原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

昭和18年 明野飛行学校時代

新妻整備新妻幸雄整備員

新妻幸雄は高平村泉の農家に大正14年生まれ。父親が写真趣味に熱中し、息子が地元の原町飛行場に軍属として就職し勤務すると、その雄姿を記録した。父は、そのいとこ新妻要とともに原町のカメラ愛好会「光生会」の会員となって原町周辺の風物を撮影した。

幸雄の上司の軍曹はこれを知って、しばしば手持ちのカメラで撮影したネガに現像と焼き付けを依頼したという。

軍隊では、下士官の軍曹に下位の兵や軍属が気やすく声をかけることなど見咎められたので、あまりにしばしば呼び出されて親しくされて営内で幸雄は気を遣ったという。

写真は昭和18年の撮影。原町飛行場は1月1日より明野飛行学校の分教場に移管されて、戦闘機の操縦科目になって、新鋭の97式戦闘機の実戦教育になった。

18年後半は水戸飛行学校の分教場となり、銃撃、偵察、爆撃と多様な訓練を行った。

はらのまち100年史

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