原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

  石神役場建設は大正末期

石神村役場
新築落成式
二宮尊徳翁の旧庁舎を
廃して現代的に建築
…………………………
◇・・・来賓八百余名
相馬郡石神村役場は曾て本紙上に報導したる如く有名なる二宮先生の一家が住居せらるたる家屋なるが、明治三十一年尊徳翁の令孫尊親氏北海道開拓のため渡海せらるゝに際し
該家屋を 石神村に交付し同村にては永く二宮翁の徳を記念するため之を村役場として尊重されて来たが、時勢は遂に村当局を動かし二宮家の旧庁舎を廃して新に役場建設の事に村議一決なし本年一月中旬を以て起工し大和田村長、池田助役、工事委員佐藤圓治、田原甚助、牛庚(渡ノ誤リカ)長治、武野直人の各氏監督の下に請負人太田亥之吉、高橋栄助両氏と協力して該工事を急いだる結果僅々三ヶ月を出でずして洋風セメント瓦ぶき木造りとは言へ頗る現代的な新庁舎が、約九百圓の工事費にて出来上がつた、よつて去る八日午前十時より之が新築落成式を
挙行する こととなり来賓として南相に於ける各町村長及び官公吏並に同村有志家を合して八百余名同村長の案内にて式場に設けられたる新議事堂に入れば正面の床上に掲げられた二葉の写真之が昔を忍ぶ二宮先生の住宅である古色蒼然たる葺萱の家も鬱蒼たる屋後の老杉も曾ては世人が崇仰の的たりし例の厳めしき冠門も今は唯この画面に忍ぶだけで、早変りしたる新庁舎と対照なし転々今昔の感に打たれざるを得ない、やがて一同は定めの場所に着席、先づ池田助役開会を宣し大和田村長の式辞並に工事報告あり次で工事委員その他の
功労者に 賞品及び賞状を授与し来賓として佐藤原町長佐藤原警察署長、水戸同村校長その他の祝辞あり受賞総代の答詞ありて正午、式を閉ぢ牛越河原に設けられた別室に於て盛大なる祝宴会を催し特に当日を卜して開催したる郷土芸能二十余番を観覧して盛会裡に黄昏頃散会した
(福島民友新聞・昭和2年5月11日)

大正年間に相馬記者団発足発起人となり、翌年の野馬追広告に民友新聞原町支局主任という肩書きで紙面に登場する時期的理由、立場上の理由、石神の行政内容に精通した事情等の理由から岡和田甫自身が書いたものと思われる。
さらには、同年二月の福島民報の報道では「端した金で売られる二宮家」という、悪意にみちたタイトルで、揶揄的扇情的な記事を伝えている。
政友会機関紙であった民報が、ライバルだった民友に対して、あるいは憲政会の岡和田に対して、対抗的な意味で攻撃した一貫であったことも考えられる。
原町教育委員会が発行した「中の郷から原町市へ」写真集には、瓦葺きの石神役場の写真を大正15年とキャプション解説を付している。当時の文化財調査委員だった宝玉義信氏が執筆した(現任)。どのような根拠なのか分からないが岡和田甫が「昭和初期に二宮住居を買い取った」という思いこみから、昭和初年=昭和元年=大正15年という推論によって、決定的な錯誤をしたものと推定される。
工事委員佐藤圓治とあるのは、原町教会牧師故成瀬高氏が記憶する人名として菅山鷲造ら石神のクリスチャンとともに初期の教会員として「75年略史」に列記している佐藤円治と同一人物と思われる。

はらのまち100年史

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