原町飛行場の人々

 昭和15年に二つの軍事施設が福島県相馬地方に出来上がった。原町陸軍飛行場と原町憲兵分隊である。
 原町憲兵分隊の管轄は、福島県浜通りの三郡すなわち石城郡、双葉郡、相馬郡である。三郡の町村に面積、人口、産業、人的物的基本資料に加え、入営、応召、戦死などや遺家族紛争の有無に至るまで極秘情報を蒐集するため回報を発送して協力を原町役場に要請した。
 さらに一週間後には、通常勤務のために新品の自転車五台が本部から到着した。手分けして、石神、大甕、太田、高平の各村役場に訪問調査を開始した。早い町村から回答があって、基礎資料は集まり出し、町村長も挨拶に来訪するようになった。
 ところが、この大きな軍事施設がありながら、すべてが秘密のベールに隠されて国民の目から遮蔽されて、口辺が遮断されていたため、すべての記憶が忘却されたうえ、何がそこで行われていたのかさえ分からない。
 最大の目的は防諜。すなわち原町に完成した陸軍飛行場の安全と機密情報を守ることにあった。
 いつ頃、それが出来て、いつ頃に亡くなったのかも、誰も知らない。
 飛行学校と滑走路がいつできたのか。原町市史を開いてみても、どこにも精確な日付が書いていない。面白いことに、昭和15年6月30日、と明確に記録した文書が一冊だけある。「原町キリスト教会75年史」という薄いタイプ印刷の小冊子だけである。
 なぜその日付が明確に記述されているのか。なぜほかには皆無なのか。書き残したのは成瀬高という。原町のキリスト教会に大正と昭和の半生期にわたって牧師として赴任した人物である。
 近代的な歴史記述に必需の途中の考察のプロセスを飛ばして、たとえ話だけを一つだけ記しておこう。
 ある日、ある小さな村に大男がやってきた。男は村人に言った。この村に恐ろしい怪物が襲ってくるかもしれない。村長が言った。彼に住んでもらおう。彼が村を守ってくれる。
 小さな者が、つぶやいた。平和に暮らしてきた村におまえさんのような大男が住むようになると、むしろ必ず禍も来るかもしれない。現に、足を踏まれた小さなものがいたのだが、踏んだ方の大男は、実はそのことを全く覚えていなかった。誰がその日を覚えていたか。足を踏まれたもの自身の側であろうと私は思う。

つづき

原町飛行場が出来るまで