佐々木平吉さんは、毎日のように家にやてきてました。朗らかな人でした。
古山陶器店の四人姉妹のうち、相馬女子校に通学していた16歳の愛子さんは、語る。
うちと松永牛乳店と魚本の三軒で、お風呂を交代で沸かそうという約束ができていた。古山陶器には、若い特攻隊員たちが年頃の近い娘たちは、短い原町での家庭的な生活の三つの支点になる。
兵隊たちは、トランプやジェスチャーなど、たあいない遊びで家庭的な雰囲気を過ごしていた。
魚本は、当時の原町では最高級の日本庭園付きの割烹旅館。町が斡旋して、神州隊にあてがわれた。国華隊は柳家旅館があてられた。
特攻隊の顔ぶれは、気軽に自由に的の裕福な有力者の家々を回遊するように往来したが、神州隊お気に入りの支点は前述の3家だった。
魚本の寛ちゃんは、約束してたのに、お風呂を焚かないのよ。うちには、お得意さんの農家が、たくさん薪を持ってきてくれたので、一軒の薪専用の小屋を建ててあるほどで、毎日お風呂を焚きましたから、それが目的ということもあった。
町内の働き先から、学校から、姉妹たちが帰宅するころに兵隊たちはやってきた。

木幡と宮の二人の神州隊隊員には、いい名づけがいた。魚本で仮祝言をして、一室ずつ夫婦で暮らした。
ほかの隊員にも、電気会社や原町紡織工場で働く成人の女性が、恋人のように交際していたようだという。
佐々木は若かったし、瀬戸屋に毎日通ってきたというので、そういう特定の女性はいなかった。
佐々木平吉は5月14日付の親元への手紙の中に、
「去年一週間ノ外泊モ今生ノ別レ、特ニ打明ケ様トシテ打明ケラレザル平吉ノ胸中ヨロシク御拝察下サレン事、御願ヒ致シマス」と記し、付記して「家ニ平吉ノ写真送付セバ上記原町ノ各家ニ各一枚ヅツ御送付下サレン事、御願ヒ致シマス」と依頼している。その手紙の最期に、切ない添付があった。
「一、金銭貸借 無シ
 一、婦人関係 無シ」