明治戊辰異聞
 八軒長屋


此処は奥相原の町
渋砂浜への道すがら
積善の家叶屋が
心づくしの貸家あり

八軒長屋と人は云ふ
ここで暮らしの変り種
十人十色さまざまな
帰るかりがね出る燕

来たか関東旅がらす
聞けば士族の失業者
洋傘直しの時とやら
何時も乍らの顔なじみ

さあお立会いお立ち会い
御用と急ぎでない方は
手前渡世は軍中膏
ガマの油を売る渡世

貝と釈杖伴奏に
デロレンデロレンデンデロレン
祭文語りの夫婦者
お止しよ投げ銭放り銭

木魚叩いてチャカポコと
阿呆陀羅経の色ごよみ
身振り手振りの表情に
人笑わせの道化者
 

来たか奥州犀川の
孫太郎虫を売る男
効くか効かぬか飲んでみろ
仙台弁チャラ俺等ヤンダ
8 
相馬言葉でギナという
頭脳身体身障者
忠兵衛アッコは番小屋で
村から町への廻り扶食

無理な押し売り物貰い
入るべからずの禁じ札
番太は村の用心棒
万吉アッコの名は残る
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八軒長屋の西外れ
鋏剃子砥ぎ師あり
五十男の独り者
心静かに砥ぐ砥石
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砥ぎ師長屋の隣組
お前は遠藤丈太郎
木幡太右エ門渡返の
棟割り長屋の仲間達
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さて此の砥師何者ぞ
長州藩の参謀で
維新の情勢動揺を
探る頭山直八仮姿
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明治維新の和議なりて
官軍進軍陣列の
殿指揮の騎馬姿
参謀正装晴れ姿

明治維新の大業なるときこの原町の一隅にも官軍の先乗として地方の情勢を探りその土地を無駄な兵火から護り之を避けることについて努力された長州藩の頭山直八参謀が一介の砥ぎ師となって俗に云う八軒長屋の一隅に居を構え地方民との交流を考えて居たのであった、この事は私に土地の古老が教えてくれたのであった。
p82 原文では「戌申」異聞となっているが、「戊辰」が正当。

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