原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

  はらのまち写真史研究 序論 最古の写真群

日露戦争従軍者肖像

陸軍一統主計桜井政員
歩兵大尉熊耳益三
歩兵少将渡辺棋十郎閣下
旧藩主相馬子爵

勲八等中山彦太郎
故蹄鉄工長愛沢完
渋谷要助
岡田亀治
堀内栄治
西清治
故勲八等功七級岡島儀作
志賀徳太郎
勲八等功七級柿平善治
田農庄治
門馬作治
三浦兵太郎
松野勘次郎
松山善四郎
日下三郎
中津寅次郎
山田勘五郎
根本吉之助
故七等功七級米倉助八
勲八等米倉喜太八
佐藤豊蔵
勲七等菊池仁左衛門
勲八等太田清助
遠藤精治
木幡卯八
門馬平治
堀川岸松
勲七等米山子之松
前田善七
功七級立谷清得
勲八等芦口儀八
根本清吉
天沼庄助
門馬秀次郎
猪狩長治
猪狩伊助
猪狩喜太郎
喜太郎氏妻タツ子
勲七等功七級大和田善重
勲七等木村留太
花井貞衛
八久保田清
新妻半太郎
佐川吉太郎
鯨岡国五郎
勲七等功六級西乙治
勲七等功七級佐々木平助
仙波秀三
勲八等大和田儀惣
持舘勝衛
山下文治
勲七等功七等堀川要之助
勲八等佐々木清松
稲村清
門馬清治
門馬武兵衛
長谷川浦之助
鈴木幸蔵
勲八等功七等渡辺善五郎
勲七等功七等吉田文蔵
勲八等西山房松
山見清輔
江井作衛
大川文蔵
岡田重太郎
和田次郎
大塚剛雄
齊藤兼市
猪狩伝三郎
青木善三
故勲八等功七等齊藤重弥
正八位勲六等高野寅衛 軍医か
勲七等木幡久助
勲八等吉田清治
勲八等仝千代太郎
実兄高田清之助
四倉勝身
松本茂右衛門
酒井音松
太田惣太郎
清信太郎
勲八等功七等鈴木里利
勲七等吉田春記
石川惣之助
通訳官仙波種徳
勲七等石川伝吉
勲八等佐藤勘治郎
永沢数衛
荒武師君全家族
勲八等荒川與七
勲八等功七等三浦末太郎
勲八等小林節造
佐々木平三郎
大井朝記
歩兵少尉堀川一正のちの原町長
勲八等功七級佐藤政治
実兄佐藤勝美
勲八等坂本貫
陸軍歩兵少尉佐藤安衛
勲八等功七級井上松之助君全家族

日清戦争に従軍した兵士の肖像写真を探すことは難しいが、日露戦争の出征兵士の場合には、おびただしい数を確認することができた。国家的な撮影「指導」が背景にある。

明治37年8月16日「軍人の写真に就て」

今回の日露戦役について、戦死者及び負傷後死亡したる者の写真は、一々皇太子殿下の思召を以て、御室に御備へ置くこととなりたるために、其筋よりも各郡役所へ通知ありたるを以て、各郡役所にては夫れ戦死者の遺族に通知し置きたるも、今後出征者戦死するもの尚多かるべきに就ては、出征軍人の家族者は成るべく生前の写真を保存し置き、斯かる軍人の名誉たる期を逸せざる様なすべしとなり。但し写真は普通小判にして、なるべく軍服を着用したるもの。若し軍服を着用したるものなき時は、和服を着用したるものにても差支なきが、余り見苦しきものにあらざるもの。

明治40年当時の相馬地方の写真館には、
原町栄町 青田写真館 青田清真
磐城相馬中村 人物専門 馬場写真館(出張所 小高、浪江、新山月一回出張)
中村 太田写真館 太田清蔵
(鹿島町上真野出身)などがあった。はらのまち写真師

はらのまち100年史

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