原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

秋燕日記 野分 19年11月

五日 やっと嵐がおさまり午前中坂本さん、寺田さんに葉書をもらったので、しおりやはり絵、小さい折鶴など入れて手紙を出してぼウーとしていた所に寛ちゃん(魚本料理店主)から電話が来て、斎藤さんが明朝出発なさる事をきく。御飯を食べるとすぐ姉さん(叔母)と魚本に斉藤さんとあいにゆく。比島にゆく事、参謀付でゆく事などきく。「後から行きます」と言うのでそのまゝ帰ったが、もうあの時は酔っていたのか、家に来た時ニコニコとしてあまりお話しない方なのに喋るしゃべる、うんとお話するのでおどろいて帰って来た。十時過ぎすぎ魚本はとっくに出たというのに来ない。どこに行ったのかと思って居たら、道がわからなくなったと野村に泊っている人に送ってもらったなんて酔って来た。もう最後と思ってか家に来てもいろいろ話した。このときも「決戦に間に合ってよかった」と何回も言った。それから手帳を出して「今日の二時命令をきいてから眠ろうと思ったけどねむられず、目をつむるとレイテ湾が見え敵艦がぐーっと大きく目の前に浮かんで来て和歌が次々に出て来た」と三十何首か読んできかせてくれた。それで私はその歌をうつさせて下さいって手帳を取り返したら斉藤さんは本気で返して欲しいと言う。それでも私はその歌を書いておきたかった。あまり真面目に返してと言うので軍の大事な事が書いてあるのかもしれないので、良い歌をえらんで手紙をくれる約束で返す。
六日 斎藤さんとうとう行ってしまった。五時の汽車だった。丁度お餅があったのですごく甘くしてお汁粉と鳥の雑煮、うどんも御馳走したかったけど時間もなくて駄目だった。残念に思う。寛ちゃん、岩越さんがお見送りするとて家に来る。斎藤さんに可愛がってもらった三毛も門までお見送り。東の空が紫にうす明るくあけそめて来た時だった。
小山さんも一緒に行ってしまわれる。
小山さんって何と言ったらいゝか言葉の悪い!人だった。初めて家にいらした時、斎藤さん、小山さん、私、姉さんと四人でトランプをした。二十一時(ゲームの名)をしたときどうした訳か私にハートばかり来て二度目もハートを集めたら「こいつハートばかり集めてやがる」だの「馬鹿」だの言う。私と姉さんはおどろいたっけ。

はらのまち100年史

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