2日、警戒区域の病院に私物を取りに行く。聞くところによると小高の町は家屋は倒壊し、立派な蔵等が見るも無残な光景で不気味な感じだと言っている。病院の 再開はおそらく出来ないでしょう。ライフラインはズタズタ。地震、津波、原発は想像以上だと言う。・・・つづく・・・そのうち

◇◇ついに廃車◇◇ 16年乗り続けたスバルのビストロ。子から親へと乗り継いだ軽自動車もついに廃車。そしてこれが最後の車と買ったのが、マツダの軽自動車、スクラムV.BAN・BUSTER。運転席、助手席の下がエンジンルームのため座席が高く慣れるのに時間がかかる。ナンバープレートは4ナンバー、「77・77」・・・つづく・・・そのうち