原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

神州隊 久木田清

神州隊 久木田清
 昭和十九年秋から二十年三月まで57期第二次乙種学生(転科)の操縦教官をしておりました。(主任教官53期石井広大・50年物故)。十九年十二月から翌年一月にかけて右膝関節水腫で患部に疼痛を覚えやや歩行困難のため仙台陸軍病院に入院していたことがあり体調は必ずしも万全でゃありませんでした。
 昭和二十年三月末に乙種学生の教育終了と同時に特攻隊長の命課をうけました。第一飛行団(帯広)付でした。当時、私の部下になる人で、旧知の人は一人もいませんでした。第六十四振武隊の渋谷隊長も全く面識がありませんでした。准士官、下士官の人達が別表の編成表のとおり、下士官操縦学生出身が多く、年齢も私(22歳)よりほとんどの者が多かったと思います。若い人といえば服部軍曹、榊原、佐々木伍長位のものでした。
 すでに沖縄本島近くの慶良間列島に米軍上陸の報道がありました。
 発令後、飛行隊長は、すぐ全員に休暇をやる、実家に帰って暇乞いをして来いと言われました。私はここから最も遠隔地だし、空襲等によってどのような事態が招来するかわからないので一応辞退しました。それでは飛行機(双高練)を出すからかえって来いとの再度のお話に、近畿以西の隊員と一緒に出発しました。
 明野(三重県)、加古川(兵庫県)と立ち寄って近辺の隊員をおろし、その日の夕刻、最終目的地の都城(宮崎県)につきました。
 最後に降りたのは私と堀口曹長だけでした。飛行機は空襲で破壊されては大変の考慮で折り返し原ノ町に返しました。(パイロットは渋谷隊の横田軍曹だったと思います)。

はらのまち100年史

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