原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

1985 灰の水曜日

灰の水曜日

「わたしはふたたび振り返ることを望まないので
わたしは望まないので
わたしはふり返ることを望まないので
この人の才能やあの人の機会を望んで
そうしたものを得ようともはやあがくことはしない
(老いた鷲はなぜ翼をひろげなければならないのか)
なぜ嘆かなければならないのか
この世の権力のなくなったことを。

この世の時間のはかない栄光を
ふたたび知ることを望まないので
わたしは考えないので
わたしはあの唯一の本当にうつろいやすい力を
知る事はないだろうと知っているので
わたしはそこで飲むことはできないので
そこは木々が花咲き、泉が涌くところだが、
今はなにもないのだから

時はつねに時であり
場所はつねに唯一の場所であり
そして真実であるものはただ一回だけ
そして一つの場所でだけ真実であることを知っているので、
私はあるがままの物事を喜び
あの祝福された人の顔を諦め、
あの声を諦める。

わたしはふたたび振り返ることを望みえないので
それだから喜ぶべきもののうえに
何かをうちたてなければならないことを喜ぶ

そして我らに恵みをたれ給えと神に祈る
そして自ら多くを論じすぎ
説明しすぎたことを
忘れることができるようにと祈る
ふたたび振り返ることを望まないので
これらの言葉に責任をとらせよう
すでになされたことを再びなすことがないように
われらの裁きが厳しすぎることのないようにと祈る

この翼はもはや飛ぶことができず
むなしく空気を打つ唐箕にすぎない
その空気はいまやまったく希薄で乾き
わたしの意思より希薄で乾いているので
案じるべきことと案じてはならないことを教え給え
静かに待つすべを教え給え

われら罪人のために今も我らの死のときも祈り給え
われらのためにわれらの死のときも祈り給え」

T.S.エリオット 『灰の水曜日 Ash-Wednesday』より。

 1985年の2月、父の死の翌年、二年前に死んだ年長の最愛の親友鹿又泰にかかわるわだかまりのある男Tと出くわした。彼はダイエー原町店の雇われ店長で当時は権勢を笠に着て傲岸で、企画室長の柔和なわが友とは折合いが悪く友を悩まし、わたしは彼を許せずに、そのうちに友は急死し、私はTを恨み、とうてい教会に通っていても
 われらに負債をなすものを われらが許すごとく、われらの負債をもゆるしてください
という「主の祈り」をずっと心底からは祈れずにいた。
 ところが地方経済の疲弊で原町ダイエーが撤退し、実は新潟生まれで原町の女性に婿入りしている身の上でTは双葉町の家具店に再就職していた。原町店長時代に何度もイベントをしていた家具販売の販売企画で作ったコネで、新しい就職先に潜り込んでいたのを、この時知った。
 ぼくは割引きの日に来たつもりであったが、実は日にちを間違えていた。
 しかし、Tは新任地の双葉で原町時代の顔見知りの私を見つけて、別人のように気さくに暖かく声をかけ、自分の権限で、チラシの日にち限定を無視して、割引き価格で欲しいチェストを売ってくれた。
 死んだ友は、毛嫌いしていたTに、別な局面で再会させてくれ、わたしが妙な拘りで自分のほうからTを避けていたことの不合理さを正してくれた。
 それにしても神様は、不思議なことをなさるものだと思った。
 長年許せない男を、つまらぬわだかまりを捨ててしまえば、主の祈りを祈れることをそのときに自覚した。
 初めて心から主の祈りを祈れた喜びを、そのころ通っていた原町教会のヤシント・エベール神父に報告した。
 神父はわたしを見つめて、言った。

 二上さん。今日は何日だか知っていますか?

 私はキリスト教会の暦もカトリックの習慣も知らない。

 きょうは灰の水曜日です。おめでとう。

 老神父の温顔が、わたしが主の祈りを祈れるようになったことを喜んでくださった。
 長年好きだったエリオットの詩集の中に「灰の水曜日」という信仰的な詩を発見して、愛唱するようになった最初だった。
 もちろん、卑近な自分の身の上のことを、アメリカ生まれで英国に帰化して、ユニテリアン宗派からアングロカソリックに帰依し、ノーベル文学賞まで授賞する宗教詩人の境地に及ぶべきもないが、つたないわたしにとっては、神のみちびきの数奇を讃美するにはすばらしい出会いのたまものであった。

 神学が人間を救う訳ではない。
 暦の行事が人を救う訳でもない。
 ただ神は、その者がわかる形で、救いを果たされる。

 アインシュタインは、相対性理論を完成させたときに、
 神は宇宙の成り立ちを、わかるように作ってくれたことに感謝する
と言った。
 わかるものには、その者がわかる形で、神は教えてくれる。

 ちいさな東北の田舎町で生まれ、育ち、大人になり、親友に死なれ、父親に死なれ、淋しいおもいを抱きながら、若い妻と幼い二人の娘を持った青年のわたしに、わかる形で、人を許すこと、主の祈りを心から祈ることを、みずから教えて下さった神に感謝せざるべからず。
 灰の水曜日は、主の祈りとともにある。
 神様とわたしの、親密な、たいせつな秘密。
 苦しみから解放し、真理を見せてくださる神に感謝します。

はらまちキリスト教100年史

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