原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

原町花柳界


原町競馬場スタンドにての原町芸妓衆 小柳屋

原町遊郭史・世相史

 相馬藩には遊女というものが存在しなかった。「戊辰戦争で官軍が多数領内に入って来ると、九月に小高、浪江、鹿島へ遊女を置くように命令され、伊達、富岡方面から女をつれて来て十人くらい置いたようだ。」(相馬市史)。
 中村には置かなかった。ただし、私娼ははいた。しばしば禁止令が出たし、違反者が処罰された。

▲長瀬屋 原町の宿場に初めて芸妓という職業が出現したのは明治三年か四年ころのことで、長瀬平太郎という人物が原町字新町に小屋掛けの飲食店を開業して芸妓家を兼業したのがはじまり。
 小せんという芸妓がいた。小せんは伊達の出身で、大正七年には伊達の月舘に帰って余生を過ごしていた。このとき七十一歳というから、さかのぼって明治三年には二十歳ぐらいのときだった。
▲荒川 明治四年七月に原町の本町に荒川茂七が開業し、芸妓おれんは二十六歳の年増だったが多芸の美人だった。おたけという芸妓もいた。
▲菅原 明治十三年十一月、仙台の材木商菅原竹治が、下町野村杏之助宅に開業。妻のお八重が店を仕切り、竹吉、金吉、おまきという女がいた。
▲野村 明治十七年八月、菅原に代わって開業し全盛を極めた。
 小まん、つた吉、小梅、小文、きく子がいた。半玉のおかく、というのもいた。
▲柳屋 十八年、松浦景次が開業。のちの柳屋組の総本家である。おいし。
▲萬年楼 二十二年、下町において開業。楼主亀井豊五郎。おひで、きよ次。
▲塩屋 二十四年五月、下町において開業。のちの中野屋支店塩屋三五郎が主人で、おとき、おみきという女がいた。
▲立谷 二十五年九月、立谷海蔵が下町の自宅で開業。おみや。
▲田川屋 二十六年五月、下町で小泉傳蔵開業。小いま、お千代。
▲小泉屋 三十年二月、小泉傳蔵貸座敷。芸妓山子、村子は郭芸妓の元祖だという。
 明治初年から三十年までの営業は十一軒だが、このほか森岡、むさしや、花月、百井、慶楼などの芸妓営業者があったが、短日月だった。
 三十年のあとにおける営業者で廃業したのは大村屋、芸妓村子、新吉、都、栄屋近子など。

 創刊して一年後の福島民報に、原町の風聞が載っている。
 
明治25年9月15日 民報
原町近況  当地における本年の盆会は平年に比して一層の賑わいなり。蓋し生糸の高値なりし為の意外の収入を得しと二百十日も無事に経過し早や中晩稲共残り少なく穂をかため此后多少の風雨あるとも先つ大害なきに至り豊作万作疑いなきを祝し万民鼓腹の時期に際せしを以て特に盛を極めたり。且つ盆踊りは二ヶ所ありていづれも賑やかにて男は女と化し、女は男と学び異装百出奇々妙々叩く太鼓の音も面白く踊る舞踊の拍子も可笑しく若者連の得意、炎熱、裏に終日硯を弄する記者諸君杯の夢にたも知らざることなるへし○当地小学校職員の品行に就いて面白からぬ風説のみ多く気概ある者ハ悲しむべきの至なり。或る授業生ハ或る白首と乳くり合へりとか或る訓面白からぬ風説のみ多く気概ある者ハ陰刀に腕を扼しおれり学校教員を挙げて書く。(画く)
然りと云ふにハあらされども一犬虚に吠えて万犬実を伝ふるの世の中教育社会特に児童教育の任にある当事者諸君ハ宣しく三省せられた者なりと生徒の父兄等は言へり

明治26年6月16日 小高通信
明治26年6月30日 小高近況
明治26年8月4日 鹿島通信 宇多行方近況 富岡雑報
明治26年8月16日 相馬麦就き節の禁止 民報

原町の酌婦、七十五人

明治26年9月20日 民報
○行方郡原町近況  戸数八十戸人口千九百余内呉服太物商五戸 酒造家四軒 醤麹四軒、小間物荒物商十五軒、飲食店十六店、旅人宿七軒、菓子店九軒、魚店六軒、医師四戸、大工職十二戸、染屋三軒その他の雑商七十軒、殊に飲食店の多き相馬に冠たりしたがいて酌婦と称するもの七十五人あり風俗の日に破壊する驚くべし地方の有志及び警官ハ評判如何の感を抱き居るや
○小学校ハ市外の北端に在り在学生徒五百余教員二十一人高等校長中村氏ハ評判可ならず品行修まらさるとの説あり且教員の中には彼の酌婦に戯るるものありと聞く少しく注意して可なり(後略)。

明治27年2月17日 鹿島町歳月景況
明治27年2月17日 富岡における年市

料理屋、貸座敷は盛況

明治28.9.13.民報
〇相馬地方の豊作  近日相馬地方を巡回せる本社員よりの通信に依れは同地方の稲作ハ非常の好況にして稲は早中晩共悉皆実り早稲の如きは刈取りても差支無き程と為れり地方実業家の話を聞くに昨年よりも却りて増獲あるへしとの事なり去れハ人気も自然に引立ち一段に好況を現はせり中村原町、小高等は料理店貸座敷等非常の盛況なり

娼妓の治療医

明治28.11.26.民報
〇娼妓身体検査及治療医委托  朽(栃)窪貞吉氏は行方郡原町村娼妓身体検査医に年手当金二十四円。世気正親氏は同郡原町村娼妓身体治療医に何れも昨日任命ありたり

明治29.7.19.福島民報 雑報
〇相馬郡原町通信  
新設貸座敷ハ非常の繁昌にて僅か三戸のみなるも妓数ハ三十名程あり当地名物の淫売婦は一時百余名の多数ありしか貸座敷新設以来は自然淘汰により追々其数を減し目今ハ僅か五六名の残物あるのみ芸妓も従来は概ね淫売兼務の為め中を盛なりしか是又四五名を残すに過きす左れは当地の識者は何れも淫売駆除法には公娼を置くに如かすとの輿論に傾けり

 「ゑつしえ日記」の原町

明治30年に、作家幸田露伴が久の浜まで開通していた海岸線のちの常磐線に乗って福島県浜通り地方を旅行しており、久の浜からは人力車で北上した。
 原町に着いたのは夜だった。
雲雀ヶ原の南口から町の方を見やると明かりがともっていた。その明かりのあるあたりが、原町の遊郭だった。原町遊郭は明治30年にできたばかり。鉄道開通に合わせて場所が決められた。

 小泉屋が開業。

 常磐線原ノ町駅が開通。

32.6.21. 中村芸妓の品定め 
32.6.21. 続中村芸妓の品定め
32.6.22. 続中村芸妓の品定め
32.6.25. 続中村芸妓の品定め

33.2.4.  鹿島町貸座敷計画
33.2.6. 鹿島町貸座敷問題に就いて
33.2.18. 死体の配達間違い 小泉楼出稼ぎ娼妓
33.3.3. 警察衛生普及策 小高 本多掬之助
33.4.7. 相馬長者の芸妓狂い
33.10.6. 中村町花柳ポスト

34.6.23. 娼妓の廃業を妨ぐ
34.7.21. 緑陰閑話 原町の不見転芸妓代吉と旅店中野屋の廊下に大乱痴奇
34.9.12. 中村町通信 新料理店 「新開楼」
34.11.28. 相馬郡小高妙見神社下染屋息子は女郎は買う芸者でも下卑でも手当たり次第

4.2.浮世のぞき 小泉屋の草餅
4.15.浮世のぞき 原町署長さん高平村の菊池とかいふ巡査は此間同村の御祭
35.7.24. 中村花柳便り 
35.10.29. 中村 投書 遊郭

原町遊郭の誕生

 貸座敷

36.4.1.福島新聞
◎遊郭地設置に就て 相馬郡原町遊郭地は去る廿七年中松永亀助仲野竹二郎松浦景次の三名の出願許可なりしが該遊郭に北側は浜街道に通ずる即ち一等里道(欠損部分)

原町は天さえ淫色を現はし申し侯

 明治三十七年、栄華楼が参入

37.4.30.福島新聞
◎相馬原ノ町の風紀 彼の怪婦毎夜隊をなして町内を横行し男の袖を引くやら淫猥の談話をなすやら実に意想の外にて外来の旅客などは此地は女島ですかとの問を起す程なりと或人より態々の通信あり之れ事実ならば其筋の取締あらん事を要す

 この年の福島民友の「原町だより」には、「貸座席非常な盛況にて毎夜、太鼓・三味線の音絶ゆることなく候。海外万里の野に故郷を夢見つつある兵士の心労を一寸思われ候。原町、近来は各商店繁昌にて、人気も宜敷、何れも見てもにこにこ大黒様お往来顔繋に候」とある。

 また12月27日民報に曰く。
○原町より 木枯すさぶ今日とて初雪さへ降り初め万事枯涸を主とし各商店とも閑散の態にて候も年末の事なれば多少の人出も之れあり候△馬市 今回新に当町に設けたる馬市は去る十五日より向ふ五日間施行の筈にて候処本年は始めてのことよて他地方人の買人なく至って少なく候△栄華楼佐藤某今回貸座敷業を開業し昨日は之れが開業祝挙行の事とてデレ助呑平連の鼻うごめかして登楼する者多く仰々の賑ひてツンツンヅンヅンの音は寒天に轟き亘り天さえ淫色を現は申し候(浮笹)
 12月29日の民報には、特派記者の久保小蘇が「二〇三の絶頂」(故国への飛信)と題する報告が載っている。包囲軍従軍記者と署名がある。
「敵の屍体中には本日も未だ片づけられざるもの八九十有之候がソノ中には三本筋の将校もを見受けられ候、戦死の悲惨は今更印すまでも無之候へども敵の屍体中最も気の毒なるは土壌の中頃に積まれある死体に御座侯、見れば臀部以下を表はし陰茎が仲を失ひつつありて固きこと石の如く北上に足を乗するも些の影響を見ざる程にまで凍ひ居りしには敵ながら無残に感ぜられ候」云々。
 凶作と凶作の間の国難の時に、日本は近代国家として世界史に名乗り出ようと国運を賭していた。郷里にあれば農村の壮丁として働き頭が原町市区からは七十名、戦場の露と消えた。戦地に屍となる者あれば、郷里で遊郭に女体を追う者もあったのだ。

明治45年 福島新聞
5.18. 自転車を呑みこみ盗み品で女郎買

大正2年
△興業物と遊里

大正3年
大正3.9.24.
祝全国自転車競技大会
福島日日新聞社主催

小林眼科医
大橋運送店
渋佐機会操場
相馬電気株式会社
松本酒店
木幡モスリン工場
相馬モスリン紡績株式会社
原町銀行
原町商業銀行
平銀行原町支店
大清舘林庄太郎
石井電力製材所
大橋鉄工場
小林明治
植菊鉄工場
原町鉄工場
横山自転車店
原町石川組製糸場
原町印刷合資会社
星材木店
梅田小間物店
金田屋商店
小田機操業
山城屋
鈴木商店
佐藤優輔商店
門間呉服店
相馬畜産株式会社
門間呉服店
相馬畜産
百井医院
岩城屋
そめ乃 幸町
愛原活版印刷所
鎌田寅之助
鎌田商店
清水午太郎 原町
小田機操場
松永商店
相馬肥料株式会社
丸屋雑貨店
天野栄三
上杉洋服店
青田写真舘
山形屋
原町芸妓屋組合
同芸妓連中
きむ良
丸忠貨物直扱所
山沢屋
藤田家
鍋屋金物店

堀川商店
豊蚕舘 北山彦治
丸屋 花月舘
中野屋支店
扇屋
小泉屋
小仲屋
松光醸造元 丹野円蔵
米沢酒卸商 原町○久支店
老松 佐野酒店
かね東 松永商店
ラーヂ自転車
代理店相馬自転車商会

大正4年

4.1.17.
原町より
◎原町信託株式会社は従来業務閑散を極め余り成績良好とは言はれざりしが年来の相談纏り松永七之助等の引受くる所となり住所も原町一丁目阿部市助氏宅に移転し営業方針を漸次拡張の機運に接したれば将来大に地方財界を補助する所あらん
4.6.20.
野馬追祭日変更不可論(一)
 太田神社氏子某姓
兎に角人意を以て妄りに定むべきにあらず宜しく御神慮に問ふべし右に就てはさきに野馬追祭を再興し其祭日を定めたるは県社太田神社なれば是れ亦太田神社の御神慮に依らざる可からずと中村神社、小高神社両神職及ひ氏子総代一同慎重審議の上太田神社の社司数日沐浴斎戒して太田神社の御神断を仰きたる結果今の七月十一、十二十三日に変更改正したるなり(以下略)

花の中村
▽郡役所開庁式

■中村座の活動 英国エクエル会社マニラ活動写真は九月十二日午後六時より中村座に於て開演フェルムの重なるものは三国同盟の激戦陸海軍斥候の苦戦三国同盟海軍大戦争新派大悲劇恋の夢等にして頗る長尺の物なりと因に木戸下足共大人十三銭中学生九銭小人六銭

●小高町空前の賑
在旧十月十四日の市日を七日に繰上げ「小高の秋市」として年々行ふ
▼其他の興行物 として小高座に新派劇
停車場前に小屋掛して開演すべく其他活動天国と地獄など大評判なり

民友 大正4年
5.25.中村芸妓置き屋に係る紛争

大正4年福島日日
2.23.陰茎が腐れて落ちる 小高
7.26.中村町繁昌記2 伊勢屋旅館 広文堂広助 守田屋酒店 丸久
7.30.中村町繁昌記3 橋本屋裁縫店 武林呉服店 斎藤材木店 相馬印刷会社  
7.31.中村 小林屋 羽田洋服店 柳家旅館

8.1.原釜だより
8.20.咄! 咄! 聖代の奇怪事 中村巡査の夜這騒ぎ 野口博士 帰朝
8.24.中村町の盆踊

9.7.新開楼の主人が轢死を遂ぐ 原因は女房の淫奔 
9.8.鹿島座 
9.9.新開楼の主人自殺後聞
9.11.(下) 中村の灯篭流し 
9.25.中村町の淫売 
9.30.中村の色街  
10.4.中村町の祭礼
10.5.原町芸妓に狸腹四人
10.7.中村支局移転 業務拡張のため 中村の大相撲
10.10.中村町の人気湧くが如し 相撲
10.16.中村町 花柳界 写真 中村の花
10.20.富岡案内記~22.  24.藤原吉蔵投稿
10.26.月夜の格闘 石神の強盗
10.28.登校の途橋から落ちて行方不明 九つと八つの子供 太田 高野金次郎かた
10.30. 弁士の剃髪 
10.31.鹿島校開校広告
10.31.飛行機福島の着陸 須川空前の人出無慮三万余
10.21.石神紛擾に就て
11.3.中村座の活動 
11.5.原町 夜森公園自転車競争
11.7.山田村長から藤原への反論 
11.7.鹿島の紅灯 
11.8.片腕の切断 鹿島駅で飛び乗りの婦人 新築落成 中村新開歯科医院広告
11.10.原町 原町御大典記念事業 不明 郡議選挙違反
11.12.石神村御大典記念 
11.14.原町芸妓組合広告
11.16.中村町たより 活動写真 
11.19.中村官民奉祝会 
11.19.玉寿の怪腕 11.24. (2)11.25.(3) 
11.21.原町芸妓発展 大みか村篤志家 

12.1.双峰山人へ 蛙禅 12.4.裏おもて 西山の兄さんとは旅館の西山には無之候
12.10.馬陵城跡へ一大公園
12.11.宇田川町の朝市
12.13.相馬三電合併協議会 中村原町小高
不明 田町は銀座
12.28.女蕩して八年 大みか生まれ吉田留五郎

大正5年福島日日
1.5.中村すずめ 中村の春(二)  1.8.中村の春から
2.1.中村旧暮の街(2)
2.4.芸妓玉寿変装逃走
4.7.中村廓の噂 4.10.同 4.11.中村紅筆便り 4.12.鹿島たより
6.13.相馬鹿島より 6.13.中村紅筆便り
7.21.相馬原町の情死後聞

相馬中村の飛行大会 頗る盛会を極む
芸妓同乗し滑走
相馬郡中村町に於ける福島日日新聞中村支局報知新聞中村出張所相馬報徳会主催となり、飛行滑走大会を開催する事は既報の如くなるが当日は天気良好にて殊に野馬追御繰り出しを見んものと出で来りし者非常に多かりし為め盛会を極めたるが芸妓秀龍の同乗滑走などありヤンヤと騒がせたり
5.7.15.福島日日

中村芸妓三十余の中一番度胸のある又最も新しい女に近いのは三業の秀龍先頃中村町に於て村田式の飛行機滑走会を催したる際に同乗を希望して遂に本望を遂げると同時に此の評判が町内に拡がり三ツ子の果てさへ飛行機芸妓と云へば直ぐ三業の秀龍と云ふたとが解るまでに名を売ったは実に偉いもの大正下木々の標本として社会に照会する価値がある(同情高慢生)ウラオモテ
福島日日

大正5年福島新聞
9.8.原町情話「白い肉」暗に動く玉次の腕 栄町小柳屋の小柳
10.20.原町の女相撲 初
10.27.原町芸妓の玉代値上げ 廿五日より決行
11.15.原町の遊興費 二軒の遊郭に十五名の娼妓が居る
11.17.原町に競馬場 研究中 原町自転車競技前景気
11.20.原町芸妓総出の斡旋 原町自転車大競争 空前の大盛況
11.29.小高町の美挙 一家を救う
11.30. 原町の女相撲 初

大正6年福島新聞
11.12.原町の三業解散 原因玉代問題乎。
12.31.小高署の淫売狩 密売で七日拘留

大正7年
相馬原町紹介
芸妓屋
 松亀楼 松浦景次
 栄華楼 佐藤重太郎
 岩城屋 小林亀助
 新福本
 丸川 布川実
 新柳屋 松浦景次
 小柳屋 佐藤音吉
 若柳屋 
 玉柳屋 大友とり
 春の家 末永くら

福島日日2.3.日曜教壇
2.15.原町女郎花 逃ぐ
5.13.中村遊郭の豪遊客は
12.26.寿亭 松江 写真

10.21.「落栗 中村より」 遊郭雑報 民報

 原町座での芝居興行について仄聞できる記事もある。
大正7年7月2日民友「相馬原町芸妓のお芝居」という記事。
 〔相馬郡原町芸妓連は予て演劇実演の稽古中なりしが愈今廿一日より同町原町座に於て同町約三十名の芸者出揃ひ芝居を為すべく其筋に出願許可されたるが但し観客を楽屋等に引摺込むに於ては芸妓取締規則違反で厳重処罰を為す由〕

大正8年福島日日

2.1.原町織物会社に働く三十名の朝鮮女工

3.1.原町と高女校 今村校長語る
3.30.中村に新芸妓屋 三升屋 
4.20.中村全町両日間賑ふ
 春祭りに種々の催しありて川原町には活動写真見せ物等は数カ所設けられ

5.28.夏の実父斬り
5.30.中村町地方に頻々たる放火

6.10.中村放火
6.27.石川組製糸場を襲ふ
6.19.相馬地方の旱魃

7.4.野馬追祭近づく 高松宮の台覧は来年に
7.12.宵乗りの盛儀 写真2葉
7.18.渡辺武綱 捕はる野馬追馬具一組窃取さる
7.19.原釜少年 写真

8.5.真夏の原釜海水浴場 写真
8.6.相馬郡の水争ひ 玉野

8.30.初秋の野に闘ふ 中村野球
8.30.女郎花 中村便

9.7.大正館の春洋 小高郵便局の積悪
9.18.相馬の合百事件 原町
9.28.中村町の秋祭り

11.13.秋の中村遊郭
12.6.今明日かけて中村町賑ふ 芸妓写真
12.6.写真 中村地方海中の惨殺死体
12.28.野口博士の発見

大正9年 福島日日
1月欠落
2.27.中村芸妓屋間の紛争 原町組合が仲裁に
3.9.植田駅急行列車転覆の光景 写真
芸妓と墜落した小栗さん 写真
6.16.爆弾芸妓 日米間を連絡する磐城無線電信局 受信数は益々増加 
7.12.広告 野馬追 写真
8.8.原釜 7.22.原釜 写真
8.31.県興行師と駈落せる娘の行方を追て
8.31.民報 芸妓久松原町へ
11.26.色魔の手ハンド
11.21.十日市 浪江町広告全面

大正10年 福島日日
1.1.浪江銀行 東京信用銀行浪江支店 浪江信託株式会社 平銀行浪江出張所
石川組製糸場 
1.8.小高大火の二十三年忌 新派喜劇招聘 小高座で寄付集め木戸無料 1月5.6日
1.13.原町分署拷問事件の予審決す
1.17.原町新人会武道大会 原町局完成後は三倍

2.4.原町分署の拷問事件 両巡査は否認す
2.6.小高文芸会のカルタ会
2.11.原分署の拷問巡査に検事体刑を求む

3.8.原町カルタ会
3.7.中村町の自転車競技 来る十日に開会
 国営猟場の審査 小泉技手原町へ 
3.12.雲雀ヶ原を一大公園に
3.18.民報 原町駅員風紀廃る
4.5.深夜放火から 原町南新田七棟焼く
4.11.中村旧城趾賑ふ 自転車競技 写真
4.11.民報 揉に揉た中村花柳界、三年目に解合へ
4.15.民報 中村花柳界紅白組の紛擾近く解決せん

5.1.大みかの殺人三年求刑

6.17.三日に確定
6.18.飛行機も来る
6.24.原町小火 
6.29.民報 復活せん中村三業
6.30.祝賀会の準備殆ど成る

8.5.青年悶死 小高 サイタ間違へ酢酸を嚥む
8.8.石神村資産家の倅 海水浴中に溺死 ウイスキー呑んで入水
8.10.福相銀行原町支店員 煩悶の末の自殺 石神紺野盛一召使女と結ばれた恋
8.12.工女らが娯楽の為に活動写真を購入
8.12.原町にも労務相談所 警察署で設置

9.18. 原町紡織工女 チフスに罹る 原校理科の実験 トロの轢れ重傷 蚕物商

11.2.原町は賑ふ 農蚕校落成祝賀 原町処女会 
11.10.浪江十日市広告 原町小学校の試み校外巡視施設
11.5.怪賊原町局を襲ふ
11.17.原町双輪競技 優勝佐藤諭 
11.20.原町局を襲ふた為替用紙の盗賊 小高分署に逮捕さる
11.20.浪江十日市 小学校落成記念号

12.5.盛況に向った原町の機織業
12.6.少年少女の雄弁 小高の少年雄弁会 日本の二十倍もある南米の大富源
12.15.歳末の原の町 原町クリスマス 薫陶園美談
 新しく開場した国営バッカメキ猟区
12.20.大暴風で原の町地方被害
12.22.原町物産を平和博に出品
12.15.薫陶園 歳末の原の町

大正12年福島新聞
5.5. 連合観桜会 原町警察署と原町小林区
6.19 夜ノ森公園の旅舎で 男女の事務員が情死 破境の裏に秘められた仮寝の夢

大正13年民報
9.28.相馬中村の猫騒動 ハネ銭 二銭上がって十二銭に 伊勢屋新開など一流どころは上がりも莫大

福島毎日新聞 大正14年
10.30.原町芸妓温習 旭座に 出演玉子、操、茶目、ぽんた、色子、小菊、まねき、栄子、小僧、桃子、三奴、君香、雲雀、つたよ。
14.11.18.鹿島町東座に於いて
11.24.大人気の各館興行 浪江町十日市の前景気
12.1.新山会館烈風の為め倒壊す 三十日午前三時頃
12.27.双葉郡新山長塚電話開通 広告 一覧表

福島毎日新聞 大正15年

1.17.小高座で火防宣伝映画
1.20.チャリネ劇団から窃取 原の町に開演中

9.14.原町の大相撲 

福島毎日新聞 大正15年7月4日
開場出来ない中村の劇場
閉場一年有余
前管理者荒山一派の策謀のため新築当時より紛争絶えない中村町新開座劇場は一年有余の閉場にて殆ど立ち腐れ同様となり付近商家も火の消えた様にひっそりとして居る
中村町民は新任蔵車警察部長の裁断を刮目して待って居る

昭和2年福島毎日新聞
昭和2年福島毎日 野馬追広告

内科外科 鈴木医院 鈴木重輔
原町上町  朝日タクシー
原ノ町 満洲屋自動車部 相田要助 電話四六番
原町乗合自動車 愛澤為五郎 電話百二十六番
常磐線小高駅前 日の出タクシー乗合自動車 日の出運輸 主任 板倉勝人 電話五六番

(その二)
第百七銀行原町出張所
原町銀行
七十七銀行原町支店
東京信用銀行原町支店
平銀行原町支店

ミツワサイダー 製造所
 製造元 電話六一番 六二番 六六番

4.10.夕 東北ラジオ3000名突破
6.30.仙鉄局の新しい試み 野馬追祭を絵巻物にして
7.15.野馬追 第二日目の盛況 活動写真隊も数組みえた

昭和3年福島毎日新聞

2.1.活動写真の説明者と学力程度調査
3.22.鈴木飛行士の郷土訪問飛行予告 囲み記事
3.26.鈴木克衛
4.3.朝日新聞社のブレゲー機 来八九日頃飛来
4.11.福島号墜落大破す 記事中 鈴木克衛のけがについての消息あり
4.12.近く郷土飛行を決行する鈴木飛行士
4.14.鈴木氏の郷土訪問飛行大会
 いよいよ来る二十日より三日間
4.16.原町記念事業 
原町紀念事業 古趾映画会組織

福島毎日新聞
昭和3年4月16日
5.19.活動見物に遅れた腹立ち紛れに 列車に小石をなげつける 富岡 木戸川鉄橋
5.20.名誉快復の大野氏訪問 福島上空
5.22.活動写真が見たさに自転車を盗む 会津大和館

6.26.夕 節子姫御帰朝 映画公開に感謝の若松市民 23日福島で 24日若松
6.26.仙台放送局の開局祝賀会
6.26.朝日福島支局移転

7.9. 原町便り 興行
7.12. 小高原町
7.14. 女流飛行士の写真 代々木
7.16. 朝日機 野馬追祭に飛ぶ 

9.7. 来る十月帝都の眞中で相馬野馬追の実演 ついては名物流山も出演か 県から原町へ交渉
9.30. 相馬郡山中郷 稲収穫皆無地に対する救済方を陳情

11.11. 本社霊山映画 御大典行列 原町 小高
11.19. 御大典記念の相双農業共進会 中村
  活動写真係長 半野集蔵以下四名
11.21. 広告 中村座 畠山智正

12.3. 小高町に於ける倒閣演説会
  富岡町恵比寿講市のにぎはい

昭和5年
2.25.友 自殺か他殺か
5.8. 高平村教員の風紀紊乱
5.15. 人妻を口説きはねつけらる 原町署
5.24. 原町のけんか
6.1. 芸妓駆け落ち

昭和8年
友1.20.エロ仕掛け 幾世端依子 中村
2.15. 友 中村の酌婦減 四十一名 女給三十五 芸妓四十名 酌婦四名減
1.22. 四十男に恋し美人酌婦(一九)自殺 中村町宇田川橋上で礫死 
8.26. 小高七夕祭
9.13. 中村町カフェー ドラゴン女将墜落 

昭和8年
11.8. 相馬地方で飲む酒の量 一人当り五升五合
11.11. 中村の捨て子事件 真実の父親は?

昭和9年 東北大凶作
11.6.娘身売りを守れ

昭和10年 
6.20.友 女給逃走 中村
10.3. 昔の夢いづこ 公娼廃止の声に押されて 原町(新町)二軒九人
10.3. ブラジルの成功者 花嫁御寮
10.13. 原町の老婆 いかけ屋すくう
10.20. 原町秋季競馬

昭和11年 東京日日
7.2. 早くも準備整ひ 出撃の日を待つ
7.31. ペンキ職人情死行 渡辺勝衛(二四)佐藤とり子(二二)駅前のカフェー女給
8.3. 夏の桃色事件 情欲の虜 相馬郡原町 鉄工場草野新吉方、雇人〇〇(一八)
10.23.接吻は御法度 抱擁 ダンスも罷り成らぬ 映画検閲に非常時
12.2. 原町秋市でまた検挙 石井栄、伊藤正、伊藤福次らカフェー文化に呼び出され

12.9. 娘を売った金で遊ぶ夫 中村

原町飛行場の開場式の記事に芸者らしき女性の姿が写っている。

昭和12年 朝日
3.2. 原町のカフェー
3.11. 母子心中
3.20. 可愛いお人形使節

昭和13年朝日新聞
7月 実母殺し局送り 神妙に陳述 石神牛来良猪(三一)
8.5. 銃後の美挙続く 中野屋旅館女中管野かつ三四)

13年民報
12.11. 中村の花柳界時局から自粛
12.17. 堕胎事件拡大 小高にも手を貸したいねばあさん

昭和14年東京日日
1.22. 男女の川は昭和九年と十二年の二回中村に、昨年は原町に巡業したが
 中村芸妓とん子さん
1.28. 夕 浪江高女の実弾射撃 写真
2.3. 妊娠させた女を蹴る殴る 原町 村の督戦隊 中村
2.23. 遺族慰安の会 浪江座で23日
3.14. 龍田村 映画
5.28. 中村芸妓売上玉代
6.12. 福浦 阿部いねさん 軍国の母
6.23. うちは十万本
6.25. 中村三小にチフス

11.28. 防火映画会の会 中村町警防団では十二月一日の防火デーに際し
12.1. 中村町の旅館料理屋兼業廃止か 中村町政紛争町長派と助役派の反目深刻
12.21. 南米ブラジル行嫁を求む

14年民報
4.21. 中村花柳界手打ち 三銭で

昭和15年民報
12.25. 結婚は国民服 相馬郡町村会で申し合わせ
12.26. お調子一本五銭以下 原町の新料理
12.28. 愛国婦人会支部「愛婦福島号」献納へ
12.28. 中村のお正月酒 一升五合ずつ配給

昭和15年東京日日
4.16.  中村の玉数調べ 中村町花街の芸者数は三十二名をり三月の稼ぎ玉数は一一七二三本、昨年の同期に比し二五四七本の増であるこれは自戒の生活から嘆かわしいが好景気を物語ってゐる
6.1. 原町字新町芸妓置屋駒の家方駒太郎こと深谷あきよさん(二四)は三日、国防献金を原町署に寄託

7.23. 小高町芸妓 寄託

8.31.中村風俗営業自粛 矯風委員会設置
 神の教へも新体制 キリスト教大同団結 中村だより
8.20.不穏当な言辞を弄し 日本神学校長中村署で取調

昭和16年
16.6.17. 産報原町支部結成 産業報国会原町支部結成総会は参加団体十五個に専属する産業兵士約二千人の原町町内行進終了後午前九時から原町国民学校講堂で挙行された
6.19. 全額払い戻し 原町競馬場解散決定
6.26. 迫る野馬追 全国にポスター配布 
6.26. 野馬追祭に新体制 旧藩時代を復活す
 三神社及祭典委員反対
 拝観者の飯米の特配 所要量検討
16.7.12. 相馬野馬追等納涼プロ決る
16.7.12.偉観傘の浪
16.7.13.豪雨下の壮観

16.8.17. 原町競馬会並に後援会総会は24日同町国民学校で開催、財産処分、精算承認につき協議
16.9.23. 原町役場庁舎晴れの起工式
16.11.17. 秋餅取りやめ 民報
16.12.18. 相馬三百坪試掘 
16.12.5.東京日日 原町の秋市 写真

昭和17年民報
1月
1.4. 午年 賑ふ相馬 長蛇の参拝者盛んな行列
◇原町産業報国会支部は二十一日午後一時半より原町署楼上に管内各工場その他の産報会長を召集生産力増強第一期運動実施其の他行事に付き打合せを行ふ (各地の会合・浜通り)
1.21. 県自転車小売商組創立総会 支部役員 原町支部長岡田重治 副支部長大川甚蔵
中村雨蛙吟社
1.22. 自転車泥検挙 飯豊 鹿島に売買 
1.22. 休憩室 大須賀純村長駒ヶ嶺
1.25. 相馬山中の賭博に断
1.25. 話の実 「雪のなか中村町地方は近年稀有の酷寒に大通りも裏通りも野道も二六時中カンカンに乾き切っている下駄より草履売れる
1.27. 原町信用組合 原町信用組合総会は二十九日正午相商校講堂に開き、予算決算報告及び評定委員改選を行ひ全員再選留任した
1.27 原町軍友会遺家族慰安 庄司巻造氏(訃報)55歳で入札出張先の北京で客死 22日脳溢血
1.27. 原町常会申合 銃後の強化
原町常会は二十五日開催、大詔奉戴日設定、防空強化促進、長期戦経済協力及び軍人援護を精神物資両面より強化徹底する事件其の他を伝達した
1.28. 相馬たより ◇相馬郡鹿島町産業組合では総会
◇原町高平村大甕村伝染病院組合設立に関する原町側委員会は二十三日午前十時国民学校に開き設立を承認近く関係村と協議する
1.29.  原町金属回収 
1.31. 相馬菓子工組の親心 生活難に援助
2.1. 中村は女子成績 二千円を突破
2.1. 禿山が水田に 新しく三十八町歩 八幡 各地の会合 相馬
2.2. 代用陶器に転換 相馬陶器組合も近く合同へ
2.4. 中村産報の経済道義昂揚 写真 座禅している
2.5. 統制受ける相馬の青物 原町青物に受け所
2.5. 薫陶園の聖炭 
2.5. 経済道義 中村
2.6. 切符制は斯ふ歩む 幸先きよし 原町に聴く 初の鋏   
2.7.  中村配給協議
2.10. 中村で木炭の用意
2.15. 淡水漁港実現へ 原町渋佐港を選定
2.16. 雪に明けて中村の旧月
2.18. 中村町金属回政
2.19. 三友自動車合名会社 中村 シンガポール陥落広告
3.3. 中村菓子切符制 
3.12. 中村の菓子切符制実施 15日から一人につき今月分十銭位
3.13. 原町蚕女講習生3.24.第一回卒業式
 不正ソバ屋取調べ 福島、中村、喜多方で
3.17. 休憩室 篤農天野勇七翁
3.18. 相馬産馬家畜組合
3.19. 手間取ったが十八日から中村の菓子切符 
3.19.  菓子切符配給所 店名列挙
3.24. 相馬 統制 相馬統制協議 温床苗代 山中郷
3.25.  銀行支店運動 富岡 常陽銀行

4.3.夕刊 中村鑑札協議 中村町アイスキャンデー行商組合総会は
4.6. 温床苗代奨励 山中

5.9. 駆逐せよ 心の米英!
「原町駅通りの某食堂の屋根看板にも横文字が未だ残ってゐる」東日
8.20. 昭和八年来の大豊作 東日

6.16. 野馬追一千一年の歴史 示さう武勇の魂 恰もこの戦下 早くも準備に掛の
7.12. オット独大使、笑顔で本県入り 三国同盟発祥の地 武士道輝く福島 素晴しき野馬追祭
9.1.  原町新田川口を観察
海洋道場建設候補地として原町新田川口を県青年練成課長佐藤庸男一行は二十七日堀川一正原町長の案内で実地踏査したが海事思想普及実隊練成上の諸条件に合致適応する所多く尚ほ原町高女校が県下のトップを切って海洋少女団を結成数年来海軍に協力練成を行ひ来りたる事当局に好感を以て迎へられてゐる
9.2. 高女の昇格期す 原町実科父兄
9.2. 保護馬鍛錬場の開設へ 原町で陳情
9.3. 相馬の蚕況 相馬商後援総会
9.3. どうする巨大な廃物 無電塔そっくり原町が頂戴
9.3. 原町の豊年踊 原町下渋佐では五日豊年踊夜は盆踊を催し増産の秋を和やかに慰安する
9.4. 原町鹿島の貯蓄
9.4. また製炭戦士寮—原町でも暖い親心 原町営林署
9.5. 相馬で配給のゴム底布靴 原町一五六
9.5. 炭の現場に—美しい官民一体 相馬山中土産
9.5. 軍馬折衝 相馬国民職業指導所
9.5. 豆ニュース 横山やす(五五)お灸
9.5. 加入一千見込み 新田、太田両川漁業組合 規律確立訓練 豆ニュース 日発新田川
9.6. 狙った一石二鳥 野馬追祭場地に鍛錬場設置 滑空訓練もできる 
9.7. 相馬自給計画 甘藷貯蔵講習
9.8. 隣組回覧板 中村鹿島原町の今月分豚肉配給 ▽相馬郡の味噌醤油割当配給
9.8. 山上村の食糧増産
9.9. 相馬山中に木炭増産現地座談会
9.10.夕刊 相馬郡麦類増産計画
9.11.  相馬燕麦配給
9.12. 南相馬車総会 荷牛、馬
9.12. 原町小高の豚肉配給
9.18. 空閑地動員 原町で好績
9.21. 鹿島の貯蓄

朝日17年
9.19. 陳情戦線へ 相馬は「裁判事務復活」新手

10.7. 相馬所得調査委員改選 原町門馬直記 相馬翼壮動き出す

10.27先賢を偲ぶ 相馬偉人祭 写真 只野清翁
10.27. 蛸景気に躍る浜
    相馬 三十万円の豊漁
10.29利鎌の冴え 原町商組 写真

昭和18年
9.7. 夕 一突きだ 原町産報総会
相農増設決定
9.12. 「ゐ草」試作5町歩 干拓の飛島組力を入れる 
9.16. 中村貯蓄懇談会
9.18. 樽抜き柿禁止 アルコール節約のため
9.20. 相馬給与調査会
9.20. 松川浦に小鮪水揚げ 珍しく
9.27. 相馬郡農会で甘藷増産講習
9.28. 五造船所強化 
10.1. 相馬農民講習
10.3. 相馬 麦作奨励
10.5. 相馬農地委員会 
10.8. 相馬で甘藷豊作
10.11. 相馬支部奉仕 輸送に協力  
 荷馬車屋さん奮起 相馬の全会員が千円貯金へ
10.14. 今年も県下一をめざす相馬の供出
 中村商組の稲刈奉仕 原町労報体練会 供出優良者表彰 相馬地方事務所 
10.14. 稲刈りに一万名
10.15. 相馬農地委員 福田村 高平村  
10.16. 中村の工場誘致  
10.16. 相馬農保水稲損害調査
 共同作業で相馬地方の麦播き急ぐ 鰻の闇
10.19. 相馬産馬組合報国運動 
10.20. 妙見号献納 相馬翼賛支部常会に提案25日 
10.21. 相馬産業報総会 21日 
10.26. 延四十六万七千人 相馬の増産協力奉仕隊編成 
10.26. 新穀へ感謝 相馬で酒特配  
10.26. 相馬養鶏総会 配給告知板 
10.27. 麦播き奉仕 相馬地方事務所 
10.29. 相馬地方事務所でも稲作奉仕 相馬の蜂柿東京へ 28日原町から一車(1600) 相馬小売業再編成懇談会 一村挙げて日立木で麦の増産
10.30. 相馬の収繭隘路 本年産額廿三万九千貫 相馬産報協議 貯蓄増強へ 中村郵便局 
11.1. 相馬貯蓄懇談会  
11.1. 夕 明野飛行学校水戸分校開校式 三十一日  10.30.
11.4. 大甕村 満州開拓の良き妻に 
11.6. 二宮尊徳銅像も出征
11.9. 相馬の砂糖配給
11.9. 相馬木工の火事 
11.12. 芸妓さんも竹細工 
11.13.駒焼き残る 
11.14. 管理米協議会 
 少年職業懇談 相馬国民職業指導所 
11.15. 高行の本出版 
11.17. 中村障子紙配給 11.17. 中村商報で滞貨木炭搬出奉仕 
11.18. 相双財務協議 
11.21. 不親切店解消 相馬翼賛会で懇談 24日  
11.24. 相馬の軍兎供出
11.25. 新沼浦干拓進展 「東北慶事」設立増産に寄与 
12.10. 松川浦ののり案外の不作
12.14. 相馬貯蓄増産講演会
12.18. 中村原町翼壮列車内整理奉仕 
12.20. 中村の風呂屋 九時まで延長 燃料不足で
12.31. 原釜特設電話 
この年、原ノ町駅舎新築完成
8.10. 原町に真宗泰澄寺再興

昭和19年
2.2. 相馬局長会議 郵便局
2.12. 南相貯金会議
2.19. 相馬の貯蓄戦 増産へ突撃 相馬技術員会 一戸五十円以上 相馬郡の貯蓄増産突撃
2.22. 中村信組総会
2.29 総亜の中入れ綿
3.23. 相馬の節米運動

4.18. 県統制発足す 門馬直記氏を推薦
5.7.  中村ヒマ増産
5.12. 春蚕増産順調 相馬郡下養蚕家はりきる
6.2. 野菜全体不自由なし 中村配給見合わせ
6.22. 相馬の田植に兵隊さん応援
6.24. 野馬追中止  
7.1. 野馬追結局挙行と決定す

10.10. 燃料へ下駄屑 相中生の出発(通年動員発令・横須賀)
10.25. 明治節に総会 中村の産労組
10.20. 原町町長の難産
10.26. 中村バス開通 福島間・風災害で不通)
10.28. 一網千尾の鮭今年は不漁 新田川の便り 
10.29. 神風特攻隊
12.5. 種甘藷六万貫 相馬郡で貯蔵 野菜心配なし 相馬配給計画 
12.12. 相馬の増産援兵 
12.14. 鹿島の供米戦
12.16. 亜炭増産 石神村供出 
12.23. 22日投弾B29(福島県の初空襲)

10.1. 原町保健所設置
この年、石神発電所開業

昭和20年
2.27. 繭は引きうけた 相馬 桑園確保急ぐ 援護米は恥だ 奪ふ相馬の未完遂村 直に製油を開始 松根油
2.27. 竹供出  
3.5. 完遂に黒星 相馬の供米戦 
3.17. 相馬の養鶏計画 原町も二倍以上、国民貯蓄 本月中に一千万円必達の突撃中である
3.16. 相馬の銀回収もう一息
3.30. 中村産報で斡旋
10.3. 雲雀ヶ原を復員者に解放
10.14. 遅れる馬の早場供米 原因は天候不順
相馬の製塩 
10.22. バトラー中尉 冷害で減収 相馬の稲作 稲刈急ぐ相馬郡下の早場米供出

11.2. 協定価格で集荷 小高町 原町
12.3.  原町の不買運動
12.17. 塩 起工式
12.17. 更正団消費組合
12.25. 相馬の生糸増産対策
12.31. 原町町会

昭和21年
1.4. 資材難で騰る魚価 中村 完遂マーク英語も併記 依然賑はぬ相馬の供米
1.9. 小高の自給製塩
1.13. 原町紡織に古橋新任 原町消費組合 原町漁商等が共同荷揚げ場
1.19. 原町製塩論争

2.3. 中村工業クラブ
2.20. 中村 非合法管理
2.21. 工場長ら追放要求 東北船渠福島工場争議 中村工場長談
3.27. 原町に船だまり 技師視察
3.28. 帝金も争議へ

4.23. 相馬の製塩業者に燃料補給
5.3. 原町に財務局出張所
5.29. 酒類の製造禁止
5.30. 塩の闇

10.15. 賑はった野馬追
10.16. 中村でも野馬追

12.8. 原町競馬延期
12.17. 原町競馬は認めず

昭和22年
2.6. 相馬蚕糸振興協議会生る
 事業継続でケリ 小高鉄工争議 労組の要求徹る

2.20. 営業停止 不良飲食店
3.20. 来ない会津米に原町で米よこせデモ 3月までチェック

3.12. 掘れば七千億円 相馬亜炭 友
3.25. 原町にも土木補導所(国立) 友
4.13. キング少佐 一割超過完遂せよ 友
4.18. 亜炭配給すれば坊主山も助かる 相馬の製塩業者ら陳情 友

5.12. 原町他四か村共同出資 相馬農家加工葉は近く 友
5.19. 1300名を擁する自給製塩業者が組合それぞれ独自の組合、連合会渡辺敏快調 友
6.2. 相馬郡開拓団用資材委員会 友
6.2. 原町地方の専売五十周年 友
6.14. 省営バス運行原町地区大会 14日一時原小で三町11村 友
6.18. 魚の自由化
6.22. 物流違反で検挙

7.25. ヤミ物交で五十五名送局 中村で大量召還 友

9.10. 悪徳商店には投票せず
9.11. 相馬が県下一 坑木輸送供そう
9.28. 中村にも新設 職業指導所 きょう常磐線開通

12.20. 供米反対裁判で処分 中村最後に

昭和23年
1.18. 相馬自動車社長に逮捕状
1.30.  無許可で大がかりな農地つぶし 原町の佐藤氏(信成)を近く取調べ
以下 友
1.31. 畑地千五百坪取り上げ 佐藤前原町町長を摘発
3.8. 徴税全国一に豪華な贈り物

4.8. 買収地に住宅 相馬の悪地主また違反 佐藤信成
4.14. 返り咲く絹景気
4.19. 相馬に反共労農懇談会
4.28. 原町でメーデー
5.11. 原町農協理事長詐欺で告発 志賀求市取調べ
7.11. 騎馬武者六百勢ぞろい
7.11. 野馬追広告 帝国金属

昭和24年
1.1. 友 原町広告
1.6. 原町町議会 広告
1.1. 友 原町広告
1.6. 原町町議会 広告

高平に破蔵 二日夜から三日朝にかけて
高平農協倉庫

6.22. “野馬追”迫る 歓迎準備もOK
 スポーツ色加味“宇多郷”野馬追も大々的に
 小高で“火の祭り”を復活
 観光客誘致に力こぶ 中村駅に記念スタンプ みやげに柱かけ

 原町に児童公園 旭公園を拡張
いい遊び場のないこどものために原町ではこんど県費補助で駅前通りの旭公園を児童遊園地として解放することになり、先ず滑り台やブランコ、砂場、ベンチなどをつくる、また下町常福寺でもだん家の協力によつて“こどもの広場”をつくる計画を進めている

昭和25年
25.1.8. 友 タバコ組合 相馬地方町村議会 森林組合広告 初夢は100万原町
1.30. 倉敷原町を視察 
2.1. 原町地区署C級に一位
3.7. 自治警察なお苦難の道 生まれて3年目 
3.12. 小高神社野馬追衣装盗まる 
6.29. 野馬追迫る 準備に大わらわ 
 外国人記者団も見学希望 
7.13. 霧雨の雲雀ヶ原で 豪壮な神旗争奪 野馬追最高潮 手に汗握る大観衆 お祭り気分でも熱心 中村と原町で街録
7.14. 盗んだ銅板を売り歩く 原町に小、中学生の集団窃盗団 
11.30. 相馬妙見教に異議あり 

元ダンサー、アドルム自殺 金房村出身の奥村キミ子24
3.1. またアドルム心中
人身売買、売春強要か 原町で二名取調
中村でエロ漢挙る

昭和26年
1.5. 原町役場 議会 広告
1.11. 三十名を検挙 小高に中学校の窃盗団
1.18. 原町のドロ 
1.20. 原町の母子援護懇談会 

7.22. 相双で放送中継所設置運動  
7.27. 進駐軍服六着をヤミ 金房 小高の古物商
8.5. 先生のあやまち 原町中体罰ケリ 

9.24. 祝 日本の新発足 広告 原町 
浜通り版より

昭和27年
1.3. 追放解除者多いに語る 
4.1. RTOを廃止 進駐軍輸送は一般扱いに講和発行で31日で連合会
4.16. 石神で火事 
4.19. 桜の下で野馬追 中村 
4.28. 待望の独立きょうぞ成る 祝 講和 
 
7.9. 在日米軍で防空演習 東北地方は二十三日実施 
7.22. 米移民は来年から
7.30. 石神牛渡勝身校長宅焼く 

9.2. 太田秋の助、立候補辞退  
9.17. 野馬追江戸を行く 福島観光物産展 
11.2. 第5回県文学賞 入賞 岡和田天河水 

昭和28年 
5.3. 憲法記念日 
5.30. 復縁拒まれ妻を刺す  

6.21. 進駐軍通信所 大滝根に設置 
8.26. 夕 岡和田甫 富士山に登る
9.12. アプレ教師の無軌道 女生徒の関係から発覚
 中学三年生の女生徒を噂のある教諭が宿直室に引きずりこんで関係をせまったという不祥事が相馬郡大館村に起り教育界、父兄関係間に一大センセーションをまき起している 県教委相馬出張所長談「鈴木教諭は二年前の鹿島中学校教諭当時も問題を起し全くアプレであることがわかって唖然とした」鈴木寅三26 青田校長
10.26.広告
酒の密造防止 酒は酒屋から
12.24. けさ原町小学校焼く 八教室・二百坪

昭和29年 
1.22. 夕 伸び行く原町市 広告 
4.25. 加藤市議宅など捜索 原町の市長選違反進展 
4.29. 37名の名簿が脱落 原町市長選 選管委に手落ち 
5.21. カミソリで割腹自殺 原町で未遂 ヒロポン
5.30. 注目の米兵事件最終公判開く 執行猶予 
6.12. 米駐留軍の子供が二人 原町一小に入学 机並べ仲よく勉強 
7.28. 原町に子殺し 
8.4. 責任強い米兵さん 負傷させた子をみんなで慰問 

11.14. 「私は小学校の先生」 木幡忠太訃報 
12.15. 高潮 原町市を襲う 
12.31. 合併はしたけれど 市議会は乱闘ばかり 

昭和30年 
3.5. 拳銃盗み米兵脱走 
5.29. 原町の山林窃盗事件 
9.23. 原町市の殺人事件 懲役刑7年に

昭和31年 
1.4. 原町で姉妹心中 病苦から道ずれか
2.14. なんでも着こなす 原町 初のファッションショー 
2.26. 高平中消防隊 栄えの竿灯受賞 

昭和32年
7.16.夕 昨夜原高焼く
7.18. 石神二小に放火  原高の火事と関連か
7.19. 原高火事で問題化 なかなか出なかった交換手 発見から15分もかかる  
7.20. 原高放火説に傾く 
8.22. 農協中央会を脱退 相馬二十四組合が申合せ
9.12. 原町高校校舎復旧など県予算

昭和33年 台風22号
原町市は、なぜか36年の写真を使用している。

昭和26年
26年
1.6. 大根から白兎
1.6. 原町役場 議会 広告
3.11. 阿部光重新聞店 駅前通り

4.3. 原町で製紙工場の誘致運動

7.9. 帝国金属 広告
 炭鉱用機器 新妻一郎社長

昭和27年
8.12.民報
浜荒し娘師挙る 六十六件の犯行を自供
四年間土蔵破り専門に荒らしまわっていた男が九日逮捕。佐々木竹義36 前科二犯 壁切りの手口一本
8.16.
原町の強盗未遂
発覚恐れて首をしめる 下渋佐土工19十五日夕方犯行を自供した。
大甕村萱浜六貫山地内 馬場孝子16
なお馬場さんは暴行された事実はないといっている。

28年
1.3. 原町紡織 広告 太田光栄
1.5. 原高野球部
1.5. 正月広告 県建設業組合相馬支部 原町タバコ販売協同組合 丸三製紙原町工場  
1.5. 私の愛用品 パイプ 門馬直次郎 
2.6. 野馬追写真は難しい 県観光協会 
3.7. ラビットスクーター広告 原町モータース太之助町 
5.3. 憲法記念日 公民会がダンス会
7.9. 文部省 野馬追をカラー撮影

8.18. 密造酒部落を急襲
8.26.夕 野馬追富士に登る 岡和田
9.10. 祝 民報原町通信部開設広告
10.26. 密造酒禁止広告
10.28. 稲の作況指数まとまる 浜通りが最悪状態 昭和に入って最大の凶作
11.1. 惨状、目を覆う冷害地 現地レポート
11.13. ラジオ福島 12月一日より
12.14. けさ原町小学校焼く

昭和32年 原町空軍基地敷地が返還される
昭和33年
赤線廃止


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