原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

原町キリスト教会史 1961~1965

 第一〇章 伝道圏構想時代
(昭和三十六年~昭和四十年)(一九六一)(一九六五)

1 会堂建築募金運動初まる
 昭和三十六年(一九六一)一月市の行政区画改正によって教会の所在地の名称が原町市大町一丁目三に改正されたので正規の手続をとって教会規則を変更した。同年四月十六日の教会定期総会は会堂建築を決議し、準備委員会を結成して募金活動に入ることを決定し、また附属事業聖愛保育園は地域の要望に応えて本年度から三才未満の幼児を収容することとした。
 会堂建築準備委貴の構成は左の通りである。
委員長 折笠晴二郎
委 員 松本京子、遠藤しげ、野崎静雄、高篠あい、谷津田則文、杉山金一、三瓶久 以上八名
 委員会は直ちに募金活動に入り趣意書を各方面に発送し、振替口座(仙台四〇四二)に加入して本年中の献金額は二八万七千四百円余であった。また本年度東北教区定期総会に於て成瀬牧師は中会書記に選出され教区の事務を担当することに成ったので教会員一同教会の運営に更に責任をおうことを契った。
 一月二十二日前衆議院副議長杉山元治郎(元小高教会牧師)を招いて相双地区特別伝道を行ない同氏を囲んで懇談会を催した。
 二月十七日各派教会連合の世界祈祷日を鹿島栄光教会で開催四十五名の出席があった。
 レント期間中は地区内牧師の講壇交換を行なった。
 五月には相馬郡飯舘村草野に大火があり全村の大半が焼失したので直ちに国際キリスト教奉仕団に通報して救援物資配分を手配すると共に教会内でも救援活動を行ない全品を送付し飯舘村役場から感謝状を受けた。
 六月十一日青年会主催の東北学院グリークラブ演奏会を相農講堂で開催して七〇〇余名の聴衆があり利益の一部は会堂建築資金に充当した。
 七月二十七日から二十九日まで渋佐海岸で二泊三日の信徒修養会を実施し延四〇名が参加し、七月二十五日から二泊三日第四回太平洋聖書学校を相馬青年の家で実施し、東京神学大学の船水衛司教授の聖書講演があった。
 八月には再び日本に帰住して盛岡善隣舘長に就任したシユレーヤー宣教師夫妻の歓迎会を催し、ヨーロッパ各国教会の状況をスライドによって紹介され五〇名が出席した。
 七月十日には当教会無牧時代に代務者として責任を負われた平市磐城教会中村清次牧師が永眠され十二日葬歳が行なわれたので成瀬牧師が会葬した。
 八月には教団の巡回バスが来訪して子供会や伝道会を開催した。
 九月二十二日浪江伝道所に宍戸七彌牧師が着任し、十一月九日には盛岡善隣館長に就任したシュレーヤー夫妻は原町を去り、会員二瓶和子がヘルパーとして同行した。
十二月クリスマス礼拝には二人の姉妹が受洗入会し三瓶長老の息女昭子さんの祝福式を行なった。

 2 相双地区合同教会構想起る
 昭和三十七年(一九六二)新春の牧師会で相双地区の伝道に対する将来の幻が話題となり従来の一個教会主義は相双地区のような自立困難な教会の多く存在する地域では不適当であるから各教会の協力、互助は勿論更に進んで一つの教会として広域伝道圏に対し副数(複数?)制牧会を敢行し新しい教会形成を目指すことを話し合われ本年度の各教会の総会でその可否を論議することを提案され、地区教会の協力体制擁立と一個教会主義打破が論議を呼んだ。
 更に牧師会の動向に呼応して信徒の側にもこのことに対する協力と善処を待つ信徒会の結成の必要が提案され、五月十三日信徒会準備会を開き六月十日中村教会で行なわれた地区合同礼拝後信徒会結成総会を開催した。当日の出席者六〇名余は熱心に討論の結果次の組織をもって相双信徒会の発足を見た。
 会長 野崎静雄(原町)
 副会長植松周(鹿島栄光)
 書記、会計 橋本倫子(原町)
 事務所を原町教会内に置く
 このようにして今後牧師会と信徒会の両輪が相双地区合同教会方式を推進することとなった。
 また本年度教会定期総会(四月十六日)は次のように伝道方針を決定した。
1 文書伝道へ強化(こころの友の活用等)
2 家庭聖書会の開催
3 会員の一人を導く運動を実施する
また求道者との懇談会、家長会、若夫人の会の実施、バイブルクラスの強化等を決定した。
 この年の主な活動は次の通りであった。
一月新春礼拝を小高教会で相双地区合同礼拝として行ない江原牧師が説教を担当六〇名の出席者があった。
 三月九日世界祈祷日は各派教会合同で中村福音教会に於て開催し三十九名が出席した。
 尚数年間続けて来た各派教会連合の世界祈祷日は各教会で実施することを希望する声が多くなったので本年限り中止することとなった。
 六月十日は中村教会で地区合同礼拝を行ない六〇名余が出席。
 七月には青年会主催の東北学院グリークラブ第三回目の演奏会を開催し、七月末から第五回太平洋聖書学校を新地海岸で開催、当教会からは十三名参加した。
 九月には教団巡回の訪問伝道協議会が鹿島栄光教会で開かれ教団からは田中理夫委員長、教区からは吉池みつ委員長が来訪指導に当った。
 七月七日第一回の「主婦の会」を開催し毎月第三水曜午後開催を決定した。この日の出席者は八名であった。
 この年の教勢は他に転出する者が増加して、現住会員と他出会員とが同数という状態で従って各集会の出席者は減少したが会計状態は経済成長の影響によってか自然増の結果が現れている。

 3 創立六十五周年記念式
 昭和三十八年(一九六三)四月教会総会は会堂建築資金援助を教団会堂建築委員会に申請することを決議し、資金援助二百万円を教区を通して申請することとし申諸を提出した。
 この年から相双地区合同教会構想が本格的な動きを見、再三に亘って協議懇談を重ね、また地区教会の合同礼拝も度々行なわれるように成った。
 六月十六日には地区内牧師の応援を得て特別伝道を実施し江原、佐藤、成瀬牧師の証言、地元原町合唱クラブの賛助出演等もあって有意義な集会を行なった。夏期には最后の太平洋聖書学校を行なって、神大の大下教授、仙台市民教会の戸枝牧師を講師として出席者四十数名、合伺礼拝には六十二名が出席した。尚太平洋聖書学校の推進者であった江原牧師は米国に留学のため九月十日鹿島を去ったので当分の間成瀬牧師が代務者となり、佐藤牧師が幼稚園の管理に当ることに成った。
 秋季伝道としては十月二十五日秋田県秋南教会の瀬谷重治牧師によって地区合同礼拝の説教及特別伝道を開催して五○名の集会を行なった他同時に宮城学院女子大の松原茂講師、東北大学の藤井康治教授によってさんぴか講習会を開催して盛会であった。
 十一月三日には東北学院大学グリークラブ演奏会を青年会主催で実施し、原高講堂を会場に六〇〇名余の聴衆があった。
 昭和三十九年(一九六四)二月申請中であった会堂建築資金援助について教団の豊嶋委一員長、マクラウド委員、教区桜井委員等が来訪現地調査を行ない教会役員とも懇談し、事情を聴取したが本年度は承認されなかった。
 本年は教会創立六十五周年に当るので総会の決議に基いて十月四日創立六十五周年記念礼拝と合わせて記念式及附属事業聖愛保育園創設十五周年記念式を催し、教区総会議長遠藤栄牧師の記念説教があった。また記念特別伝道としては九月二十八・九両日明治学院の武藤富男院長を迎えて講演会と一般市民との座談会を行ない、記念事業の一つとして「原町教会六十五略年史」を印刷して関係者に配布した。
 七月十二日には恒例により青年会主催の東北学院グリークラブ演奏会を開催したが、五年間継続したこの催しは本年をもって打ち切ることになった。
 地区関係としては江原牧師の後任物色中の鹿島栄光教会は野村幸男牧師(阿波江田教会)を招請することに決定し、五月十二日着任を見、地区内近教会はすぺて牧師が与えられた。
 本年の特記事項として原町市の将来の状況を展望して早晩保育園の移転問題の生ずることをも考慮して他に敷地を物色中のところ二見町一丁目八○番地の大原正一氏所有地八一〇坪の借地が可能に成り役員一同現地を視察の上貸借契約を締結することにした。
 教勢を見ると必ずしも順調とは言えず殊に祈祷会、教会学校等の出席者は最低であり、青年達の転出移動によって青年会も開くことが不可能となった。かつ教会員も実質を伴わない者が多くなり整理の必要に逼られたので教会役員会は会員名簿整理を議決し、所在不明者、長年教会に対す義務を怠った者等を別帳に移すこととしその数二十一名に及んだ。

 4 会堂建築実現する。
 昭和四〇年(一九六五)昨年度不調に終った会堂建築資金援助につき再度の申請によって教団は三月八日田口重良委員、臼井委員を派して再び現地調査を行ない、成瀬牧師高篠栄子の両名は稲垣委員長を訪問して援助申講の実現を要請した。そして教団会堂建築委員会は援助金一〇〇万円貸付金一〇〇万円の決定をした。
 教会の献金高も約七〇万に達したので、一時借入金を加えて建築費三百五十万円をもって会堂建築を実施することとし菅野工務店(店主菅野小三郎)に工事一切を請負わしめることとし七月十五日定礎式を行なって着工、八月一日上棟式を行ない十月中に建築落成を見た。
  会堂建築資金概算
収入合計    三百六〇万円
 教団援助    一〇〇万円
 教団貸付金   一〇〇万円
 献金額     一〇〇万円
 会員融費金    二〇万円
教会互助回転資金  二〇万円
その他の収入    二〇万円
支出合計     三六〇万円
 会堂建築工事費 三五〇万円
 雑費       一〇万円
 十月十七日旧会堂に於ての最后の礼拝を行ない直ちに教会の一切の設備を移転して十月二十四日新会堂における最初の礼拝を行なった。
 同時にこの日特に地区の合同礼拝を行ない、教区総会議長遠藤栄牧師を迎えて献堂式を行なった。
 礼拝の後信徒協議会を開き各部に分散して今後の伝道方策について協議懇談を行った。この日献堂式出席者八○名、信徒協議会主席五○余名であった。
 更に十一月二十四日には西村次郎信徒伝道者を招いて記念伝道会を開催したが地理的に夜の集会に不適当なため二十五名の会集に止った。
 その他この年の活動としては夏期長期応援伝道を八月十七日から二十五日まで実施し、大阪府豊中教会森里忠生牧師及同教会キャラバンを迎えて各橦の集会を催し、九月二十二・二十三日は相馬青年の家で信徒講座を開催して、西村次郎、遠藤修司両氏の講演があり十月には原町信金ホールで佐古純一郎氏の文学講演会を主催して四〇名の一般市民と会合した。十二月には三年間留学中の江原淳牧師の帰国を迎え同氏を招いて「アメリカの教会事情」をスライドにより説明報告を受けた。
 毎年夏に開催した太平洋聖書学校は出席者が減少し充分の成果あげることが出来なくなったことと教会学校の新しい方向を開拓する目的で本年度から小学生上級生と中学生による夏期学習キャンプを実施することとなり、その第一回を宮城県利府の森郷キャンプ場で開催し、四〇名が参加し原町から八名参加した。
 相双地区の合同教会構想は教会の伝道圏構想と相侯って、モデルケースとして取り上げられ研究課題として教団の農伝専門委員会から内藤一郎委員が現地診断を実施することになり教区の小林利男委員、地区各教会牧師が成瀬牧師宅に会合して座談会を開催した。その結果は「伝道圏構想現地診断」誌上に掲載された。
 尚この年保育園々舎建築資金最期貸付金の借入を厚生年金事業団に申請し、諸般の書類を受理されたが教会役員会の承認を得ることが出来ず不調に終ったことは遺憾であった。

 第十一章 新築移転後の教会。
 (昭和四十一年~昭和四十五年)(一九六六)(一九七〇)

 1 会堂建築の事後処理
 会堂建築第二年目を迎えて教会の重要問題は教団の借入金返済の問題と懸案の保育園々舎新築の問題であった。借入金返済については教会員の特別献金その他によることとし月額二万円の協力献金をもって向う五年間に返済する計画を立て直ちに実行に移った。保育園々舎新築については厚生年金事業団の長期借入が不調に終ったので第二段として社会福祉法人を設立して運営の合理化を計る事が提案された。然し社会福祉法人設立については教会財産を寄付することと教会の事業としての宗教性が失われることに異論があり苦しくとも宗教法人として教会の事業の特種性を生かすことが重要であるとの結論に達し、第三段階として教会所有の不動産売却により園舎新築の基金を造成することに意見の一致を見、その方針をもって進めることとした。
 このように教会の内部事情は困難を極めたが教会員一致協力このことに当ることを決意し着々実行に移していった。
 その中にも伝道活動は進められ三月には京都教会の大山牧師による地区教会合同礼拝を小高教会で行ない、同月二十四・二十五日一泊二日をもつ地区合同の保育研究会を宮城県白沢仙山荘で開催し、五月にはK・K・Sの合同で仙台西多賀ベットスクールの慰問を実施し、六月七日には教団総会議長大村勇牧師の来訪を得て、原町教会で地区各教会役員の協議会を開いて役員の自覚と責任を反省する機会を与えられた。
 六月十五日教会礼拝オルガニスト及賛美歌講習会を実施して教区賛美歌委員佐藤泰平教授小笠原政敏牧師(仙台長町教会)が指導に当った。夏期には森郷キャンプ場で夏期学習キャンプを行ない四十五名の参加者があり、また恵まれない少年少女を対象に中学生の招待キャンプを相馬青年の家で実施して八名の出席があった。
 九月には野田市郎牧師の腹話術による特別伝道を開き、十月には基保連の保育者講習会を開催して保育関係者全員信用金庫ホールに集った。同月教区の婦人修養会が開催されて当教会から松本京子、神正子両名が出席した。
 一〇月三〇日には会堂新築一周年を記念して感謝礼拝及感謝祈祷会を行ない、この日会員の子女四名(太田みすず、太田浩文、菅野尚子、松本真美)の幼児祝福式を行なった。
 十二月には地区合同の訪問伝道講習会及信徒懇談会を中村教会で聞いて、教団から倉持訪伝委員長、教区から吉池委員が来講した。
 この年は地区教会合同の会合が多く信徒の中から批判の声が出て来た。

 2 合同教会方式の終末
 昭和四十二年(一九六七)には浪江伝道所は東北特別開拓伝道として教団から二百万円の援助金を受けて会堂の建築を完成し五月二十一日その落成献堂式を行なった。
本年は地区合同教会終結の年であるが各教会の事惰が充分に纏らず慎重に審議する必要があるので四月二十九日原町教会で合同役員会を開き種々討議を重ねた結果各教会の内部事情もあり合同については時期向早の感もあるので、一応終止点を打つことが賢明との意見が出され採決の緒果合同教会構想は一応中止し従来の協力関係は何等かの形で継続することとなり、古山牧師、成瀬牧師の提案により「相双地区伝道協議会」を組織して、年四回協議会を開催して合同計画中継承すべきものは受継ぎ、実行すべきものは実行することとし、各教会から牧師一名と信徒数名の代表者を出して役員とすることを申合せ、また従来の地区合同会計は伝道協議会が引継ぐこととなり、数年に亘って共に考え努力して来た合同教会の夢は不発に終ることに成った。
 鹿島栄光教会の野村牧師はこの年の三月四国の阿波池田教会に去り、四月には東神大卒業の古屋朝則牧師が着任した。
 本年中教区の国際協力伝道が実施されて原町にも韓国牧師金洙栄牧師、台湾台中教会の郭東栄牧師が来援して、地区合同礼拝で金牧師の説教があり、又婦人会の特別集会を開催して十六名の出席があり韓国の婦人会活動の状況を聞いた。また市内に台湾からの引揚げ者が多いので、商工会議所を会場にして郭牧師から最近の台湾の事情を聞き懇談を重ねて有意義であった。
 成瀬牧師は七月・八月にかけて休養のため旅行することになり東京神大学生の国吉味付子が一ケ月間夏期伝道者として奉仕した。
 3 保育園々舎新築
 本年度総会に於て保育園々舎新築のため教会所有地を処分して資金に当てることを万場一致採択し、教区の承認を受けまた教団の同意も得、正規の手続を以って、大町一丁目三所在地百七十二坪を医師小野田氏に譲渡することになり、売買契約を締結し三月三十一日代金七百三十万円を受領した。
 工事請負契約を庄司組と締結したが工事費は八八○万円であった。尚資金の不足分は社会福祉事業振興会の融資金を利用することとし金一〇〇万円の借入申請をし、承認を受け五月十五日起工式を成瀬牧師司式の許に行ない八月二十七日工事を完了し同二十九日園舎及設備一切の移転を完了した。九月十四日新築落成式を原町教会で挙行し、約八○名の出席があり、式後園舎に於て感謝茶話会を催し、施設を閲覧に供した。
 ここに於て長年の念願であった会堂建築と園舎新築の実現を見ることとなり教会員一同感謝をもってその労苦を回顧したが、七〇年の長きに亘って教会の敷地として用いられた土地を手離したことは諸先輩の労苦に対し申訳けない思いが残った。然し時代の変遷に従い新しい時代を迎えて止むを得ぬ手段であったことと自省し一日も早く敷地確保のための方策と努力を申し合わせた。
 また今後数年間は後整理に教会員一丸となって励むことを契った。
 工事費収支の概要は左の通りである。
収 入 計       10,300,000円
 土地(一七二坪)売却費7,000,000円
 手持金(寄附金等)   800,000円
 借入金(社会福祉事業振興会)
            1,000,000円
 その他(業名その他より借入)
            1,200,000円
支 出 計       10,300,000円
 工事契約金支払    8,800,000円
 暖房設備費       900,000円
 側溝その他整備費    500,000円
 雑費          100,000円
4 創立七〇周年記念
 昭和四十四年(一九六九)新春新たに発足した地区伝道場議会を中村教会で開催して今後の協力体制につき種々協議を重ね五年聞に亘る地区合同教会構想を回顧すると共にその終束を確認した。
 新春二日の礼拝は当教会出身の折原忠牧師(現東京井萩教会牧師)を招いて説教を依頼し、礼拝后懇談会を聞いた。一月五日には野崎静雄、折笠勇の発議により、かつての青年会員の交歓会を開催し各地から十数名が参集して懐旧に時を忘れ、今後もこの会を出来る限り継続することを申し合わせた。
 この日の出席者は野崎静雄、安増幸子(旧松本)、折笠勇、折笠悦子(旧成瀬)成瀬鐘一(東京)、杉山金一、菅野和子(二瓶)、五十嵐信男(仙台)、高橋義正、高橋圭子(旧松浦)、谷津田則文等であった。
 二月十一日は「信教の自由を守る日」として保育園ホールで「信教の自由と言論の自由を語る」座談会を開き、出席者は八名に過ぎなかったが熱心に語り合った。
 三月二日はシュレーヤー宣教師引退のためその労をねぎらい同師夫妻を招いて慰労会を開き、歓談が尽きなかった。
 夏期は例年の通り森郷キャンプ場で四泊五日の学習キャンプを実施し当教会からも六名の参加者があったがこの行事も合同教会終結に伴って本年をもって一応の結末とし新たな形で持続することとなった。
 十一月二日教会創立七〇周年及保育園開設二〇年の記念式を挙行し教区副議長本宮宰四郎牧師が記念説教を行なった。
 成瀬牧師は本年三月五日をもって満七〇歳を迎えたので老齢と不健康の理由で主任教師辞任及引退の申出があったので教会役員会はこれを諒承しまた、教会総会もこれを承認し、直ちに教区、教団に対し後任者の推薦を要請した。
 昭和四十五年二月教団から久保田幹事来訪し、後任者として北海教区八雲教会片山義明牧師の推薦があったので臨時教会総会を開催して、成瀬牧師の引退及片山牧師招請の議を採択した。そして三月片山牧師の来訪を乞い教会役員と面接し、礼拝説教の担当を依頼し、次いで片山牧師招請の諸手続を了して五月一日をもって片山牧師に教務の引継をした。
 成瀬牧師は暫定的に保育園長事務を継続し事務整理の上保育園長の職を辞し片山牧師に一切を引き継ぐこととし、同年八月成瀬牧師住居完成を見て牧師舘から移転、同時に保育園長を辞任ここに二十三年の成瀬牧師の任期は終了した。
 そして原町教会は新任牧師によって新たな段階を迎えたのである。

 第十二章 昭和四十五年(一九七〇年)以降

 昭和四十五年(一九七〇)四月末二十年余に亘り地区伝道に当った成瀬牧師の老令による引退に伴い、五月から北海道教区から片山義明牧師を後任者としてむかえたが、これを機に地区もまた新しい胎動の兆を見ることになった。
 即ち十二月には小高教会の佐藤仁牧師は山梨県勝沼教会に去り翌四十六年(一九七一)四月には斎藤康彦牧師が新任した。同三月教団及会員よりの教会建築に伴う諸負債を完済し、八月には教団夏期長期応援伝道の講師として東京聖ヶ丘教会稲垣守臣牧師を迎えて前進の態勢を固めつつあったが、四十七年度には更に大きな変動が地区にやって来た。
 四月鹿島栄光教会古屋朝則牧師は石巻山城町教会に転じ、中村教会古山金作牧師は鹿島栄光教会に移り、浪江教会宍戸七彌牧師は宿痾 のため辞任引退して仙台市岩切に去ったので、それぞれ新任者をむかえて名実共に地区の一新を見るに至った。そのため従来の地区の協力の方針も停滞気味となり、各教会共それぞれ内部の整備に専念するようになったのも導きと言うべきであろう。
 原町教会も有名無実の会員を整理、財政の整備をおしすすめた結果七月には旧会堂修理のための借入(回転資金)を完済した上で八月教団夏期長期応援伝道講師として東京相愛教会、及川泰夫牧師の来援があり、同月には会堂前部に十字架の塔屋をあげて、とかく附属保育園のみに目を注がれていた地域の眼に対して教会の存在を確認せしめた。
 次いで四十八年六月附属施設新築に伴う社会福祉事業振興会借入金を完済すると共に従来手狭であった四才児保育室の拡張工事を併せて実施したが十年に亘る負債の全額償還を見たことによって将来に対する展望が大きく開けて来たことは感謝である。
 また去る四十五年九月いわき市塩屋埼で開催された分区研修会の成果をふまえ、この年には数度に亘り相双、いわき両地区合同の浜通り牧師会、八月にはいわき市常磐教会に於て浜通り教会学校合同夏期キャンプ、十月には相馬市青年の家に於て浜通り信徒研修会をもちその最終日の両地区の合同礼拝には中村教会に七十余名参集して守ることの出来たのは、浜通り地方で画期的なことであった。つづいて十月から翌三月にあたり東北学院大学基督教学科の諸教授各位の支援を得て特別礼拝を毎月一回実施することがゆるされて次第に聖書に生きる教会の姿が明かにされて来る。
 四十九年もこの礼拝は第二期として続行することが教会総会において確認され、五月佐藤仁牧師(勝沼教会)七月には飯島英雄牧師(仙台東六番丁)九月大柴俊和牧師(ベテル聖所)、十月山本尚忠牧師(仙台広瀬河畔)が予定されている。また昨年六月から開始されたベテル聖書研究会第一回終了生三名が八月に生れ、第二回生三名がこれにつづいて今も学びを与えられているが、全会員がこの聖書による学習を絶やさないように心したいものである。 教会学校も上昇中であったが今年新たに牧師二名が加えられ、漸く中学科が誕生した。
 更に久方振りに三人の兄姉の転入、二人の兄の転任による現住への復帰、求道者の定着等あって徐々に礼拝出席者の上昇を見るに至ったことは慶ばしい。
 その他明五十年(一九七五)は教会創立七十五年にあたるのでその記念行事として記念礼拝の実施、七十五年史の刊行、会堂一部増築、記念品の贈呈など準備がすすめられている。
現在の教会の組織体は次のとおりである。
一、宗教法人役員(責任役員五名)
  (代表)片山義明、松本京子、野崎静  雄、折笠勇、田丸英子、三瓶久
二、長老会(五名)野崎静雄、折笠勇、田  丸英子、三瓶久、太田喜久子
三、教会学校(長)三瓶久、片山義明、片  山智恵子、遠藤和子、成瀬憲子、太田  喜久子、大浦範子
四、附属事業 原町聖愛保育園
 認可年月日 昭和二十四年十月一日(福島県)
措置児数 九〇名(満二才以上五才まで)
運営委員(七名)(長)片山義明、成瀬 高、松本京子、野崎静雄、折笠勇、田丸英子、三瓶 久 
職員数(七名)、
(園長)片山義明(主任)片山智恵子
(保母)成瀬恵子、遠藤和子、松本時子、遠藤美保子、(調理嘱託)井村信子

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