原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

鹿島町の空襲犠牲者

菊地敏子(町)昭和20年8月10日午前9時30分、瀬戸畑53番地で死亡。当時8歳。小学校3年生。くるみの木の下で空襲に遭い被弾。
小椋ツヨ(江垂)午前11時40分。相良病院で死去。51歳。御子神社に避難して空襲に遭う。天然記念物のけやきに銃弾が当たって破片を被弾。すぐ医院に運ばれたが、そこで死去。
桑折金次(烏崎)10日、死去。14歳。松野さん宅が空襲で火災。消火活動を手伝い、昼食のため一時自宅に戻って空襲に遭う。
寺岡夏治(江垂)10日午前中に町に用事で出ており死者の出たことも知っており家人に言っていたが、午後、自宅庭先で乾かしていた麦を取り込むときに空襲に遭い被弾。隣近所はみな避難していたが「敵の弾なんか当たらない」と公言。日露戦争従軍者で勲章ももらった人だった。真野倉を狙った銃撃がはずれて田に落ちた弾丸の破片が被弾したらしい。
佐藤カメヨ。(烏崎)昭和30年8月18日死亡。空襲で銃創を受け、入った穴は小さかったが、出口はザクロ大の大きさの穴が開いていたという。激しい雷雨で、病院に搬送されることなく自宅にいたままだった。この銃創が原因で、10年後に死去したと思われる。

はらのまち100年史


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