あぶくま新報創刊1985

 あぶくま新報という旬刊タブロイド紙を創刊させたのは1985年である。
 門馬市政の評論は、3年目からということになる。
 当時の原町市は、前市長がスタートさせた原町火力発電所の建設をめぐる遅延についての報道から、新聞は始まった。
 建設がスタートして、金が地元に落ちるようにという市民の願いの空気がそのころは横溢していた。
 80歳を超えた老練な渡辺敏市長を県会議員の大田豊秋が押して、これを門馬が破った。新市長になった青年新人にフレッシュな市民の期待があった。
 この青年市長を歓迎するごとく、われらのあぶくま新報で迎えた最初の記事は、三企という齋藤邦吉系の企業からの献金をあからさまに報じた記事であった。
 福島市にある県庁機関に、すべての県内政治家への献金目録とリストがあるが、一般市民は見られないのであるが、係員に5000円札の鼻薬をかがせて、門馬氏の名前が明記された三企の領収証の写真を紙面に掲げたのだ。
 こういった地元の首長への批判記事は地元紙には載らない。在京の大新聞の支局の福島版にのみ載る。二、三年で記者が変わるからだし、購買部数が圧倒的に少ないから、影響力が少ない。けっか、地域の組合運動家か教員ぐらいしか知らない政治情報で済むので、許容範囲なのだ。
 地元新聞では地元商店街の広告をすぐ切られてしまうから、よっぽどの警察ネタにならぬかぎり批判記事はかかない。
 熊本出身の黒川満寿男が「相双新報」という地域タブロイド新聞を出して月に60万円の広告費をあげており、夜逃げして行った彼からこれをいただこうというのが戦略だった。