原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

はらまち自治消防史 大正編

大正時代の消防

大正2年 大霜害。
中村の郡庁舎が焼失。
上町より出火、大火となる。(小高町史)
3.6.七十四余戸を焼いた馬鹿春の処刑 小高大火事件の悶着 馬鹿春(大正2年福島新聞)
6.27.監獄が恋しい 小高を火にした男
3.25.旅行はがき 小高の大火(福島新聞)
3.26.旅行はがき 小高の大火つづき(福島新聞)
大正2年4月6日、大字益田、六戸焼失
(福島県消防史)太田
4.6.太田村益田で火事。福島新聞
4.8.全焼四十一棟 損害一万七千円に達す福島民報
4.10.佐藤安治の見舞い御礼広告。福島新聞
4.11.同。
4.13.御見舞御礼 佐藤辰次郎、渋佐文七、佐藤安治、佐々木忠助、木幡信喜清福島民報
5.21.激浪中に漂ふ漁夫十五名 相馬渋佐浜の海椿事
8.28.濁水中の二市十七郡 相馬浪江でも水害
床次総裁仙台に 常磐線の駅長も集合
8.30.大出水の惨禍 小高床上浸水 太田橋も流失す 国道太田橋流失す 廿八日富岡土木監督所 新田川十尺 真野川九尺
8.31.小高海岸の惨状 汽車開通期
9.2.本線と海岸線 連絡は尚三日間
9.3.浪江小高間は一日開通
9.3.死者行方不明122  流失倒壊家屋788  浸水家屋22,916
9.4.県下各地の水害後報
9.9.火災見舞金の交付 高平村小林要助
9.13.水害地無賃運送 鉄道院は宮城福島両県下今次の水害罹災民に対し救助の為め寄送品は院線各駅より両県各駅着に限り九月十一日より十月十五日迄無賃輸送し家屋建築材料品肥料衣類食料品など罹災民購入品は同期間五割引にて運送取扱をなす由
以上、福島新聞

大正3年福島日日
6.18.原町出火の不審
10.10. 花の中村
▽郡役所開庁式
11.8.祝中村郡役所開庁式 広告

大正4年 福島日日
1.8.原町消防の水力競争 遠藤鬼喜。小林勘両氏このたび辞任
7.18.佐藤徳助君の葬儀
9.25. 島氏最高点か
25.鈴木小高優勢 大飛行10月7日と決定
9.28.中村町の栄誉者 田中領太郎氏

10.31.鹿島校開校広告
11.10.原町 原町御大典記念事業 不明 郡議選挙違反
11.12.石神村御大典記念
11.19.中村官民奉祝会

12.14.  焼枝原の町まで飛ぶ

大正4年福島新聞
3.26.石神村の火事 十九日午後十時三十分、二谷惣助、一軒四棟全焼。
6.18 福島日日 原町出火の不審 獣医村上庄次方

大正5年福島日日
相馬石神の山火事
発火の罪は誰ぞ 数千町歩を焼失す 客年十二月七日

2.15.石神消防紛擾 表彰不当が原因で 原町父兄懇談会と学芸会
4.16.富岡大火
6.12.宇多川の涸渇
6.14.中村ガソリンポンプ試運転

大正5年福島新聞
9.8.幾世橋火災義捐金御礼広告 九月三日 第三回分 金壱円 水貝廣巳

大正6年 福島日日
1.6.海難頻々 相馬海岸 大みか堤谷
1.16.小高町の火事 渡辺乙松方
3.29.紺野重忠氏村葬 大みか村

本町火事 大正7年

処で失火泰平と思ひきや、大正七年四月二十日下町医師高野純ノ宅焼失、消防施設やや完備せるを以て延焼に及ばず、医院及び自宅のみでありました。その時や組頭佐藤貫良、組員指揮の最中、焼壁の下敷となり、生死おぼつかなかったが、諸医の尽力により生命だけはとりとめたるも不具者となり、再起せざるに至りました。
(笹舟)

原町市史の記述「大正七年の原町火災」
大正七年四月二十日夜半(午前一時頃)下町医院高野順氏宅より発火し、折からの北風にあおられて火勢は猛烈を極め、原町はあわや大惨事となろうとさえ思われたのであったが、消防組織や器具の類もやや整っていたときで、消防組員の奮闘と組頭以下の指揮よろしきを得て延焼を防止し、大火をまぬかれることができた。
しかし時の組頭佐藤貫良氏は、この猛火を見るや危険もかえりみず先頭に立ち、組員を督励して防火につとめたのであったが遂に不具の身となり、両足の自由を失ってしまった。氏は大正四年七月二日原町消防組頭に就任、大正八年一月十六日退任したが、退任後は原町消防顧問の推され、一生を通して原町消防組のために尽力したかたで、原町消防の鏡と仰がれてきた」

この文章の詠嘆調は、種本の笹舟の美文調の文章のかおりがかすかに残っている。原町市史の「消防史」の項目も、戦後を除く前半の部分は笹舟からの引用をベースにしているものの、笹舟の記録から「情報」だけを取り出すつもりが、筆法まで引きずられ、戦後の加筆部分は、ことさらに事務的な記述で、全体が木に竹を継いだような不整合なものになっている。笹舟を未消化のまま採用したゆえである。
しかも、笹舟が記述した明治14、15年の大火を、そのままではなく、詳細な内容も含めて15、16年としるしていることからも、この部分は役所に残っていた公文書をもとに記述されたものと思われる。こうした痕跡から、たとえ役所の火事で焼失されてしまったとはいえ、逆に原町市史の原典資料に何を使用したのかが推察される。

大正7年福島日日
1.12.中村消防出初
2.19.中村消防とガソリンポンプ
12.12.石神火事 藤原宅 民報
大正8年4月25日、大字江井より出火、十戸焼失、損害八万円、原因汽車の煙突より飛火
(福島県消防史)
大正8年4月12日ころ西北風のひどい日であった。貨物列車の火の粉が民家に飛火し、大風にあおられて農家十戸を灰じんに帰してしまった。被災の家は中野平記(火元)、池田定吉、馬場モト、松本勇助、松本清助、牛来庄治、宝玉直己、田中国広、寺内春治、宝玉源助の諸家であった。(原町市史p1446)
日付が全く異なるのはなぜか?

大正8年福島日日
5.14.相馬の消防 民報
5.30.中村町地方に頻々たる放火
6.10.中村放火
民友8年
10.10.中村町の大出水 6-7日

大正9年民報
1.7.電力合同
1.7.原町住宅建設 今村氏の苦心により50戸 3万5000円 利子年4分8厘 償還15ヶ年
1.8.相馬子邸 出火
1.21. 中村青年決起 福相鉄道問題
1.27. 蛇の子を産む 中村
山田貞策の生家訪問

2.15. 中村放火 民報
2.16. 相馬子追悼一周忌
2.24. 原町紡織好況
2.28. 中村の新市街 道路実測を開始
2.29. 相馬消防大会
2.29. 相馬港造成 相馬消防大会

3.2. 中村町会
3.2. 中村地方の積雪二尺 23夕から29夕まで
3.21. 中村補修業式 写真結婚花嫁は検査にはねられぬ様に
3.22. 相馬高女卒業者 新設電話計画(新地)
4.20. 中村選挙注意
4.28. 原町清潔日割り
6.16. 大田川に転落
6.22. 少女又溺死 太田中太田
民報 9.6. 浜通りの暴風雨 新田川大氾濫 原町浸水家屋数十戸 農作物の被害甚大
11.6.中村で招魂祭
11.6. 中村で招魂祭
12.9. 原町地方の積雪二尺

大正10年 民報
1.5. 原町新年式 一月一日午前九時半より尋常小学校に名刺交換会挙行 二百人 今村敬明
原町出初式 二日午前三時
1.21. 原町徴兵適齢 在住四十名、寄留者含め54名
2.3. 組合分離の解決
3.24. 天理教会発火
3.18. 黒木の火事で相馬高女美挙
4.4. 昨朝原町の火事

5.3. 原町区長会
5.9.形勢混沌 原町町議戦
6.23.  中村初町会
9.30.原町屋上協議
10.13.新田川氾濫して原町一円水浸し 十日雲雀ヶ原より押し来たれる洪水は新町本町旭町の一部を除くほかほとんど水浸し

大正10年福島日日
4.5. 深夜放火から 原町南新田七棟焼く

1.8. 小高大火の二十三年忌 新派喜劇招聘 小高座で寄付集め木戸無料 1月5.6日
1.25. 危険で寄り付かれぬ 竣工は五月頃か
2.10. 無電局送信危険防止  酔漢井戸に墜ちて溺死
6.24. 原町小火 夜森前 長谷川岩次郎方炭捨場
9.10. 太田原町間列車不通 出水で
11.25. 無電局で小火
12.24. 相馬中学寄宿舎全焼す

大正の原町大火

大正十一年三月十一日夜半、火元本町二丁目小仲屋旅館、原因は不明(故ありて)とあるも、実は航空隊の一部、宿泊し居るの時、火を漏したものでありました。
損害額四十三万七千五百七十二円也
外ニ電話器十四個。自転車十二両。
罹災者百三十一人、焼失家屋八十三戸。半焼四戸。
その後同三十一年四月、県令第十一号の一、億畳制限規則により大正十一年十一月一日組合を組織し、実行したる結果不燃質物の屋上多きに従ひ、漸次火災の憂少なくなりました。而して常時活動の状況として、春秋二回消防演習、冬季火防督励(役員各番)海水浴場警備
(笹舟)

大正11福島日日
1.10. 原の町出初式 高平の小火
1.17. 立木を盗伐 太田村牛来字久保和田次郎外六名
1.25. 燐寸一本から七棟を全焼す 相馬郡高平村の火事 高平永次郎方の納屋
2.10. 原署管内消防組幹部大会 高平安八
2.16.平と双葉に豪雨 死者221名
2.19. 双葉相馬までも死傷二百に達す
2.25. 常磐線水害から開通
3.19. 未だ原町大火原因判然せぬ 極力調査中
3.23. 原町大火の原因判明 雲雀ヶ原で最終飛行演習
3.26. 太田村長村葬 都田一氏 23日死 25日岩屋寺

4.4. 原町長逝去 今村敬明 原町消防検閲
4.7. 原町の火事放火か 本町一丁目旅人宿小泉屋
4.9. 夜警慰労会原町で開催
5.2. 浪江の大火 十二戸七棟を全焼す
8.17. 中村消防組 広告 町長 郡長

大正十一年三月の原町大火は殆んど町内の三分の一を烏有に帰せしめ二人の焼死者をさい出した悲惨事であったが十六日はその十年忌に相当せるため堀川組頭を始め原町署員並に消防総出で火防宣伝をした
(民友・昭和6年3.18「原町短信」)

大正12年 関東大震災おきる
p1.7.中村火防宣伝
2.21. 原町消防検閲
3.2.原町鉄骨火見櫓協議
福島新聞
5.5.連合観桜会 原町警察署と原町小林区
6.19 夜ノ森公園の旅舎で 男女の事務員が情死 破境の裏に秘められた仮寝の夢
6.13.逓相平局で訓示 歓迎宴を終へて原町へ
6月10日、岡田逓相、平に寄って原町へ午後三時三十八分出発
7.29.暴行消防夫有罪 町長と町政問題にて 鹿島の喧嘩
9.28.県会 相馬区第二区
当選鈴木重郎治  千四百七十八票 (政再)
落選佐藤政蔵   千五十三票 (憲二)

浪江町近代百年史
相馬市史
大正13年 大原大火

民報2.10.石神の大火
残るは林県議宅と郵便局で三十九戸七十四棟全焼

大正13年二月八日、大字大原、小滝留治方より出荷、七十五戸焼失、損害二十五万円、原因炉より飛火(福島県消防史)
なぜか「社会科はらまち」には、大原大火を昭和2年としてある。

2.21.車夫に誘拐された女・元原町の花月館女中
2.22.初巡視の永富裁判所長談

大正13年民報
7.25.火星が近づく 8月2223日には三インチ位の望遠鏡でも月位に見える
8.28.中村町消防手の放火事件 公判
9.4.箪笥の中からダイナマイト 自転車窃盗狂の家を取調べた際に発見
9.24.遠藤上真野村長の葬儀

大正14年民報
2.6.原町消防幹部増員
2.13.原町火事 小火で済む 松永陶器店の座敷から原因火鉢
1.22.原町信用総会 夜の森に小火 夜の森前一番地 高橋末松方19日午前11時出火
1.25.燐寸一本から七棟を全焼す 相馬郡高平村の火事 高平永次郎方の納屋

2.29.浪江町の火事 馬が大やけど

1.8.はらまち消防祝宴 原町消防出初 四日 松永組頭、佐藤政蔵来賓挨拶 花月楼で新年会
3.8.原町の火事
3.8.原町の火事 六日午前九時半旭町青田製板所の煙突より洩たる火が隣家なる呉服店松永邦蔵の屋根に燃ひつき折柄の烈風に煽られて大事に至らんとせるを逸早く発見して消止めた
3.17.石神村の火事 北長野の古川貞喜一戸三棟全焼
p4.18.原署消防検閲の組員表彰
5.15.原町の十二校連合運動会 夜の森公園で
6月19日佐藤政蔵町長就任
7.17.相馬郡の公選有権者・門馬氏は立たぬ
8.18.あわや泥海 洪水攻めの原町 浸水は一千余戸
p12.14.原町の奉祝 奉祝の歌 原町消防副組頭に門馬氏 門馬昌吉から門馬永松へ
p12.24.相馬地方の暴風雨
大正15年福島毎日
1.17. 小高座で火防宣伝映画

福島毎日新聞 昭和2年
2.1.鹿島町の放火犯人検挙さる
8.14.夕 仏壇の盆提灯から失火して 八歳の少女惨死す 石神村の火事
8.31.原町地方の降雹

はらのまち100年史

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