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「1、徴用令を受けたる年月日
   昭和十八年十二月二十日
 2、徴用せられて総動員義務に従事したいた事業所の名称
   原町紡織株式会社
 3、右事業所の所在地
   福島県原町市南右田字夜森前六番地
 4、従業した総動員業務内容
   綿スフ織物製降並に染色加工
 5、死亡の原因となった負傷又は疾病にかかった場所及び右の受傷罹病のろき従事していた業務内容
   職布工より転課し筋係として就業す
   受傷及び罹病の年月日
    昭和二十年二月十六日
 6、死亡の原因となった負傷又は疾病の受傷罹病の状況
   米軍艦載機の銃撃を受け
   右側下腿の貫通銃創
   に瓦斯壊疽を併発し死亡したるもの
 7、右の受傷罹病の原因
  となった戦時災害の状況
   艦載機の機銃掃射
 8、死亡した場所
   原町南新田字町三十七
   宇津志外科医院
    昭和二十年三月五日
 9、受傷罹病及び受傷
   罹病後死亡に至る
   までの状況
   昭和二十年三月五日午前九時米艦載機に依る編隊の空襲を受け、右足下腿に貫通銃創を受傷せし為め直ちに宇津志外科医院に入院加療中瓦斯壊疽えお併発して死亡したるもの」
 この外にも、当時の宇津志医師の書いた死亡診断書が同家に保管されているが、内容は右と同様の要件がかきこまれている。