原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

福島の映画人列伝

福島の映画人列伝

福島の女優

女優は映画の華

映画の華は女優である。幻想とは知りつつも、銀幕の中のヒロインに恋してしまう観客。架空の世界であっても、現実以上の存在感で迫る映画とは不思議なもの。映画は二十世紀の魔法なのである。
女優名鑑の第一頁には、逢初夢子(あいぞめゆめこ)が登場する。いかにもロマンチックな芸名で、現実を忘れさせてくれる銀幕世界だからこそ、こんな名前が成立する。逢初夢子は猪苗代の出身。本名は横山八千代。公務員の父次郎と母秀子の二男三女の末子。半年で父と、10歳で母と死別し、兄たちと上京。松竹楽劇部(のちのSKD)に入り、映画界に転向。島津保次郎監督に見いだされ、昭和9年の「隣の八重ちゃん」では、岡田嘉子の妹で題名役の八重子を主演。セーラー服の女学生役で、隣家の大学生の大日方伝を相手に、はつらつとした動作と歯切れのよい台詞まわしで好演。ベストテン第二位の話題作になった。松竹得意のホームコメディーに、清らかなお色気をふりまいた。戦後の大映「紅涙草」を最後に映画界を去り、テレビに出演した。オリンピックの水泳選手遊佐正憲氏(ベルリン大会で金メダルと銀メダルを獲得)と恋愛結婚。銀幕から引退した。福島県出身の女優スター第一号である。
逢初に続き登場した女優に、真山くみ子がいる。大正5年7月2日、川俣町出身。本名高橋美枝子。麹町高女を卒業して昭和10年日活多摩川巌影所に入杜。高橋美紅子の芸名でデビュー。「海国日本」に出演した彼女を見込んだのが大河内伝次郎。ところが、新人の悲しさで、一歩も歩けない、ひとこともしゃべれないため、大河内も稲垣浩監督も抜てきをあきらめた。高橋は間もなく新興キネマに移籍し、名を真山くみ子と改めて現代劇のピカ一女優になった。稲垣は自著「日本映画の若き日々」(毎日新聞社)の中で、大河内とともに「あきらめが早すぎました」と、残念がっている。11年日活を退社し、新興キネマ大泉に入社。昭和13年当時は、新興キネマで淡島みどり、美鳩まりと並んで人気女優三羽ガラスとうたわれ「喧嘩の春」などに主演。霧立のぼると同格に扱われ、「脱線令嬢」「女は嘆かず」など出演した。「たのしき今宵」に立松晃、続いて宇佐美淳、清水将夫、若原雅夫らと次々共演。看板女優となった。代表作は「母の魂」「評判五人娘」など。17年合併で大映に移籍。主演、共演を続け戦後「幾山河」に出演後退社。24年の芸研プロ「殿様ホテル」で復帰し原節子と共演。30年新東宝専属となり母親役などを演じながら、「その結婚異議あり」を最後に35年引退。

バンプ松枝鶴子

お嬢様役の清純スターだった逢初や真山に比べて、バンプ役の女優として活躍したのが福島市出身の松枝鶴子。大正末期から昭和初期にかけての妖婦役を演じ独特の味のある存在だった。酒豪としても有名で、撮影の合間にも一杯ひっかけ、ほんのりと頬を染めて上機嫌だったという。サイレント時代だからこそ許されたエピソードだ。日活、東亜キネマ、マキノ三社が競作して話題となった林不忘原作の「新版大岡政談」より一ヵ月早く帝キネが丹下左膳を登場させた講談師邑井貞吉の「大岡政談」全三篇(正邪白刃篇、悪鬼跳梁篇、佳人薄命篇)では松本田三郎の左膳を相手に、櫛巻お藤に相当する白無垢お藤にふんしてバンプ役の妙味を発揮した。
本名斎藤秋子。明治35年8月15日生まれ。高等小学校卒業後、台湾で曽我廼家一座に加わり、巡業中に解散。天勝一座を経て山口俊雄一座に入り、大正12年、帝キネ入社。「鳥辺山心中」でデビュー。嵐瑠徳主演「鼠小僧」で娘役、「累ヶ淵」で相手役をつとめ、14年内紛を機に退社。マキノプロダクションを経て帝キネ再入社。独立したアシヤ映画で「恋の清水一角」などでヒロインをつとめ、15年小阪と合体後も松本田三郎、明石禄郎とのコンビが多く、幹部女優として20本以上、主としてバンプ役を演じた。昭和5年、河合映画に移り「女盗色懺悔」などに主演。6年退社。8年、日活太秦入社「月形半平太」に大河内伝次郎と共演、同年11月退社、引退した。

日本女性の理想像水戸光子

日本映画史に残る名女優の代表的一人である水戸光子(みと・みつこ)は、大沼郡新鶴村境野出身。本名関場ミツ子。大正8年(1919)3月23日生まれ。父が内務省関係の土木技師で各地を転々。31年岡崎市立高女に入学するが家庭の事情で33年、3年生のとき中退して名古屋万平ホテル、熱海万平ホテルにウエイトレスとして勤めていた時、34年たまたま宿泊した松竹取締役・井上伊三郎に女優になる気はないかと誘われ、幸運にも松竹蒲田撮影所に入社したのが昭和10年11月。はじめは大部屋女優で清水宏の正月映画「大学の若旦那・日本晴れ」に端役でデビューした。「若旦那・春爛漫」(34年・近衛敏明主演)に女学生役、若手の宗本英男監督の「船頭可愛いや」ほかに脇役で出演するうち、35年、4巻物の宗本の次作のサラリーマン喜劇・サウンド版の「坊やと日曜日」に新人の毛塚守雄とともに抜擢され初主演した。毛塚は武田春雄扮する主役の失業会社員の娘に扮し、日本髪姿で初初しい新人ぶりを見せた。
「愛に生くるもの」で広瀬徹、「生活の勇者」で笠智衆、「美枝子の兄」で斎藤達雄と共演。だが、先輩の高杉早苗、桑野通子や後輩の高峰三枝子が派手に売り出していくのに対し、彼女はB級スターにとどまったまま地味な存在だった。ところが昭和14年に「暖流」の石渡ぎんで当て、一躍脚光を浴びた。行動的な病院主事(佐分利信)に愛情を抱く院長の令嬢(高峰三枝子)に対して、病院改革のため主事に協力する看護婦として体当たり演技をし「女優史に残る」といわれた。以来、第一線の女優として重用され、戦後は木下恵介の「女」で小沢栄太郎と共演。大映に移って「王将」で阪東妻三郎、「どぶろくの辰」では辰巳柳太郎の相手役をやり、汚れ役もこなせる女優に成長。「戦火の果て」「欲望」「道」などの独立プロ作品でも活躍した。「寅さん」の初代おいちゃん役の故森川信との離婚歴はよく知られている。美空ひばりの母もの映画には母役で多数出演した。
戦時下の日本から南洋の孤島で生き延びた小野田氏がルバング島から生還したとき、結婚の話題になり、理想の女性は誰かという記者の質問に答えて、小野田氏は即座に「水戸光子」と答えた。華やかな令嬢タイプの高峰三枝子ではなく、内助の功で男を立ててくれる清楚な日本女性の典型を水戸光子にみていたことがわかる。当時の兵士たちもまた同じような印象ではなかったろうか。

映画からテレビへ

・福田トヨ 戦後に活躍した女優には、福島市出身の福田トヨがいる。帝国第一高女を卒業後、昭和26年東宝に入社。その後、日活に移り、「次郎長遊侠伝・天城鴉」「朝やけ血戦場」「風船」「太陽の季節」「幕末太陽伝」「嵐の中を突っ走れ」「女を忘れろ」「東京の暴れん坊」「太陽は狂っている」「僧いあンちくしょう」「狼の王子」「風と樹と空と」「骨まで愛して」「残雪」「博徒無情」「新ハレンチ学園」など、多数の日活娯楽作品にわき役として出演。東宝「ゴキブリ刑事」を最後に映画界を去る。
・若松和子 若松和子は会津若松出身。昭和11年生まれ。昭和30年代に活躍した女優。SKDの星和子の名で出演。昭和31年に二十歳の時、5年間在籍したSKDを退団して大映と契約。ステージからスクリーンに転身する時に父の本籍地の若松にちなんで改名。松林宗林監督の「陽気な旅芸人」がデビュー作。
千舟ちはやは福島市出身の女優。昭和29年東映作品「少年姿三四郎 山岳の決闘」に出演。
水木淳子(本名阿部克子)は1942年2月19日福島県出身。59年、上野高校を中退。6期ニューフェースとして昭和34年に東映入社。同期に倉岡伸太郎、太地喜和子、千葉真一、真山知子がいる。60年「白馬童子南蛮寺の決斗」のわき役でデビュー。続く「さいころ無宿」(60)で重要な役を演じ、多数の時代劇に出演。「次郎吉ばやし・千両小判」「怪談五十三次」「素浪人百万石」(60)、「八州血煙笠」「忍術使いと三人娘」「幽霊五十三次」(61)など多数の時代劇に出演した。沢島監督の「美談の顔役」(62)を最後に映画界を去る。
大方斐紗子(おおかた・ひさこ)女優。声優。シャンソン歌手。昭和14年3月9日生まれ。福島女子高卒業後、昭和36年、俳優座附属養成所入所第10期生。のち青年座に移りフリーに。代表作「肥前風土記」「コレットコラージュ」「蜘蛛女のキス」「イサドラ」で舞台出演した。劇映画では「無人列島」が初主演。「復讐するは我にあり」「ウェルター」「トットチャンネル」「青い山脈」「遺産相続」「未来の想い出」などに出演した。テレビではTBS「家族ゲーム2」NHK「はね駒」などに出演。生活のため都内のクラブに出演し、クラシック、ジャズ、ポピュラーを歌ってきた。58年頃シャンソンの神髄エデイット・ピアフに出会い、本格的にシャンソン活動を開始。ピアニストの佐藤允彦とともに60年パリでミニコンサートを成功させ東京で同年12月「エデイット・ピアフをうたう」を開催した。
金井由美(かない・ゆみ)は大沼郡会津高旧町出身。昭和20年1月3日生まれ。幼時に東京に移り育つ。鴎友学園女子高校を卒業し俳優座養成所に入所、15期生の同期に地井武男、原田芳雄、前田吟、栗原小巻、三田和代らがいる。卒業後はテレビ界に人りフジ「銭形平次」TBS「おしどり右京捕物陣」などに出演。映画では、テアトロ・プロ(日活配給)「艶説明治邪教伝」(68)、東映「女囚さそり・七〇一号怨み節」(73)に助演、79年テレビ朝日「半七捕物帳」を最後に、芸能界から遠ざかった。
伊藤栄子(いとう・えいこ)は郡山市出身。昭和21年11月8日生まれ。梅花学園高校卒(40年)、昭和39年、東京電波映画製作のテレビ映画「柔」に出演。映画は翌40年「続柔・旋風四天王誕生」でデビュー。44年「日本女侠客伝侠客芸者」を最後にテレビに移る。45年俳優河原崎長一郎と結婚。61年にTBSの「嫁と呼ばないで」で18年ぶりに主役。NHK朝の連続テレビ小説「はね駒」「純ちゃんの応援歌」で親しまれた。最近では大河ドラマ「徳川慶喜」に出演。
秋吉久美子 あきよし・くみこ (本名小野寺久美子)は、いわき市小名浜出身ということになっているが、実は静岡県生まれ。昭和48年磐城女子高を卒業したので、福島県民には”同郷”女優扱いで親しまれる。代表作「赤ちょうちん」「旅の重さ」「青い鳥撃て」「十六歳の戦争」。長男を出産したとき「この子は、卵で生んでみたかった」と奇矯な発言で話題を呼んだ。デビュー当時、インテリ監督で知られる大島渚とともに映画封切り館の舞台挨拶に出向き、大観衆の前で素晴らしいスピーチをして大島から「黙っていたら、何時間でも堂々としゃべっていると思うよ。彼女は頭がいいんだ」と言わせたほど(「いわき出身の有名人」植田公民館)。
講談師の神田香織は同級生で、平成7年9月19日、植田公民館で「高校時代はかわいらしい少女という感じでしたが、それほど目立つ感じではありませんでした。高校3年生の時は暮らすも一緒でした。夏休みにオーでションに合格して、卒業と同時に『旅の重さ』という作品でデビューしたと記憶しています。デビュー作ではちょい役でしたが、『赤ちょうちん』で一躍スターになりました」と語っている。

橘麻紀 たちばな・まき(本名折笠春江)は昭和26年(1951)2月6日、相馬郡小高町(南相馬市)生まれ。69年県立小高高校を卒業後、歌手を志して上京、モデルとして働くかたわらレッスンに励み、72年加納エリ子の芸名でワーナーパイオニアから「汽笛がないている」で歌手デビュー。自慢の脚に一億円の保険をかけて話題を呼んだが、芽が出ずに女優に転向。昭和48年(73)、東映に入社。「やくざ対Gメン・囮」に初出演。ついで中島貞夫監督「ジーンズブルース・明日なき無頼」(74)出演後、橘真紀と改名。以後「唐獅子警察」(74)「まむしと青大将」深作欣二「仁義なき戦い」「県警対組織暴力・暴力金脈」(75)などに助演。関本郁夫監督「好色・元禄マル秘物語」(75)で橘麻紀と改名。お七にふんして初主演した、その後も「極道社長」「狂った野獣」「バカ政ホラ政トッパ政」(76)「やくざ戦争・日本の首領」「日本の仁義」「日本の首領・野望篇」(77)「総長の首」「真田幸村の謀略」(中島監督79)、「ドーベルマン刑事」(77)「赤穂城断絶」(78)(深作監督)などに助演した。テレビでは「人間の証明」(78)「野性の証明」(79)(TBS)ほかに出演。
この頃、日本映画はヤクザ映画とポルノ映画の岐路にさしかかっていた。女優たちにとっては、裸にならねば仕事にならないような時代になっていた。

ポルノ映画が主流に

中川ジュン(なかがわ・じゅん)はいわき市(旧常磐市)出身。昭和32年7月29日生まれ。本名佐藤美佐江。三人兄妹の末子。高卒後、上京してモデルをしていたところを藤田敏八監督にスカウトされ「横須賀男狩り・少女・悦楽」(77)でデビュー。女子高生の大野かおりと二人で犯される役で、さらに黒人青年を相手に太胆なベッドシーンを演じて、その新鮮さが買われた。だが「宇能鴻一郎の上と下」(77)以後はポルノ出演していない。東映「日本の仁義」(77)にも端役で出演。
ポルノ界といわず、日活最後の光芒の中で盛名を轟かせたのは川村真樹(かわむら・まき)だろう。本名佐藤茂子。伊達郡茂庭村(現福島市)出身。父は銀行員で三人兄妹の末子。63年宝塚音楽学校に入り昭和40年に初舞台。退団して関西の舞台やテレビで活躍。69年東宝の「ドリフターズですよ!特訓特訓また特訓」で映画に初出演。続いて「愛のきずな」「ドリフターズですよ!全員突撃」に出演。昭和45年(70)11月にはコメディアンの佐々十郎と心中未遂事件と見誤る睡眠薬事故を起こして失意の日々を送る。翌年テイチクから歌手として再デビュー、芸能界に復帰。さらに映画でも日活「八月はエロスの匂い」(72)のヒロインとして藤田作品でカムバック。日本人ばなれの彫りの深い顔立ちと豊かなバストの人妻役で、童貞少年に筆下ろしさせる大胆演技が人気を呼んだ。藤田作品「エロスの誘惑」(72)「エロスは甘き香り」(73)のエロス三部作に連統共演して日活女優陣の中軸になった。「さいはての情事」(73)「濡れた荒野を走れ」(73)などの日活作品のほか、東映「賞金首・一瞬八人斬り」(72)、東宝「高校生無頼控」(72)「色魔」「ネオンくらげ」(73)、松竹「喜劇男の腕だめし」(74)、ATG「竜馬暗殺」(黒木和雄監督74)などがある。昭和50年に結婚し芸能界を引退したが、5年後に離婚。51年に「もっと激しく、もっとつよく」で再デビュー。「好色海女ふんどし祭り」「ズームアップ暴行白書」(81)「宇野鴻一郎の濡れて騎る」「温泉芸者」(82)などのにっかつ作品に出演したほか、連続殺人犯勝田清孝の半生を描いた渡辺護監督「連続殺人鬼・冷血」(84)に被害者の女性役で出演した。その後、芸能界から離れたが、平成3年「じゃがたらのお春」で一人芝屠を演じて芸能活動を再開。
日活のポルノ女優では浦野あすかも高卒後、上京。日活映画やテレビ芸術学院で2年間勉強。ポルノ映画や舞台に出演。ワールド・プロモーション・カンパニー所属。
藤本聖名子(ふじもと・みなこ)は福島市生まれ。本名斉藤美弥子。福島女子高を昭和63年に卒業。高卒後上京し就職、2ヵ月後退社。ロッポニカの「ほほえみマドンナ」に応慕、準グランブリに選ばれ、「ひぃふうみぃ」で主役デビュー、平成2年に共同石油カレンダーガールに選ばれた。同年、AV界に転じた。写真集「はらいそ」(91)がある。
共石カレンダーガールといえぱ平成4年に、いわき市出身の小松美幸(こまつ・みゆき)が選ばれている。小松は昭和46年6月15日生まれ。クラシック・バレーで鍛えた肉体がモデルとしても一流で、写真集「乳房像」(平成6)がある。ビデオ「ダウンタウンガールズ」「くの一忍法帖」「背徳のエロス」(平成4)「スイートルーム」(にっかつ・平成5)に出演。映画では、磐梯山麓で撮影された「福本耕吉かく走りき」に主人公を支える女子高校生として準主役で助演。キャンペーンで来県した。平成6年、芸名を小松みゆきに改名。ほか「やくざ道入門」「ガメラ2 レギオン来襲」「イグナシオ」などに出演。テレビでも活躍。
二階堂ミホ(にかいどう・みほ)は福島市出身、昭和43年4月3日生まれ。二階堂美穂。福島女子高卒。福島大学教育学部(昭和62年)中退。大野一雄舞踊研究所で舞踊を学ぶ。平成4年、オーでションに選ばれ村上龍監督の「トパーズ」に主演、孤独な都会生活の中で繰り広げられるSMクラブを舞台に、芸達者な俳優陣に伍して退廃的で淫靡、官能的な場面を見せた。その後、キューバ国立民族舞踊団でラテンダンスを学ぶ。7年、映画監督ハル・ハートリーと結婚。夫の監督による「FRIRTフラート」で女優復帰。9年日本でも公開された。
吉行由実 よしゆき・ゆみ 昭和40年8月19日生まれ。女優。映画監督。獨協大学卒。ピンク映画に出演。
麻宮淳子 あさみや・じゅんこ 昭和50年10月25日生まれ。福島市飯坂出身。16歳から雑誌モデルとなり、18歳からアダルトビデオ女優となり多くのビデオ、Vシネマに出演。グラビアや写真集、テレビで活躍。8年、演歌歌手藤あや子一座の舞台に出演。9年、浅草ロック座でストリッパー出演。13年にAV女優引退。
桜庭あつこ タレント。昭和52年3月29日生まれ。平成11年、Vシネマ「シルバー」で芳賀研二と共演。ほか「美乳大作戦・メスパイ」「パチンコバトルロイヤル」など。12年、女子プロレスに転向。

各時代の名花たち

テレビ界で大活躍したのは、郡山市出身の相楽晴子(旧芸名相楽ハル子)。43年3月1日生まれ。役者志望でオーディションを受け、昭和60年11月から始まったテレビドラマ「スケ番刑事2」のツッパリ役ビー玉のお京を演じて一躍人気者に。歌は61年5月発売「バージン・ハート」がデビュー曲。映画では東宝「恋する女たち」でデビュー。初主演は映画4本目「バカヤロー1・私、怒ってます」。以後「ハラスのいた日々」「マリアの胃袋」「どついたるねん」などに出演。ヨコハマ映画祭助演女優賞(平成元年)、キネマ旬報助演女優賞(平成2年)などを受賞している。ニックネームはパル。
佐藤美貴(さとう みき、1980年4月15日 – )は、日本の俳優。福島県出身。オフィスアソボ[1]に所属。身長156cm。ロックミュージカル『BLEACH』の朽木ルキア役に抜擢される。
主な出演TVドラマ金曜エンタテイメント「温泉名物女将!湯の町事件簿(5)」娘役(2004年、CX)「式部塚悲恋伝説殺人事件」神原さおり役(2005年、CX)
佐藤美和(さとう・みわ)は、昭和41年1月18日生まれ。武蔵野音大卒後、アルバイトを経てスカウトされ、芸能界に入り、「定年後以後」(NTV)で女優としてデビュー。以後多くのテレビドラマに出演。
駒木なおみ(本名駒木根尚美)は昭和44年8月17日生まれ。映画「激走トラッカー伝説」に出演したほか、テレビ「まさか私が」「ルーキーコップ」「土曜ワイド劇場」などに出演。
葉山紘子(はやま・ひろこ)は昭和31年福島市の出身だ。50年日航を退杜して、女優に転身した。
安田明美(やすだ・あけみ)は、霊山町の出身。
藍田みちる あいだ・みちる 昭和36年11月23日生まれ。主な出演映画「課長島耕作」、テレビ「あぐり」「暴れん坊将軍」「渡る世間は鬼ばかり」など。
渡辺由紀(わたなべ・ゆき)は昭和43年5月26日生まれ。獨協大学外国学部卒。大学在学中の62年にモデルデビュー・。平成4年ユニチカの水着キャンペーンモデルに選ばれる。ドラマ「わたしってブスだったの」「恋のバカンス」「ひとつ屋根の下2」「七瀬ふたたび」「ハッピーマニア」「羅刹の家」、映画「催眠」などに出演。
浅倉いづみ あさくら・いづみ 昭和46年4月27日生まれ。文学座研究所を経て、シェークスピアーシアターに入団。映画「東雲桜 女の乱」に出演。舞台で活躍。現在フリー。
チバレイこと千葉麗子(ちば・れいこ)は福島市生まれ。平成2年(90)にミス・メディアコンテスト審査員奨励賞を受賞し、翌年F3600ティラノレーシング・マスコットガールに起用される。同年、花王の歯ブラシのCMがオンエアされ、お茶の問に親しまれた。平成5年(93)2月に東映の特撮「恐竜戦隊ジュウレンジャー」にプリンセス・メイ役でレギュラーに出演。子供たちやマニアのアイドル的存在となった。また、フジ「ひとつ屋根の下」(93)、テレビ朝日「南くんの恋人」(94)などのテレビドラマに出演、テレビタレントとしてバラエティー番組にも登場、そのほかビデオの声優や、パソコン雑誌に自分のコーナーを持つなど、マルチ・タレントとして大活躍。県内では福島銀行のCMでおなじみだ。1995年引退しベンチャー企業の社長として活躍。
伊東美咲 いとう・みさき 女優。昭和52年5月26日生まれ。大阪千代田短期大学幼児教育科卒業。所属事務所は研音、インセント。身長171センチ、短大在学中の平成11年アサヒビール・イメージガールをつとめたのちファッション雑誌「CanCam」の専属モデルに。12年ドラマ「ラブコンプレックス」で本格女優デビュー。14年「逮捕しちゃうぞ」でドラマ初主演。16年森田芳光監督「海猫」で映画初主演。初のベッドシーンに挑んだ。17年テレビ「電車男」でヒロインのエルメス役を演じ、「危険なアネキ」でも主演。
出演作品、模倣犯(2002年)古川翔子役
The Snows(2002年/香港映画)瑠璃子役
黄泉がえり(2003年)斉藤幸子役
呪怨(2003年)徳永仁美役
ナインソウルズ(2003年)ユリナ役
海猫(2004年)主演 野田薫役
いぬのえいが(2005年)
電車男(2005年)
釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった♪♪(2005年)河口美鈴役
about love アバウト・ラブ/関於愛(2005年)
椿山課長の七日間(2006年)和山椿役
ラストラブ(2007年)上原結役
Life 天国で君に逢えたら(2007年)飯島寛子役
テレビドラマ、電車男(2005年7月~9月 フジテレビ系)主演 青山沙織役
危険なアネキ(2005年10月~12月 フジテレビ系)主演 皆川寛子役
サプリ(2006年7月~9月 フジテレビ系)主演 藤井ミナミ役
山おんな壁おんな(2007年7月~9月 フジテレビ系)主演 青柳恵美役
エジソンの母(2008年1月~3月 TBS系)主演 鮎川規子役
単発ドラマ、らぶ・ちゃっと(2000年5月(第4話)7月(第11話) フジテレビ系)奥泉ゆき役 、マッハブイロク”BIG大作戦”(2000年6月 フジテレビ系)みずき役 、流転の王妃・最後の皇弟(2003年11月 テレビ朝日系) 、ブラックジャックによろしく~涙のがん病棟編~ 新春スペシャル(2004年1月 TBS系) 、弟(2004年11月 テレビ朝日系)松山章子役 、タイガー&ドラゴンドラマスペシャル(2005年1月 TBS系)メグミ役 、電車男デラックス~最後の聖戦~(2006年9月 フジテレビ系)主演 青山沙織役 、めぞん一刻(2007年5月 テレビ朝日系)主演 音無響子役
アニメ、アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル
受賞歴、第29回エランドール賞 新人賞(2005年) 第28回日本アカデミー賞 新人俳優賞(2005年) 第43回ゴールデン・アロー賞 放送賞(ドラマ部門)(2006年)
その他、ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー2003(2003年)
笠木 泉(かさぎ いずみ、1976年1月4日 – )は、日本の俳優、声優である。福島県出身。エースエージェント所属。
宮沢章夫主宰の遊園地再生事業団の公演に多く出演している。声優活動や客演活動も多い。 2007年、劇団、本谷有希子「ファイナルファンタジックスーパーノーフラット」で上半期の読売演劇大賞女優賞の最終選考に選ばれる。
映画
「クロイツェル」(2001年)
「サマーリミックス」(2002年)
「新しい予感」(2002年)
「亀虫」(2003年)
「2話」(2004年)
「catch ball withニコル」(2005年)
「聖歌隊物語」(2005年)
「take me out of the planet 僕は宇宙人」(2005年)
「夜の話」(2006年)
「パビリオン山椒魚」(2006年)
CDドラマ
ピューと吹く!ジャガー(白川高菜)
若松恵 わかまつ・めぐみ 女優。昭和54年9月29日生まれ。主な出演ドラマ「天までとどけ」「サイコメトラーEIJI」「愛していると言ってくれ」「若葉のころ」「東京龍」
望月麻衣 もちづき・まい 昭和55年6月30日生まれ。サントリー「マグナムドライ」キャンペーンガールに選ばれ、芸能界デビュー。平成15年テレビドラマ「マンハッタン・ラブストーリー」に出演。
宮坂あけみは昭和55年12月22日生まれ。女優。主な出演映画「ラヴァーズ・キス」。
緑川のりこ(みどりかわ・のりこ)は昭和56年3月10日生まれ。テレビタレント。ビデオ「THE CHANGE」出演。
岡本綾 おかもと・あや 昭和57年12月9日生まれ。いわき市出身。東京生まれだが、幼時に父親を事故で亡くし母親の実家いわきに引っ越して湯本第一小学校、中学校を卒業して本格的に芸能活動をはじめた。小学1年で児童劇団に入団。平成3年「陽炎」で子役デビュー。6年「学校の怪談」のヒロインに抜擢され、9年「いちご同盟」で注目を浴びる。
平成12年(2000)NHK朝のテレビ小説、古き良き映画全盛期の雰囲気を伝えるドラマ「オードリー」で主役を演ずる。実母と父親の友人(大竹しのぶ)の母親役を二人持ち、隣同士で生活する複雑な人間関係の間で揺れ動く思春期を表現。映画界の現場で生きる人々に囲まれ大御所やニヒルな新人俳優(長島一茂)に心ひかれながら映画女優を目指す少女の複雑でビビッドな心情を演じた。
18年「地下鉄に乗って」に主演。究極の愛を熱演し、清純で清楚な女優から妖艶な艶技の出来る役者に成長した。「ウイー・トーマス」で初舞台。ほか「3年B組金八先生」「木曜の怪談・怪奇倶楽部」「学校の怪談R・妖怪リリーちゃん」「ゆずれない夜」「奇跡の少年」「元禄繚乱」「OUT」「ビッグ・マネー!」「ライオン先生」「Mの悲劇」「いま、会いにゆきます」「おぎゃあ」「あずみ」「ムーンライト・ジェリーフィッシュ」などに出演。
映画
『陽炎』(1991年) – 樋口可南子の幼少時代
『学校の怪談』(1994年) – ヒロイン・小室香織役
『いちご同盟』(1997年)-ヒロイン・上原直美役
『老親』(2000年)-聡子役
『おぎゃあ。』(2003年)-ヒロイン・仲里花役
『あずみ』(2003年) – やえ役
『東京ゴッドファーザーズ』(2003年) – ミユキ役(声の出演)
『スカイハイ 劇場版』(2004年)-遠山小百合役
『ムーンライト・ジェリー・フィッシュ』(2004年) – ヒロイン南谷佳子役
『メタセコイヤの木の下で』(2005年)
『地下鉄(メトロ)に乗って』(2006年公開)-軽部みち子役
『天国は待ってくれる』(2007年公開)-薫役

芦名星 あしな・せい 昭和58年11月22日生まれ。都内の高校2年生だった時にホリプロにスカウトされ、平成15年女優デビュー。17年「仮面ライダー響鬼」で亜悪役の姫を演じる。18年日本・伊太利亜・カナダ合作映画「SILK シルク」(19年公開)に出演。ほかにテレビドラマ「お厚いのがお好き」「STANDUP!!」「キャバクラかよっ!!」「ドールハウス」出演。
増岡優 ますおか・ゆう 59年2月15日生まれ。原町市(南相馬市)出身。テレビドラマ出演「禁断の果実」「みにくいアヒルの子」、映画「ゴジラVSメカゴジラ」(東宝)「天守物語」(松竹)。
佐藤 寛子(さとう ひろこ)1985年2月17日福島県生まれ神奈川県育ち。神奈川県立伊志田高等学校卒業。2002年、映画『スケアー』でデビュー。グラビアアイドル。
主な出演ドラマ「仮面ライダー555」(2003年 – 2004年、テレビ朝日)2007年、テレビ朝日『特命係長・只野仁』など。
映画
スケアー 地獄の課外授業(2002年)
『超』怖い話A~闇の鴉(2004年)- 新垣奈緒 役
東京フレンズ The Movie(2006年、「東京フレンズ The Movie」フィルムパートナーズ、監督:永山耕三) – 佐藤恵 役
東京の嘘(2007年) – 藤森樹里 役
クローズド・ノート(2007年、東宝、監督:行定勲)
インモラル ?凍える死体?(2008年、MGP、監督:OZAWA) – 西野萌 役
麻亜里(まあり、本名:中島 麻亜梨(なかじま まあり)、1992年1月8日生まれ)モデル。女優。ビーインググループのLOOP所属。埼玉県在住。2004年5月に原宿でスカウトをされたのをキッカケに芸能界入りをする。
出演テレビドラマ
恋愛診断~制服のイブ~(2007年(テレビ東京) CHILDREN(WOWOW)

映画百年の歴史の中で、その魅力に最もひかれたのも、その魅力を最も引き出したのも、彼女たち銀幕の華であったろう。清純な花、邪悪な花、淫摩な花、現実の女性から想像力の世界で無限の聖性と悪魔的魅力をかきたててきた女優たち。
サイレント、トーキー、カラー、テレビ、各時代のメディアで花咲いた名花は、永遠に若く美しいままの映像として生きている。
(キネマ旬報女優事典・未来社「日本俳優事典」ほかインターネットを参照)

福島県出身の男優

鈴木伝明と大谷日出夫については、本文中にも紹介した。
青木賢一 あおき・けんいち 俳優。昭和50年9月14日生まれ。主な出演映画「国会へ行こう」「中指姫」、テレビ「あすなろ白書」など。
安藤綾信 平藩主安藤家の十六代目当主。時代劇のホープだったが安藤家を継いで映画界から去った。片岡彦十郎。
飯塚昭三 昭和28年石城高校卒。日大芸術学部卒。テレビタレント。声優。
梅沢富美男 うめざわ・とみお 昭和25年11月9日福島市生まれ。「下町の玉三郎」と呼ばれ、大衆演芸の舞台で絶大な人気を呼ぶ。テレビで活躍。
大谷日出夫 おおたに・ひでお 明治42年9月4日郡山出身。本名鈴木盛夫。安積中学卒。鉄道工場勤務を経て昭和6年不二映画の吉川英蘭に師事。翌年日活ニューフェイスとして入社。8年「万太郎暴風雨」で主役を演じ、「広野の果」で新進スターとして注目され、最後の無声映画スターといわれた。同年宝塚キネマに転じ、のち新興キネマに移り、スポーツマンタイプの剣戟スターとして「怪傑黒頭巾」などで大衆時代劇の花形となる。片岡千恵蔵ばりの精悍なマスクで売り出し、時代劇スターとしては昭和初期の人気を独占するほどだった。処女作が「あばれ行燈」。この一作で時代劇の世界におどりでた。主演映画は「江戸坩堝」「富士側の血煙」「天保江戸桜」ほか多数。しかも当時の人気女優鈴木澄子と結婚するなど、華やかな話題につつまれた。しかし人気絶頂の大谷は間もなく映画界から姿を消す。トーキーの出現がエロキューションに難のある東北弁の大谷を人気の座から追い落としてしまった。16年の「孤城の桜」を最後に引退。戦後、東映時代劇に大日方国照の名で出演したが、のち渋谷で飲食店を経営した。(「福島百年の人々」「福島県人材リスト」)
「出演」
1933.02.01 霧行燈 日活太奏  富五郎
1933.03.15 万太郎暴風雨 日活太奏 万太郎
1933.05.18 曠野乃果 前篇 日活太奏  ..小川達之助(松前藩士)
1933.06.08 振分け小平 日活太奏 振分け小平
1933.11.01 艶姿影法師 陽炎篇 宝塚キネマ
1933.11.30 からくり帖鬼譚 宝塚キネマ
1933. .  曠野乃果 完結篇 日活太奏  … 小川達之助(松前藩士)
1934.01.04 艶姿影法師 蒼窓篇 宝塚キネマ
1934.08.08 本所小普請組 新興  … 八丁堀の同心山脇幸吉
10. 1934.09.06 恩讐子守唄 新興  … 草神楽の笛吹き疾風の寛太郎
11. 1934.09.13 仇討妻恋坂 新興  … 大曽根竜弥
12. 1934.09.27 万五郎青春記 新興  … 徳川万五郎
13. 1934.11.08 流れ雲榛名峠 新興  … 安中草三
14. 1935.01.26 お江戸春化粧 新興京都  … 遠山金四郎
15. 1935.03.07 ぢゃぢゃ馬権八 新興京都  … ぢゃぢゃ馬権八
16. 1935.04.18 黄門漫遊記 新興京都  … 天下の豪傑荒川又兵衛
17. 1935.06.06 愛憎一代 新興京都  … 旗本由利友次郎
18. 1935.07.01 江戸の坩堝 新興京都  … 伊達藩浪人剣持札之進
19. 1935.08.15 活人剣 荒木又右衛門 寛プロ  … 笹川団右衛門
20. 1935.09.26 武蔵野くづれ 新興京都  … 大工清吉
21. 1935.11.10 元禄村雨笠 新興京都  … 村雨金五郎
22. 1935.12.14 風流奴髭 新興京都  … 槍持ち奴紋太・実は惣右衛門の庶子
1936.01.05 太閤記 藤吉郎出世飛躍の巻 新興京都  … 竹中半兵衛
1936.01.25 浪人囃子 新興京都  … 女歌舞伎一座の用心棒金五郎
1936.03.21 快傑黒頭巾 前篇 新興京都  … 青江下野・実は山鹿士行の息子源一郎
1936.04.29 快傑黒頭巾 後篇 新興京都
青江下野・実は山鹿士行の息子源一郎
1936.06.12 五月晴一本鎗 新興京都 兵太郎の親友鵜飼維助
1936.08.13 虚無僧系図 前篇 新興京都
虚無僧関根嘯々、白樫典膳
1936.08.27 虚無僧系図 後篇 新興京都  … 虚無僧関根嘯々、白樫典膳
1936.11.07 浪人大将 新興京都 大仏弥十郎
1936.12.03 伊達競艶録 新興京都. 原田甲斐、松前鉄之助
1936.12.31 児雷也 前篇 妖雲之巻 新興京都  … 児雷也、尾形家の嫡男周馬弘行
1937.01.05 児雷也 後篇 変幻之巻 新興京都  … 児雷也、尾形家の嫡男周馬弘行
1937.01.28 安兵衛侠の唄 新興京都 堀部安兵衛
1937.02.23 おつる巡礼歌 新興京都 阿波の十郎兵衛
1937.04.01 岩見重太郎 新興京都 岩見重太郎
1937.05.05 寺小屋 新興京都 白太夫の次男松王
1937.05.20 幻の白頭巾 新興京都 幻の白頭巾こと多木新三郎
1937.07.21 仇討天下茶屋 新興京 坂田庄三郎
1937.08.05 鬼傑白頭巾 新興京都 多木新三郎
1937.08.26 忍術霧隠才蔵 新興京都 霧隠才蔵
1937.09.16 変化如来 新興京都 火術研究家峠魚太郎
1937.10.07 岡野金右衛門 新興京都 越後の浪人平田久馬
1937.10.21 梁川庄八 新興京都 正茂の子庄八
1937.11.18 決闘両国橋 新興京都
天笠浪人大場半九郎
1937.12.24 人情百万両 新興京都
1937.12.31 足軽大名 新興京都 富士兵衛・実は富士川猛夫
1938.02.23 仇討彦山権現 新興京都
毛谷村六助
1938.02.28 血煙三田山 新興京都
旅人坊田の荘八
1938.03.23 忍術江戸荒し 新興京都
霧隠才蔵
1938.05.04 怪猫五十三次 新興京都
御小姓組頭神部三四郎
1938.05.12 恋愛剣法 新興京都 河本道場の門下成瀬藤次郎
1938.05.31 妖魔白滝姫 新興京都
鏡巻九郎
1938.07.07 疾風白頭巾 新興京都
白頭巾こと松平捨七郎
1938.07.08 柳生旅日記 新興京都
柳生又十郎
1938.07.13 金毘羅代参 森の石松 新興京都  … 清水次郎長
1938.08.04 一休さん 新興京都 足利義満
1938.09.08 地雷火組 新興京都 桂小五郎
1938.10.06 赤鞘嵐 新興京都 江戸詰め薩摩二才衆隅田秋作
1938.10.13 宮本武蔵 新興京都 宮本武蔵
1938.12.08 水戸の小天狗 新興京都
水戸家の指南番和田平助
1938.12.25 暴れ剣法 新興東京 是水軒の門弟瀬尾雄作、丹後宮津藩の若殿又一郎
1939.01.07 富士川の血煙 新興京都
鬼吉こと桶屋の吉五郎
1939.02.08 塚原武勇伝 新興京都
塚原土佐守の次男坊小太郎
1939.03.23 出世餅 藤堂高虎 新興京都  … 近江藩堂村の農民与右衛門後の伊勢・津の城主藤堂高虎
1939.04.25 足軽女夫鑑 新興京都
水戸家の足軽稲田重蔵
1939.05.25 後藤又兵衛 乳呑児三千石
新興京都 後藤又兵衛
1939.06.15 お江戸奴侍 新興京都
深見重左衛門
1939.07.25 西郷と益満 新興京都
西郷吉之助
1939.08.10 佐竹競艶録 新興京都
本間源五兵衛
1939.10.06 恩愛うきよ侍 新興京都
舟形数馬
1939.11.15 里見八犬伝 新興京都
犬山道節
1939.11.29 吉良の仁吉 新興京都
吉良の仁吉
1940.01.06 天保江戸桜 新興京都
遠山金四郎
1940.03.14 照る日くもる日 新興京都
勤王派の易者白雲堂
1940.04.18 続阿波狸合戦 新興京都
音無しの祐七
1940.05.08 元禄だんだら染 新興京都
…浪人宅間弥平太、日野中納言家来高畑源右衛門実は赤垣源蔵
1940.08.14 細川血達磨 新興京都.
大川友右衛門、仲間友平
1940.10.31 風雲越後城 新興京都
越後の高田藩の若殿付き家臣関根弥次郎
1940.11.14 元禄深編笠 新興京都
不破数右衛門
1940.12.29 落花の舞 新興京都
紀伊大納言頼宣
1941.01.09 牛若丸 新興京都
武蔵坊弁慶
1941.03.15 孤城の桜 新興京都  … 小田の郎党大館喜三太
1952.10.16 忠治旅日記 逢初道中 東映京都
1952.11.27 飛びっちょ判官 東映京都
1954.05.26 風流あじろ笠 宝塚映画
本多一学
小山田宗徳 おやまだ・むねのり 女性にもてる甘い声で声優として文化放送のドラマ「東京の人」でデビュー。1960年(昭和35)ごろから演技派に転向し、NETの「朝の波紋」TBS「地方記者などテレビドラマに出演している。(県民百科)
俳優活動・テレビドラマ
ある星の男(1958年、日本テレビ)
東芝日曜劇場 あざのある女(1959年)
ヤシカゴールデン劇場 地球は引受けた(1960年、日本テレビ)
お地蔵さんのある街(1960年、TBS)
白い南風(1961年、日本テレビ)
テレビ指定席 長い髪の女(1961年、NHK)
地方記者(1962年、日本テレビ)
続地方記者(1962年、日本テレビ)
波紋(1963年、NHK)
テレビ指定席 テール・ライト(1963年、NHK)
水の炎(1964年、日本テレビ)
グーチョキパー(1964年、フジテレビ)
うそ八万騎(1964年、日本テレビ)
がいな奴(1965年、フジテレビ)
愛しの太陽(1966年、フジテレビ系) – ナレーション
泣いてたまるか(1966年、TBS)
真田幸村(1966年、TBS) – ナレーション
NHK劇場 部屋(1967年、NHK)
戦いすんで日が暮れて(1969年、日本テレビ)
ただいま同居中(1970年、TBS)
銀河ドラマ 朱鷺の墓(1970年、NHK)
大江戸捜査網 第4話 「火を吐く幻の罠」
大忠臣蔵(1971年、NET・三船プロ) – ナレーション
めだかの歌(1971年、TBS)
銀河ドラマ 炎の旅路(1971年、NHK)
太陽にほえろ!(日本テレビ・東宝)
第59話「生命の代償」(1973年) – 井村太一
第247話「家出」(1977年) – 谷ハルオの父
高校教師(1974年、東京12チャンネル・東宝) – 坂本紀子の父・康彦
俺たちの朝(1976年、日本テレビ・東宝)
大都会 PARTII(1977年、日本テレビ・石原プロモーション) – 武井課長
映画
さらばラバウル(1954年、東宝) – 吉田少尉
競輪上人行状記(1963年、日活)
恐怖の時間(1964年、東宝)
育ちざかり(1967年、東宝)
ママいつまでも生きてね(1970年、大映)
ダメおやじ(1973年、松竹)
[編集] 声優活動
ヘンリー・フォンダ作品
バルジ大作戦テレ朝版(DVDに収録)
間違えられた男テレ朝(DVDに収録)
戦争と平和フジ(ヘップバーン:池田昌子、ファーラー:広川太一郎)
荒野の決闘フジ(DVDに収録)
怒りの葡萄
エスピオナージ
テキサスの五人の仲間
史上最大の作戦テレ朝版
十二人の怒れる男テレ朝版
スペンサーの山
ワーロック
胸に輝く星
地獄への道
絞殺魔 テレ朝版
奇襲戦隊 (ミシェル・ピコリ)テレビ朝日放映版
ディズニーランド (ウォルト・ディズニー)
スパイ大作戦 -オープニングナレーション
プリズナーNo.6(1969年、NHK) – パトリック・マクグーハン
魔法使いジニ- – トニー:ラリー・ハグマン
宇宙大作戦
刑事コロンボ・偶像のレクイエム – メル・ファーラー
バビル2世(1973年、NET)
ラジオ
芸術劇場 (NHK-FM)
彼らのあいだの屍(1971年)
不思議な日曜日(1973年)
昔こどもだったあなたに(1973年)
怪人二十面相シリーズ
音楽活動
涙こらえて(コロムビアレコード) – ドラマ「地方記者」主題歌
舞台
サウンド・オブ・ミュージック(1965年)
日と火と碑と人(1969年)
片岡彦三郎 かたおか・ひこさぶろう 本名安藤綾信。昭和30年代に活躍した。
加藤茶 かとう・ちゃ 静岡県生まれ。小学校4年から高校まで福島市で暮らす。コメディアンとして活躍。ドリフターズもの映画に出演。
唐橋允 からはし・みつる 俳優。昭和52年5月30日生まれ。早稲田大学演劇研究会・劇団『Cretan Crete』に所属する舞台専門の俳優だったが、2003年、初のTV出演『仮面ライダー555』で知名度を上げる。演技力の高さには定評。主な出演ドラマ「仮面ライダー555」、映画「仮面ライダー555パラダイス・ロスト」。「新・影の軍団 地雷火」。
出演テレビドラマ
仮面ライダー555 (2003年、テレビ朝日系列) – 海堂直也/スネークオルフェノク 役
Sh15uya (2005年1月 – 3月、テレビ朝日) – オオトモ 役
ドラゴン桜 (2005年7月 – 9月、TBS) – 沢松靖司 役
ママはバレリーナ (2005年、TBS) – 深大寺進之介 役(実質準主役)
2ndハウス (2006年、テレビ東京) – 梨本潤 役
恋する!?キャバ嬢 第10話 (2006年、テレビ東京) – 吉川裕樹 役
京都地検の女3 第7話 (2006年、テレビ朝日) – 藤沢尚哉 役
ライオン丸G (2006年10月 – 12月、テレビ東京) – 真影/影丸 役
麗わしき鬼 (2007年4月 東海テレビ) – 水上雄一 役
ULTRASEVEN X(2007年、TBS系列)-タカオ役
[編集] テレビバラエティ
とことん!石ノ森章太郎(2008年、NHK) 石ノ森章太郎 役
[編集] 映画
仮面ライダー555 パラダイス・ロスト(2003年、東映) 海堂直也 役
新・影の軍団 ?地雷火? 第四章(2003年、加藤文明監督作品) 天雲 役
仮面ライダー剣 MISSING ACE(2004年、東映)  警備員 役
2番目の彼女(2004年、大森美香監督) シナリオライター役
想色?オモイ・ノ・イロ?(2004年、ケイエスエス)
ボン・ボヤージュ!(2004年、及川拓郎監督作品)神山健治 役(主演)
KAZUMA≒AMUZAK(2005年、井出良英監督作品)  上田一馬 役(主演)
ダブルスティール(2006年、関顕嗣監督作品)  吉野俊作・芳賀公彦、二役(主演)
ここにいる(2006年、橋口卓明監督作品)  西本学役
サル フェイズ スリー~最終段階~(2006年、葉山陽一郎監督作品)
キャラウェイ(2007年4月7日公開、日高尚人監督作品)
恋愛メビウス Episode 5Memories(携帯配信) (主演)
愛しあう事しかできない
殺しのはらわた MASTERS OF KILLER(映画美学開講10周年企画第1弾、2007年6月公開、篠崎誠監督作品)
0093 女王陛下の草刈正雄(2007年10月13日公開、篠崎誠監督作品、CINEMA Drive)
菅野 隼人 かんの はやと(1992年3月24日生)(16歳) 血液型 A型。俳優。活動期間 2004年 –
主な作品 テレビドラマ
3年B組金八先生 第8シリーズ
[編集] 映画
釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?(2004年8月21日公開)
TAKI183(2006年1月28日公開)
[編集] テレビドラマ
ドラマW「4TEEN」(2004年7月25日、WOWOW)
Dr.コトー診療所2006(2006年、フジテレビ)
演歌の女王(2007年、日本テレビ)
3年B組金八先生 第8シリーズ(2007年10月11日TBS)廣野智春役
虎牙光揮(こが みつき)1975年1月16日 -会津若松市出身。
出演テレビドラマ
ロング・ラブレター~漂流教室~
ロス:タイム:ライフ(2003年、BS-i)主演:修一 役
ビギナー 第3話 第5話
富豪刑事 ‐伊東隆行 役
富豪刑事デラックス ‐伊東隆行 役
犯人デカ~殺人探偵・松戸 第4話 ‐有沢 役
ミステリー民俗学者 八雲樹 第1話 ‐田久保勝太郎 役
東京ミチカ
エリートヤンキー三郎(2007年、テレビ東京) – 前田直也 役
映画
殺し屋1(2001年)
ピンポン(2002年) – 猫田 役
武勇伝(2003年) – 魯偉雄 役
ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS(2003年) – 秋葉恭介 役
ラストサムライ(2003年 アメリカ映画) – 官軍兵士 役
ムーンライト・ジェリーフィッシュ(2004年) – 王 役
ガチャポン(2004年) – 飯岡亮 役
HERO? 天使に逢えば…(2004年) – アキラ 役
SHINOBI(2005年) – 筑摩小四郎 役
魁!!クロマティ高校THE★MOVIE(2005年) – 林田慎二郎 役
殴者 NAGURIMONO(2005年) – 虎走六 役
NANA(2005年) – ジャクソンホールマスター 役
劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE(2006年) – 大和鉄騎 / 仮面ライダーケタロス 役
ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT(2006年 アメリカ映画) – ヤクザ 役
エコエコアザラク R-page(2007年) – 山内隆 役
天まであがれ!!(2007年) – 飯塚聡 役
哀憑歌~NU-MERI(2008年) – 須賀龍雄 役
うん、何?(2008年) – 稲田誠 役
ICHI(2008年) – 邪光 役
SPARE (2008年 韓国映画) – 佐藤誠一 役
ハブと拳骨(2008年) – 安城銀 役
ハード・リベンジ、MILLY(2008年)
斎藤暁 さいとう・さとる 本名斎藤理。俳優。郡山出身。「なっちゃんの写真館」「春の波濤」などに出演。昭和61年に「FOP」創刊CMにレオタード姿で新体操演技で出演し話題となる。
斎藤清六(さいとう せいろく)本名:斎藤 精陸(読みは同じ)、1948年6月15生まれ。お笑いタレント。東京都北区出身。日本大学法学部卒業。『必殺橋掛人』『代表取締役刑事』『愛しの刑事』『忍者戦隊カクレンジャー』『中学生日記』『トリック3』(2003年、テレビ朝日)出演。
佐藤慶 さとう・けい 俳優。本名は佐藤 慶之助。会津若松出身。昭和3年12月12日生まれ。21年市役所に就職。産業課につとめていたが、会工染織科在学中に演劇部を結成するほどの芝居好きで、市役所時代には会津演劇研究会の主要メンバーでもあった。どうしても演劇の野望を断つ難く、市役所をやめて25年に上京、27年あこがれの俳優座養成所にはいった。同期生に仲代達矢がいる。芸熱心で知られ、その演技はアクが強すぎるといわれるほど。
映画に初めて登場したのは34年の小林正樹監督「人間の条件・第3、4部」だが、これは主演の仲代が佐藤を誘って実現したものといわれ、その仲の良さは定評がある。以降、映画テレビに出演。大島渚監督の「青春残酷物語」に出演、「太陽の墓場」「日本の夜と霧」「白昼の通り魔」「絞首刑」「新宿泥棒日記」「儀式」など大島作品に書かせぬ俳優となった。その個性的なマスクと演技は新藤兼人にも珍重されほかにも小林正樹、新藤兼人両監督作品の出演も多く、「切腹」「日本の青春」「いのちぼうにふろう」「鬼婆」「藪の中の黒猫」「裸の十九歳」などの出演。また独自の道を行く武智鉄二らと意気投合し「白昼の通り魔」「日本の夏・無理心中」に主演、ギラギラするような男の演技をみせた。56年には「白日夢」で愛染恭子と“本番”を演じ、話題となる。ほかに「真田風雲録」「武士道残酷物語」「人間」など、NHKの「太閤記」「三姉妹」「草燃える」「徳川慶喜」はじめ「白い巨塔」「国語元年」「玉と砕けず」「系列」など多くのテレビドラマに個性の強い演技派として出役している。55年、「イートハーボの劇列車」で舞台に復帰。ニヒルな容貌と感情を殺したクールな演技が特長。
40パナマ国際映画祭最優秀男優賞。46キネマ旬報主演男優賞。55年紀伊国屋演劇賞。(県民百科・日本映画俳優事典)
[編集] 主な出演映画
人間の條件 第3部(1959年、松竹)
青春残酷物語(1960年、松竹)
波の塔(1960年、松竹)
切腹(1962年、松竹)
武士道残酷物語(1963年、東映)
新選組血風録 近藤勇(1963年、東映)
人生劇場 新・飛車角(1964年、東映)
白昼の通り魔(1966年、松竹)
座頭市の歌が聞える(1966年、大映)
絞死刑(1968年、ATG)
帰って来たヨッパライ(1968年、松竹)
昭和のいのち(1968年、日活)
新宿泥棒日記(1969年、ATG)
弾痕(1969年、東宝)
日本の悪霊 (1970年、ATG)
裸の十九歳 (1970年)
儀式(1971年、ATG)
夏の妹(1972年、ATG)
必殺仕掛人 梅安蟻地獄(1973年、松竹)
新座頭市物語 笠間の血祭り(1973年、東宝)
山口組外伝 九州進攻作戦(1974年、東映)
東京湾炎上(1975年、東宝)
やくざの墓場 くちなしの花(1976年、東映)
竹山ひとり旅 (1977年)
日本の首領 野望篇(1977年、東映)
日本の首領 完結篇(1978年、東映)
殺人遊戯(1978年、東映)
聖職の碑(1978年、東宝)
原子力戦争 Lost Love(1978年、ATG)
白昼の死角(1979年、東映)
蘇える金狼(1979年、東映)
太陽を盗んだ男(1979年、東宝)
野獣死すべし(1980年、東映)
動乱(1980年、東映)
白日夢(1981年、松竹)
連合艦隊(1981年、東宝)
駅 STATION(1981年、東宝)
十階のモスキート(1983年、ATG)
序の舞(1984年、東映)
ゴジラ(1984年、東宝)
極道の妻たち(1986年、東映)
竜馬を斬った男(1987年、松竹)
西遊記(1988年、松竹)
就職戦線異状なし(1991年、東宝)
課長島耕作(1992年、東宝)
新・極道の妻たち 覚悟しいや(1993年、東映)
きけ、わだつみの声(1995年、東映)
金融腐蝕列島 呪縛(1999年、東映)
完全なる飼育(1999年、東京テアトル)
宣戦布告(2002年、東映)
あずみ(2003年、東宝)
ゲルマニウムの夜(2005年)
テレビドラマのレギュラー / セミレギュラー出演
太閤記(1965年、NHK) – 明智光秀
三姉妹(1967年、NHK) – 毛谷右京
白い巨塔(1967年、NET) – 財前五郎
水戸黄門 第1部(1969年 – 1970年、TBS) – 常陸水戸藩江戸家老・藤井紋太夫(初代)
樅ノ木は残った(1970年、NHK) – 伊達兵部
絵島生島(1971年、TX) – 間部詮房
お荷物小荷物・カムイ編(1971年 – 1972年、ABC) – コシャマイン
飛び出せ!青春(1972年 – 1973年、NTV) – 太陽学園理事長・本倉惣之介
水滸伝(1973年 – 1974年、NTV) – 高?
白い牙(1974年、NTV) – 警視庁捜査第一課課長・草刈武男
華麗なる一族(1974年 – 1975年、MBS) – 美馬中
斬り抜ける(1974年 – 1975年、ABC) – 森嘉兵衛
子連れ狼 第3部(1976年、NTV) – 柳生烈堂
大都会 闘いの日々(1976年、NTV) – 警視庁捜査四課課長・深町行男
大都会 PARTII(1977年、NTV) – 城西署次長・深町行男
横溝正史シリーズ 本陣殺人事件(1977年、MBS) – 一柳賢蔵
森村誠一シリーズ 人間の証明(1978年、MBS) – 那須警部
草燃える(1979年、NHK) – 比企能員
ザ・商社(1980年、NHK)
想い出づくり(1981年、TBS) – 池谷信吾
徳川家康(1983年、NHK) – 武田信玄
山河燃ゆ(1984年、NHK) – 田中隆吉
無邪気な関係(1984年、TBS)
真田太平記(1985年、NHK) – 甲賀徳川方山中忍び頭目・山中大和守俊房
チョッちゃん(1987年、NHK)
おヒマなら来てよね!(1987年、CX)
卒業(1990年、TBS) – 主人公の父親
武田信玄(1988年、NHK) – 阿部勝宝
十九歳(1989年、NHK) – 主人公の父親
都会の森(1990年7月~9月、TBS) – 主人公の父親
信長(1992年、NHK) – 今井宗久
炎立つ(1993年 – 1994年、NHK) – 坂上田村麻呂 / 源頼義
八代将軍吉宗(1995年、NHK) – 新井白石
揺れる想い(1995年、TBS)
長男の嫁2 実家天国(1995年、TBS)
ひまわり(1996年、NHK) – 増井新平
徳川慶喜(1998年、NHK) – 永原帯刀
葵徳川三代(2000年、NHK) – 増田長盛
ほんまもん(2001年 – 2002年、NHK)
風林火山(2007年、NHK) – 清胤
[編集] ゲスト / 単発出演
ザ・ガードマン 第5話「赤い妄執」(1965年、TBS)
徳川おんな絵巻 第25話「仮面の女」・第26話「悪霊の城」(1971年、KTV) – 本多正純
大忠臣蔵 第18話「分裂」・第35話「琴をひく女」(1971年、NET) – 松平紀伊守
天皇の世紀 第9話「急流」(1971年、ABC) – 島津久光
水戸黄門 第3部 第13話「死を賭けた願い -桑名-」(1972年、TBS) – 中村五平太
眠狂四郎 第10話「荒野に女郎花が咲く」(1972年、KTV)
必殺仕掛人 第19話「理想に仕掛けろ」(1973年、ABC) – 清沢正堂
太陽にほえろ! (1973年・1978年、NTV)
第32話「ボスを殺しに来た女」(1973年) – 石田刑事
第297話「ゴリ暴走! 」(1978年) – 服部警部
狼・無頼控 第3話「将軍爆破計画」(1973年、MBS)
おしどり右京捕物車 第7話「忍」(1974年、ABC) – 藤原弥左衛門
座頭市物語 第20話「女親分と狼たち」(1975年、CX) – 松葉屋一家・松五郎
影同心 第2話「罠かけ殺し節」(1975年、MBS) – 相模屋徳三
必殺仕置屋稼業 第19話「一筆啓上業苦が見えた」(1975年、ABC) – 修験者・全覚
明治の群像 海に火輪を 第1話「大久保利通~西南戦争~」(1976年、NHK) – 岩倉具視
新・必殺仕置人 第41話「解散無用」(1977年、ABC) – 仕置人・辰蔵
NHK特集 / 日本の戦後 第8集「審判の日 極東国際軍事裁判」(1977年、NHK) – 田中隆吉
チェックメイト78 第5話「警部と夜の訪問者」(1978年、ABC)
警視-K 第13話「マイ・シュガー・ベイブ」(1980年、NTV) – 大沢
プロハンター 第1話「危険な二人」、第16話「悪い女」(1981年、NTV)
ザ・ハングマン 第25話「さらばブラック怒りの爆死」(1981年、ABC) – 助川剛三
イエスの方舟 イエスと呼ばれた男と19人の女たち(1985年、TBS) – 信者の父・一色
花の生涯 井伊大老と桜田門(1988年、TX) – 徳川斉昭
土曜ドラマスペシャル / あなたが大好き(1988年、TBS) – 主人公(中川安奈)の父親
憲法はまだか(1996年、NHK) – 芦田均
大友宗麟 心の王国を求めて(2004年、NHK) – 立花道雪
犬神家の一族(2004年、CX) – 犬神佐兵衛
NHKスペシャル / 21世紀日本の課題 司法大改革(2005年、NHK) – 松浦雄平
弁護士 高見沢響子(2005年・2006年、TBS) – 弁護士・岩崎幸四郎
第7作「消えたわが子よ!! 月の光とテディベアの謎」(2005年)
第8作「警察官の愛人が変死!! 容疑者は警官の妻!?」(2006年)
NHKスペシャル / 感染爆発?パンデミック・フルー(2008年1月12日)
ナレーター
眠狂四郎円月殺法(1982年、TX)
必殺渡し人(1983年、ABC)
東京裁判(1983年、東宝)
金日成のパレード 東欧の見た“赤い王朝”(1989年、ポーランド映画)
あばれ八州御用旅(1990年 – 1991年、TX)
トヨタ日曜ドキュメンタリー 知られざる世界(NTV)
愛染恭子VS小林ひとみ 発情くらべ(2001年、エクセス・フィルム)
斉藤 弘勝(さいとう ひろかつ、1953年7月17日生まれ)。
出演作品テレビ
暴れん坊将軍IIIシリーズ~Vシリーズ め組の若い衆伊助(1988年~1994年)
やまとなでしこ
銀狼怪奇ファイル
すずらん
宝引の辰捕物帳
ギフト
大惨事
氷点2001
ズッコケ三人組
[編集] 映画
集団左遷
借王シャッキング2
日本一短い母への手紙
ラブ★コン
[編集] Vシネマ
女郎蜘蛛
斉藤 暁(さいとう さとる、1953年10月28日 – )は、福島県郡山市出身の俳優、声優。血液型はO型。趣味はトランペット。特技は殺陣、福島弁。身長165cm、体重77kg。

人物・来歴
上京後、自由劇場に入団。東京壱組を経て、脇役を中心に活躍。1997年には「踊る大捜査線」での秋山副署長役で大ブレイク。さらに「科捜研の女」などでも知られるようになる。
現在では北村総一朗、小野武彦らと「スリーアミーゴス」を名乗って舞台公演も行うこともある。
また本人は健康オタクを自称しており、「カスピ海ヨーグルトなどを色々と試している」と発言している。
主な出演作テレビドラマ
NHK
はね駒(1986年)
ひまわり(1996年)
いらっしゃい (テレビドラマ)(1996年)
毛利元就 (NHK大河ドラマ)(1997年)維光 役
すずらん(1999年) ‐ 小林正嘉 役
ズッコケ三人組(1999年) ‐ 和尚 役
葵 徳川三代(2000年) ‐ 山内一豊 役
四千万歩の男(2001年) ‐ 吉助 役
御宿かわせみ(2002年)
川、いつか海へ 6つの愛の物語(2003年) - 課長 役
楽園のつくり方(2003年) ‐ 教頭 役
ハチロー?母の詩、父の詩?(2005年)
日本テレビ
あぶない刑事(1987年)
NEWジャングル(1988年)- サチオ 役
ハロー!グッバイ(1989年)
刑事貴族(1990年)
はだかの刑事(1993年)
銀狼怪奇ファイル(1996年) ‐ 現場監督 役
レッツゴー!永田町(2001年) ‐ 津野田信吉 役
ごくせん(2002年) ‐ 鷲尾寛治(学年主任) 役
ラーメン発見伝(2004年) ‐ 辻井 役
栞と紙魚子の怪奇事件簿(2008年) ‐ 豆腐屋の主人 役
TBS
時間ですよ たびたび(1988年)
3年B組金八先生(1995年)大畑享大の父 役
真昼の月(1996年)
P.S. 元気です、俊平(1999年)マスター 役
百年の物語(2000年)
ふしぎな話(2000年) ‐ 喜多川義郎 役
白い影(2001年)
ケータイ刑事 銭形愛(2002年) ‐ 昇天斎太郎 役
末っ子長男姉三人(2003年) ‐ 宮本 役
ケータイ刑事 銭形泪(2004年)ベンゴーズ野村 役
コスメの魔法(2004~2005年)大野社長 役
ねじれた絆(2004年) ‐ 高橋院長 役
ウルトラマンネクサス(2004年) ‐ 山田太一郎 役
今夜ひとりのベッドで(2005年)
ケータイ刑事 銭形雷(2006年) ‐ 貝塚館長 役
月曜ミステリー劇場
「西村京太郎トラベルミステリー」(1995年)
「告発弁護士シリーズ」(2001年)
フジテレビ
魔法少女ちゅうかないぱねま!(1989年) ‐ 隣の山田さん 役
世にも奇妙な物語
「帰れない」(1991年)
「三日間だけのエース」(1991年)
「佐藤・求む」(1991年)
不思議サスペンス「見知らぬ家族」(1991年)
不思議少女ナイルなトトメス(1991年) ‐ ナイルの悪魔の長男 役
うたう!大龍宮城(1992年) ‐ 亀山海吉 役
If もしも(1993年)
古畑任三郎(1996年) ‐ コンビニ店員 役
ナースのお仕事(1996年)
木曜の怪談(1997年~)
踊る大捜査線(1997年~) ‐ 秋山副署長 役
恋はあせらず(1998年)
湾岸署婦警物語 初夏の交通安全スペシャル(1998年) ‐ 秋山副署長 役
ソムリエ(1998年) ‐ 渋谷春男 役
救命病棟24時(1999年) ‐ 佐竹 役
悪いこと(1999年)
花村大介(2000年) ‐ 工藤康雄 役
神様のいたずら(2000年) ‐ 大原啓輔 役
クニミツの政(2003年) ‐ 五木田進 役
怪談スペシャル(2005年)
医龍(2006年)‐ 烏丸正輝教授 役
CHANGE(2008年)
金曜プレステージ
「介助犬ムサシ~学校へ行こう!~」(2007年)
テレビ朝日
ベイシティ刑事(1987年) ‐ オカマバーのマスター 役
五星戦隊ダイレンジャー(1993年) ‐ サボテン将軍 役
超力戦隊オーレンジャー(1995年) ‐ 新田一郎 役
風の刑事・東京発!(1996年)
電磁戦隊メガレンジャー(1997年) ‐ 久保田衛吉博士 役
新・科捜研の女(2004年~) ‐ 日野和正 役
ああ探偵事務所(2004年) ‐ 植村社長 役
相棒(2006年) ‐ 堂本達也 役
拝み屋横丁顛末記(2006年) ‐ 松川哲夫 役
菊次郎とさき(2007年)
半落ち(2007年) ‐ 鈴木検察事務官 役
テレビ東京
刑事追う!(1997年)
李香蘭 (テレビドラマ)(2007年) ‐ 山梨稔 役
ビデオ
女子高生コンクリート詰め殺人事件 -壊れたセブンティーンたち ‐ 少年Cの父 役
電磁戦隊メガレンジャーVSカーレンジャー 久保田衛吉博士 役
映画
天国の大罪(1992年) – 福沢 役
ゴジラvsデストロイア(1995年)
踊る大捜査線 THE MOVIE(1998年)
秘密(1998年) – 弁護士 役
ホーホケキョとなりの山田くん(1999年) – 配達人 役
皆月(1999年) – 養鶏業者役
川の流れのように(2000年) – バスの運転手役
踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!(2003年)
スチームボーイ(2004年) – アーチボルド・サイモン役
容疑者 室井慎次(2005年)
I am 日本人(2006年) – 元さん 役
ブレイブストーリー(2006年)
天然コケッコー(2007年) – 篤子の父 役
コドモのコドモ(2008年) – 持田ヨシロウ 役
酒井 敬幸(さかい けいこう、12月25日 – )は、日本の男性声優。81プロデュース所属。福島県出身。アミューズメントメディア総合学院卒業。
出演作品テレビアニメ
ああっ女神さまっ それぞれの翼(男たち)
アイドルマスター XENOGLOSSIA(ネコ、MSA兵)
ウエルベールの物語 ?Sisters of Wellber?(ベックス)
風の少女エミリー(ローダパパ)
風のスティグマ(ヘルハウンド、客)
強殖装甲ガイバー(ダイム)
銀魂(忍者A、隊士、アゴ美)
ゴルゴ13(部下)
彩雲国物語(青巾党の男)
サラリーマン金太郎(樋口)
シゴフミ(刑事)
精霊の守り人(相手役A)
009-1(カメラマン)
全力ウサギ(ソウチョウ)
ZOIDS新世紀O(ベンジャミン)
ゾイドジェネシス(ドット大佐、老人B)
ダグ
タマ&フレンズ 探せ!魔法のプニプニストーン(シノダ)
ティーン・タイタンズ(マンモス、ワイルドビースト)
ドルアーガの塔 ?the Aegis of URUK?(クオックス)
隠の王(田中九五郎)
NARUTO -ナルト-(雷神、ワラジ)
西の善き魔女 Astraea Testament(騎士)
フォスターズ・ホーム(エドゥアルド)
ぷるるんっ!しずくちゃん あはっ☆(パフューム男爵)
ポケットモンスター アドバンスジェネレーション(お兄さん)
魔法食堂チャラポンタン(ナポリタン)
MAR-メルヘヴン-(ルーク、大岩)
モノクローム・ファクター(旗本)
モンキーターン(大山教官)
流星のロックマン(所員)
ロックマンエグゼ(キングマン)
ロックマンエグゼBEAST(番台の男)
ロミオ×ジュリエット(ハーマイオニの父)
劇場版アニメ
いぬかみっ! THE MOVIE 特命霊的捜査官・仮名史郎っ!(変態C)
吹き替え
明日、君がいない(ルーク)
特撮
仮面ライダーシリーズ
仮面ライダーアギト(オウルロード/ウォルクリス・ウルクスの声)
仮面ライダーキバ(カメレオンファンガイアの声)
スーパー戦隊シリーズ
特捜戦隊デカレンジャー(グローザ星人ヘルヘヴンの声)
獣拳戦隊ゲキレンジャー(臨獣クロコダイル拳ニワの声)
佐藤信一(さとうしんいち)1961年12月19日生まれ。主な出演作『特警ウインスペクター』の六角虎五郎役で出演。ドラマ『あぶない刑事』『徒然草・殺しの硯 美女が襲う兼好法師殺人絵図』 『太平記』『秀吉』『信長』『チープ・ラブ』『新宿暴走救急隊』『特救指令ソルブレイン』『特捜エクシードラフト』『電脳警察サイバーコップ』『特捜ロボジャンパーソン』『ブルースワット』『ウルトラマンダイナ』『ウルトラマンガイア』『ブースカ!ブースカ!!』
映画『極道の妻たち 最後の戦い』『新極道の妻たち 覚悟しいや』『新極道の妻たち 惚れたら地獄』『マルタイの女』出演。
佐藤B作 さとう・びーさく 俳優。ボードビリアン。本名佐藤俊夫。昭和24年2月13日、飯坂町出身。早稲田大学商学部中退。劇団自由劇場の研究生を経て48年、笑いを目指した劇団「東京ボードビルショー」を結成。爆笑ミュージカル「宝島」で旗揚げ。以来、ユニークな作家たちとユニークな創作方法で笑いを追求。61年12月、初めて手がけたプロデュース作品「吉ちゃんの黄色いカバン」で第21回紀伊国屋演劇賞を受賞。代表的な出演舞台に「国語元年」がある。
映画は「男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎」「ゴルフ夜明け前」(62年)などに出演。テレビでも大活躍。
沢井杏介 さわい・きょうすけ 本名沢井保男。会津高校から教育大に進んだが、一年で中退。三年間を俳優座研究所で学び、有島一郎主宰の「フールプールプロ」に。昭和34年に日活「その壁を砕け」(中平康監督・小高雄二、芦川いづみ主演)でデビュー。
柴崎光弘 しばざき・みつひろ いわき(石城郡小川町)出身。磐城高校から東大農学部に進学。五月祭の「駒場祭のうた」の作曲懸賞募集に一等当選。アコーデオンを弾き新宿の学生酒場でうたごえ運動を展開。お茶の水女学生岩崎邦枝の小説「逆光線」に柴崎をモデルにした学生楽士が登場したことから、日活の映画化「逆光線」のモデルどおりの役柄で出演した。「逆光線」は「太陽の季節」の女性版といわれ当時話題となった。
松鶴家千とせ しょかくや・ちとせ 本名小谷津英雄。原町市出身。「わかるかなあ、わかんねえだろうなあ」のギャグが全国を席巻。東映「トラック野郎」に出演。
鈴木伝明 すずき・でんめい 明治33年3月1日、東京市下谷区上野桜木町生まれ。両親がいわき出身。明治大学商科(大正13年)卒。大正9年、「路上の霊魂」に東郷是也の名でデビュー。日活京都の「塵境」に主演し、エキゾチックな風貌で話題を集めた。のち「金色夜叉」「青春の歌」などに次々主演。無声時代の大正末期にスポーツマンタイプの二枚目スターとしての地位を築いた。sごうわに入ってからも「近代武者修行」「感激時代」で田中絹代と共演したりしたが、23年に「にっぽんGメン」で片岡千恵蔵と共演した後はほとんど姿をみせていない。戦後、いわきで炭坑経営したが、俳優に復帰。衆議院と参議院に2度ずつ立候補したが、いずれも落選。昭和60年5月13日死去。
鈴木ヤスシ すずき・やすし 歌手。俳優。司会者。タレント。本名鈴木靖明。昭和16年10月9日会津若松市出身。日大経済学部(昭和39)卒。子役を経てロカビリー歌手となり、36年フジテレビにスカウト。「ジャズトーナメント」の司会で売り出し、翌年コロムビア専属に。テレビドラマ「現代っ子」、NHK朝のテレビ小説「すずらん」に出演。映画は「日本脱出」東映「不良番長」シリーズなど多数出演。日本歌手協会常務理事。
「日本脱出」64年 松竹大船。薄汚い日本から脱出してアメリカに行きたい、とあこがれているバンド・ボーイが金庫破りの一味の加わり、警察に追われるうちに殺人をかさねる。東京オリンピックの聖火リレーにまぎれて密出国をはかるが失敗、刑務所で発狂する。
アメリカナイズされた日本と、その日本でのオリンピック騒ぎに向けての風刺という点では注目されたが、風刺映画としても、アクション映画としても不発だった。吉田喜重監督のカラー作品。松竹は一般上映で最後の発狂シーンの一巻をカットした。96分。
中村敦夫 なかむら・あつお 本名遠藤敦雄。昭和 15年生まれ。昭和31年磐城高校入学、のち都立新宿高校卒。東京外語大学卒。俳優。東京生まれ。4歳の時に父の郷里郡山市へ疎開。翌年、米軍機が郡山飛行場を空襲し、防空壕に潜んで戦争の怖さを思い知る。戦争を境に父が読売新聞記者から地方紙の支局長にかわり、小中学校はいわき市で過ごす。
「木枯らし紋次郎」主役で一躍TVスターとなった。のち小説も書き、政治家に転身。
平成6年度ブルーリボン賞で「集団左遷」の演技が認められ、助演男優賞。ニュース・キャスターやリポーターとして活躍。
田野 めぐみ(たの めぐみ、1968年12月28日生まれ)東京俳優生活協同組合所属。旧名:田野恵。『ちびまる子ちゃん』の野口さん役で知られる。
出演作品テレビアニメ
あしたへフリーキック(サンチェス)
おばけのホーリー(鏡のおばけ ミラクルン)
キャプテン翼J(浦辺反次(少年期))
クレヨンしんちゃん(マコト)
SAMURAI 7(オカラ)
ジャングルの王者ターちゃん?(ロザリン)
スーパーフィッシング グランダー武蔵 シリーズ(B・B)
それいけ!アンパンマン(ブタお、おこわちゃん)
ちびまる子ちゃん(野口笑子、城ヶ崎姫子(初代)、小杉の母、中島(二代目))
超者ライディーン(ペンタ)
デジモンアドベンチャー(ドクグモン)
花の魔法使いマリーベル(ボビー)
新世紀GPXサイバーフォーミュラ(ミキ)
マスターモスキートン’99(天之川キララ)
みかん絵日記(奥野道晴、賢三)
三つ目がとおる(オサム)
燃えろ!トップストライカー(ルカ)
ロミオの青い空(バルトロ、パウリーノ)
[編集] Webアニメ
めぐみ(横田拓也(小学生時代)、横田哲也(小学生時代))
CD
ファイアーウーマン纏組(津島京介(幼少時代))
[編集] 吹き替え
ER緊急救命室(オービス)
スノー・クイーン ?雪の女王?(チェン)
[編集] ナレーション
ニュースステーション (テレビ朝日)
なすび タレント。昭和50年8月3日生まれ。福島市蓬莱町出身。福島東高校卒。平成10年1月末から、日本テレビ「進ぬ! 電波少年」でテレビデビュー。懸賞の当選賞品だけで全裸で生活する企画「電波少年的懸賞生活」が放送され、高視聴率を稼いだ。この体験を著書「懸賞日記」に発表。30万部のベストセラーとなる。平成11年10月、ドラマ「OUT」で刑事役を演じ俳優デビュー。テレビのレポーターや舞台で活躍する。
新妻四郎 にいつま・しろう 明治31年8月生まれ。別名新妻英助。俳優。いわき久之浜町出身。昭和10年代に松竹映画所属。
西田敏行 にしだ・としゆき 俳優。郡山出身。昭和22年11月4日生まれ。明治大学農学部中退の変わり種。日本演技アカデミーを経て友人と「劇団シアター67」を結成するが、1年で解散。43年、劇団青年座俳優養成所に入り、45年卒業後、入団。同年、矢代静一の「写楽考」で舞台初主演が好評で「明治の棺」「三文オペラ」などに出演。テレビにお呼びがかかり、NHK朝のテレビ小説「北の家族」の大工役でお茶の間の人気をつかむ。その後、NHK大河ドラマ「おんな太閤記」や「鬼が来た・棟方志功伝」で棟方志功を、「西遊記」で孫悟空を、「池中玄太80キロ」で主人公のカメラマンを演じ、「ふりむくな鶴吉」「新・坊ちゃん」やTBSの刑事ものなど、特異なマスク、傑出した演技力で人気のある売れっ子スターとなる。平成6年より森繁久弥を継いでブロー道営ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の主役テヴィエを演じる。11年青年座45周年記念公演「リセット」で初演出。15年青年座を引退。フリーとなる。18年、連続テレビドラマTBS「特命!刑事どん亀」(2006)に主演。ほかの出演に「北斎漫画」「植村直己物語」「敦厚」「釣りバカ日誌」「学校」「学校2」「虹をつかむ男」「陽はまた昇る」「ゲロッパ!」、舞台「からゆきさん」NHK大河ドラマ「武田信玄」「翔ぶが如く」「八代将軍吉宗」「葵 徳川三代」や「いつも心に太陽を」「白い巨塔」「浅草福丸旅館」朝のテレビ小説「瞳」などに出演。極地俳優と呼ばれ、地球上のあらゆる秘境を探検レポートしたが、2003年、心筋梗塞で入院。2004年「ジージ 孫といた夏」で初の祖父役。
歌手としても56年「もしもピアノが弾けたなら」が大ヒット。日本レコード大賞金賞。平成2年、紅白歌合戦司会。13年、関西の人気テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」の“局長”を務める。
芸術祭賞最優秀賞、紀伊国屋演劇賞、ゴールデンアロー賞、ベストドレッサー賞、松尾芸能賞、日本アカデミー賞主演男優賞、アジア太平洋映画祭助演男優賞、日刊スポーツ映画大賞主演男優賞、橋田賞、報知映画賞主演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞、毎日映画コンクール男優主演賞など受賞多数。
(県民百科・福島県人物人材リスト)
二瓶秀雄 にへい・ひでお 昭和7(1932年9月12日~2001年10月9日)俳優、声優。福島県出身。福島市上名倉の出身。昭和27年磐城高校卒。「泣きぬれる太陽」(FTVで連続放送)に出演。声優としても、刑事ハンター、スタートレック、ハスラー2、名探偵ポワロなどに出演。代表作は『超電磁マシーン ボルテスV』(ラ・ゴール=剛健太郎)。
出演作品テレビアニメ
超電磁マシーン ボルテスV(ラ・ゴール=剛健太郎)
吹き替え
ER緊急救命室(第2シーズン#43ランドール、#54パーシー)
ザ・タイタニック 運命の航海(船主イスメイ)
南北戦争物語 愛と自由への大地(アンダーソン少佐)
実写
仮面ライダー 8人ライダーVS銀河王(羅門博士)
君の名は (1966年版)
緊急指令10-4・10-10(須川浩作)
竜馬がゆく(岸辺兵輔)
二瓶鮫一 にへい・こういち 昭和12年2月21日生まれ。早稲田大学卒。主な出演ドラマ「金田一少年の事件簿」(日テレ)、「ぽっかぽか2」(TBS)、「いつかまた逢える」(フジ)、「ゴジラVSデストロイア」(東宝)、ほか舞台で活躍。
二瓶 鮫一(にへい こういち、1937年2月21日‐)は、日本の俳優。福島県出身。身長170cm、体重77kg。血液型はB型。コスモプロジェクト所属
おもな出演 テレビドラマ
NHK
かりん(1993~1994年) - 花山信吉 役
御宿かわせみ(2004年) - 大口屋清兵衛 役
功名が辻(2006年) - 浅野又右衛門 役
日本テレビ
金田一少年の事件簿 (テレビドラマ)(1995年) - 久米裕一郎校長 役
透明人間(1996年) - 野口運転手 役
レッツゴー!永田町(2001年) - 稲山の支持者 役
ライオン先生(2003年)
ぼくの魔法使い(2003年) - スドウ 役
TBS
水戸黄門
ハンドク!!!(2001年)
真夜中の雨(2002年)
ホットマン(2003年) - 谷山所長 役
さとうきび畑の唄(2003年) - 教頭先生 役
特命!刑事どん亀(2006年) - ホームレス・潤さん 役
フジテレビ
大奥(2005年) - 清閑寺大納言 役
離婚弁護士
FIRE BOYS ?め組の大吾?
僕と彼女と彼女の生きる道
あなたの隣に誰かいる
ダイヤモンドガール
演技者。「黒いハンカチーフ」海老沢修二 役
スチュワーデス刑事(1997~2006年) - 近藤達夫 役
JJママ! - 新聞社・森田部長 役
世にも奇妙な物語 「覆面」
世にも奇妙な物語~SMAPの特別編~ 「13番目の客」 - 久保孝 役
約束の夏 - 井原大作 役
ANB
土曜ワイド劇場 「終着駅の牛尾刑事VS事件記者 冴子」
土曜ワイド劇場 「キソウの女 帆村純2 - 美濃部係長 役
新・京都迷宮案内
相棒 (第3話)
トリック
はぐれ刑事純情派 (第273話)、城所省三 役
ツーハンマン - 相沢宗男 役
TX
超光戦士シャンゼリオン 第1話「ヒーロー!! 俺?」(1996年) -鬼頭 役
女と愛とミステリー 「黄金の犬」
女と愛とミステリー 「海の沈黙」
女と愛とミステリー 「四つの終止符」
映画
日本の夜と霧 - 小野 役
貝殻~コキーユ~ - 恩師・五十嵐文昭 役
ゴジラvsデストロイア - 中村 役
ゲンセン館主人
12人の優しい日本人 - 陪審員・4号 役
波の数だけ抱きしめて
英二ふたたび
Vシネマ
修羅のみち9、10 - 温泉組合理事長・中野信行 役
極道甲子園 - 法務大臣 役
全国制覇テキ屋魂 - 舟亀 役
真・恐怖体験2 - 雄三 役
ゴト師株式会社ルーキーズ 丸の内輝一 役
報復 (Vシネマ)2 - 鴨井 役
ゆかりちゃん - 刑事課長・峰沢 役
勝手にしやがれ!! (Vシネマ)中小企業社長・本間 役
新宿欲望探偵
ダボ (Vシネマ) タフ
野村将年 のむら・まさとし 昭和45年12月10日生まれ。慶應義塾大学卒。主なテレビ出演は「このまちだいすき」「家政婦は見た」、映画「きみを感じる時」など。
塙平十郎 はなわ・へいじゅうろう 昭和3年磐城中学(第28回)卒。新興キネマ・日活の俳優。
松風雅也 まつかぜ・まさや 昭和51年9月9日生まれ。平成8年から「湘南純情組」「復讐の荒野」など数々のVシネマに出演。9年「電磁戦隊メガレンジャー」のメガブルー(並木瞬)役で本格的にテレビデビュー。11年よりテレビ「おはスタ」にレギュラー出演。アニメの声優としても活躍。映画出演は「タイム・リープ」「守ってあげたい」「ゴジラ×メガギラス」。テレビ出演「シナモン」「デュエル・マスターズソウル」、アニメ「KAIKANフレーズ」「DEAR BOYS」「コロッケ」「ロックマン」「地獄少女」など。
松本泰郎 まつもと・やすお 俳優。昭和22年生まれ。相馬郡小高町出身。東映の悪役商会の一員。
緑川政博 みどりかわ・まさひろ 白河出身。NHK朝のテレビ小説「ノンちゃんの夢」の主人公の同僚の青年役を好演。
和田聡宏 わだ・としひろ 昭和52年3月25日生まれ。美容師をしていたが平成12年映画「BULLET BALLET」で俳優デビュー。16年初のテレビドラマ「東京湾景」でヒロインの相手役に抜擢される。ほかの出演「バトルロワイヤルⅡ」「ホテル・ハイビスカス」「Seventh Aniversary」、舞台「宇宙の旅」「HAND 手」などがある。

●子役
原国雄 はら・くにお FTVニュースキャスター。東京出身。父が東映のプロデュサーで、小学5年から5年間、母水仙、少年探偵団、月光仮面等に子役で出演。
藤川美保子 ふじかわ・みほこ 川俣町生まれ。テレビ「荒野の素浪人」で三船敏郎と共演。
増岡優 ますおか・ゆう 原町市出身。84年2月生まれ。NHK大河ドラマ「琉球の風」で琉球王室の王女を演じ沢田研二と寺島しのぶと共演した。

福島の声優

赤土 眞弓(あかど まゆみ、1965年6月28日生、43歳)リアライズ所属。名前の二文字目の「土」は実際には右上に点のついた「土`」が正しい字である。その代用として、赤土’眞弓のように表記されることもある。所属 リアライズ
出演作品テレビアニメ
アイシールド21(岡婦長、雪光の母)
赤ずきんチャチャ(やっこちゃん)
おねがいマイメロディ ?くるくるシャッフル!?(香取恵の母)
ケロケロちゃいむ(みずたま、ヒノタマ)
こどものおもちゃ(ばびっと(代役))
さくらももこ劇場コジコジ(知恵子)
人造昆虫カブトボーグ V×V(おババ)
真・女神転生Dチルドレン ライト&ダーク(老婦人)
Dr.リンにきいてみて!(品川の母)
発明BOYカニパン(カットソー)
満月をさがして(田中さん)
水色時代(代田橋先生)
メダロット魂(ワカバ)
・あずさ欣平 あずさ・きんぺい 本名橋本光雄。昭和6年5月1日うまれ。早稲田中退。演出家。劇団芸協主宰。青二プロダクション所属。映画「市民ケーン」のオーソン・ウエルズの吹き替えを担当。ドラゴンボール(孫吾飯)、キテレツ大百科(平吉)、パパは何でも知っている、に出演。著書に「三歳から六歳までの演劇教育」。
有島 モユ(ありしま もゆ、1977年4月22日生まれ)青二プロダクション所属。青二塾東京18期。白河市関辺出身。旧芸名および本名は有島 もゆ(ありしま もゆ)。自称、「青二のチェ・ジウ」(2005年09月04日『アシタヘストライク』内)。
旧芸名有島もゆ時代に、ゲーム『センチメンタルグラフティ2』の安達妙子役を岡田純子より引き継いだことは有名。
出演作品テレビアニメ
AVENGER(侍従ドール)
アルジェントソーマ(アイ、乗組員)
ヴァンドレッド(ブリッジクルーD)
ヴァンドレッド the second stage(ミスティ・コーンウェル)
つよきす Cool×Sweet(浅田静香)
DEATH NOTE(相沢由美)
花右京メイド隊(鈴木イクヨ)
花右京メイド隊 La Verite(鈴木イクヨ)
雪の女王(ローシー、子ども)
ゆめりあ(モネ)
らぶドル ?Lovely Idol?(北条美奈)
RUN=DIM(麻生かんな)
RAVE(レミ・マルチーズ)
飯塚 昭三(いいづか しょうぞう、1933年5月23日生)シグマ・セブン所属。身長165cm。血液型はO型。星座はふたご座。日本大学藝術学部卒。主な担当キャラクターは『人造人間キカイダー』『キカイダー01』のハカイダー、『機動戦士ガンダム』のリュウ・ホセイ、『北斗の拳』のハート、山のフドウ、『忍たま乱太郎』の稗田八方斎など。アニメでも悪役ボスの声を当てることが多く、『悪役声優の帝王』と称するファンもいる。今敏監督作品の常連。『人造人間キカイダー』のムック本が発売された際、その編集者から「30年間地球と戦い続けた男」という称号を送られた。DOAThe声優塾の主任講師を勤めている他、2007年から専門学校アートカレッジ神戸にて『飯塚ゼミナール』という講義を行っている。
劇場版アニメ
ウルトラマンカンパニー(ギャン親分)
王立宇宙軍?オネアミスの翼(指揮官)
怪物くん 怪物ランドへの招待(イーグルマン)
機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-(アズマ准将)
機動戦士ガンダム(リュウ・ホセイ)
機動戦士ガンダムII 哀・戦士篇(リュウ・ホセイ)
クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者(国会議員)
ストリートファイターII MOVIE(サンダー・ホーク)
千年女優(立花源也)
東京ゴッドファーザーズ(太田)
ドラえもん のび太のワンニャン時空伝(ブルタローパパ)
ドラゴンボール 最強への道(人造人間8号(ハッチャン))
ドラゴンボール 神龍の伝説(パンジの父)
ドラゴンボール 魔神城のねむり姫(執事)
ドラゴンボールZ 超サイヤ人だ孫悟空(カクージャ)
21エモン 宇宙へいらっしゃい!(スカンレー)
武者・騎士・コマンド SDガンダム緊急出撃(宇宙大魔王)
MEMORIES(イワノフ)
ルパン三世 ルパンVS複製人間(フリンチ)
ろくでなしBLUES 1993(前田文尊)
・池津 祥子(いけづ しょうこ、1969年11月4日生)郡山市出身。大人計画所属。
あらゆるドラマの端々に登場して印象的な役柄を演じる。猫背椿とともに宮藤官九郎作品の常連。シリアスな役やミステリアスな役、ヒロイン役をこなせる。
主な出演作品テレビドラマ
NHK
ドリーム?90日で1億円?(2004年)
笑う三人姉妹(2005年)依頼人役
乙女のパンチ(2008年)キャバクラのママ役
TBS
温泉へ行こう!(1999~2004年)浦山桐子 役
池袋ウエストゲートパーク(2000年)ジェシー役
天国に一番近い男(2001年)通訳役
マンハッタンラブストーリー(2003年)赤いトレーナーの女・池津役
ケータイ刑事 銭形泪(2004年)牛沢雅代役
オレンジデイズ(2004年)女医役
四谷くんと大塚くん/天才少年探偵登場の巻(2004年) ‐ 三沢玲子 役
すずがくれた音(2004年)栗城亜弓役
吾輩は主婦である(2006年)やすこ役
3年B組金八先生(2007年)茅ヶ崎佐和子役
日本テレビ
ぼくの魔法使い(2003年)黒木良枝役
おじいさん先生(2007年)山之内みどり役
おせん(2008年)百瀬ハル役
フジテレビ
ハートにS(1995年)
ギフト (テレビドラマ)(1997年)看護士役
きらきらひかる (郷田マモラ)(1998年)
恋愛結婚の法則(1999年)
はるちゃん(2002年)
ウエディングプランナー(2002年)野俣玲子役
演技者。(2003年)山田幹子役
ディビジョン1(2004年)大隈重美役
離婚弁護士(2005年)
危険な関係(2005年)佐倉早苗役
小早川伸木の恋(2006年)
拝啓、父上様(2007年)ことえ役
ママが料理をつくる理由(2007年)
テレビ朝日
プリズンホテル(1999年)
恋愛詐欺師(1999年)
富豪刑事(2005年)吉村志穂役
モップガール(2007年)片岡未樹役
パズル (テレビドラマ)(2008年)天野星子役
[編集] 映画
殴者 NAGURIMONO(2005年)
フラガール(2006年)佐々木初子役
魍魎の匣(2007年)
伝染歌(2007年)長瀬りき(エンマ)役
・大方斐紗子(おおかた・ひさこ)声優。長編アニメ「太陽の王子ホルスの大冒険」で主役ホルスの声を担当。また洋画や海外ドラマのアフレコも手がけている。
・笠木 泉(かさぎ いずみ、1976年1月4日生まれ)エースエージェント所属。宮沢章夫主宰の遊園地再生事業団の公演に多く出演している。声優活動や客演活動も多い。 2007年、劇団、本谷有希子「ファイナルファンタジックスーパーノーフラット」で上半期の読売演劇大賞女優賞の最終選考に選ばれる。
出演映画
「クロイツェル」(2001年)
「サマーリミックス」(2002年)
「新しい予感」(2002年)
「亀虫」(2003年)
「2話」(2004年)
「catch ball withニコル」(2005年)
「聖歌隊物語」(2005年)
「take me out of the planet 僕は宇宙人」(2005年)
「夜の話」(2006年)
「パビリオン山椒魚」(2006年)
[編集] OVA
フリクリ(サメジマ・マミ美)
[編集] CDドラマ
ピューと吹く!ジャガー(白川高菜)
・貴杉 奈央(きすぎ なお, 1977年3月7日 – )声優。藤原企画所属。血液型はO型。旧名は小島 朋子(こじま ともこ)。PENICILLINのO-JIROがプロデュースして歌手デビューもした。
出演作品
テレビアニメ、がんばれゴエモン(石川ツカサ)
ハーメルンのバイオリン弾き(トロン・ボーン) 、HAUNTEDじゃんくしょん(みち子)
ドラマCD
浦安鉄筋家族
エルフィン・パラダイス(飯田橋わたる)
聖戦記エルナサーガ外伝(ロスカ)
HAUNTEDじゃんくしょん(にの君)
実写
テレビ東京系「声・遊倶楽部」(Piパーズ)
・神尾 佑(かみお ゆう、本名:鈴木祐二(すずき ゆうじ)。1970年3月16日 )いわき市出身の俳優である。A&Mコーポレーション所属。血液型O型。身長185センチ。フロムファーストプロダクション所属。以前の芸名は「鈴木ユウジ」、2006年1月頃から「鈴木ゆうじ」と表記を変更。 2007年8月に「神尾佑」と改名。
出演テレビドラマ
北条時宗(NHK大河ドラマ、北条教時役)
利家とまつ(NHK大河ドラマ、佐久間盛政役)
血痕(TBS月曜ミステリー、長谷部和明役)
危険な関係(フジテレビ、若槻政人役:2005年)
ずっと逢いたかった(フジテレビ、金曜エンタテイメント特別企画:2005年9月30日))
ハルとナツ 届かなかった手紙(NHK、第5話高倉建夫役:2005年10月6日)
着信アリ(ANB金曜ナイトドラマ、第6話 医師役)
新・細うで繁盛記(フジテレビ、金曜エンタテイメント、中西 数馬役:2006年1月20日)
次郎長 背負い富士(NHK木曜時代劇、第9・10話 関東綱五郎役:2006年8月)
人生はフルコース(NHK土曜ドラマ、海軍中将役:2006年7月1日)
SP 警視庁警備部警護課第四係(フジテレビ:2007年)
陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~ (NHK木曜時代劇 第5話 弓場播磨守雪岳役:2007年8月30日)
オトコマエ! (NHK土曜時代劇 第11-12話 同心・影山役:2008年7月12日、19日)
乙女のパンチ (NHK 第5話 カメラマン役:2008年7月17日)
[編集] 舞台
つかこへい劇団7年在籍中代表作
「銀ちゃんが逝く」監督役
「熱海殺人事件~ザ・ロンゲスト・スプリング」主演
「HAKANA」PARCO劇場
「つかこうへいダブルス・幕末純情伝」桂小五郎(杉田成道演出)
「ロミオとジュリエット」パリス役
「夜叉ヶ池」 (三池崇史演出)
出演舞台他多数
[編集] 映画
バルトの楽園 畑中少尉役 (2006公開)
KURO-OBI
黒帯 長英役(主役) 長崎俊一監督 佐倉寛二郎プロデュース
少林少女(2008年公開予定)四天王役 本広克行監督
クライマーズ・ハイ(2008年公開予定)
声優
NHK BS 海外ドラマザ・ホワイトハウス、チャーリー役レギュラー
海外ドラマ「サブリナ」ジェームス役
海外ドラマ「FBI3」失踪者を追え ジェラルド役
小野綾子(おの あやこ(2月20日生まれ)声優。かつては青二プロダクションに所属していた。
出演作品テレビアニメ
蒼き伝説シュート!(女生徒)
キテレツ大百科(エアロビ教室の生徒、レポーター、女の人)
空想科学世界ガリバーボーイ(レジスタンス女、泣き女、ガイド)
ご近所物語(S女の学生、女の子、女友達 他)
SLAM DUNK(女生徒)
ツヨシしっかりしなさい(女子大生、女性)
ネオ・ハイパー・キッズ(女)
美少女戦士セーラームーンS(ダイモーン)
美少女戦士セーラームーンSuperS(助手、亜希)
ママレード・ボーイ(サキ、後輩)
[編集] OVA
カメレオン4(看護婦)
3×3 EYES -聖魔伝説-
湘南爆走族10 FROM SAMANTHA(スナックの女)
代紋TAKE2(女子大生)
ようちえん隊げんきっず(きんた)
[編集] 劇場アニメ
ウルトラマンカンパニー(美女)
スラムダンク 湘北最大の危機! 燃えろ桜木花道(女生徒)
美少女戦士セーラームーンSuperS(ボンボンベビーズ)
佐々木るん ささき・るん(本名門馬由美子)も声優として活躍。法政大学文学部英文科卒。俳協の俳優養成所に入り、「ユートピア」「カンガルー」で舞台を踏み、映画「普通の人々」「ラブポート」やアニメ「少公女セーラ」。(フジ)、「昭和アホー草子」「白バイ野郎」「マクロス」、「YAWARA!」(日テレ)などに声優・出演した。
・堀越真弓 ほりこし・まゆみ 本名伊達真弓。6月9日うまれ。TVアニメ「少年アシべ」(母ちゃん)「フルハウス」など出演。ぷろだくしょんバオバブ所属。
・深雪さなえ みゆき・さなえ 4月2日うまれ。、81プロデュース所属。超時空マクロス(シャミー)、らんぽう(あけみ)、オバケのQ太郎(よし子)出演。
・吉田はるみ よしだ・はるみ 本名濱田はるみ。3月27日うまれ。劇団青年座所属。ザ・シ-クレットサービス、メジャーリーグ、名探偵ダウリング出演。
・笹岡繁蔵 ささおか・しげぞう 本名笹岡定雄。1948年5月5日うまれ。九プロダクション所属。はいからさんが通る、伝説巨神イデオン(フォルモッサ博士)、ゴッドマジンガー・出演。
・保志総一郎 ほし・そういちろう 1967年5月30日うまれ。アツビジョン所属。電脳天使、ワールドプロレスリング、卒業写真(渡辺哲哉)出演。
・堀越 真己(ほりこし まみ、1960年6月9日生まれ)大沢事務所所属。
出演作品テレビアニメ
赤ちゃんと僕(藤井の母 他)
あたしンち(TVの母、トシオの母)
ヴァイスクロイツ(マンクス、百恵さん)
乙女はお姉さまに恋してる(学院長)
学校の怪談(レオの母)
カウボーイビバップ(クララ)
金田一少年の事件簿(井上正子、おばちゃん)
彩雲国物語(縹英姫)
サラダ十勇士トマトマン(ホレタス)
しましまとらのしまじろう(とりっぴいのママ)
少年アシベ2(アシベのかあちゃん)
それいけ!アンパンマン(もちおばさん(2代目)、いとまきおばさん(2代目))
探偵学園Q(草加幸代)
チーズスイートホーム(管理人さん)
TEXHNOLYZE(真理)
飛べ!イサミ(芹沢ルリ子、島田ミホ、月影園枝、ラブリン)
半分の月がのぼる空(里香の母)
ヒートガイジェイ(ヨウコ・ミルシャン)
秘密 ?The Revelation?(嶋沢サキ)
ブラック・ジャック(患者の母)
BLUE DROP ?天使達の戯曲?(みち子の母)
ブラック・ジャック21(看護師)
へろへろくん(へろへろママ)
ぼくらの(宮本)
まじめにふまじめ かいけつゾロリ(町長夫人)
魔法陣グルグル(フルサ妃)
名探偵コナン(母親、主婦C、大家、主婦、庵野光子、武田陽子、保田頼子、伊坂)
モノクローム・ファクター(梅木好子)
MONSTER(ムィン)
雪の女王(エマ)
レ・ミゼラブル 少女コゼット(おかみ)
[編集] 劇場版アニメ
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード(洋品店のおばさん)
・山口健 やまぐち・けん 本名山口清成。1956年3月24日生まれ。フリー。はいからさんが通る、レインボーマン(豪太)、戦闘士聖矢(暗黒ドラゴン)、タランチュラのアラクネ、北斗の剣2(アイン)出演。
福島の監督

・石井正人 いしい・まさと
福島市出身。横浜市在住。福島高校在学中に映画研究部に所属。神奈川県の多摩芸術学園映画学科に進み、現在はフリーの映画製作。25歳で平成6年ぴあフィルムフェステイバル(PFF)(自主製作=インデペンデント=映画祭)で自作「こわれもの」がグランプリに次ぐ優秀賞を受賞。同作品は平成4年に霊山町の廃校で撮影した。平成5年に福島市、川俣町などで、10年に福島テルサで上映会を開いている。
・内出好古 うちで・こうきち 1911年3月26日宮城県加美軍小野田村生まれ。昭和26年、松竹と契約。のち東映に。一貫して時代劇を撮った。代表作はデビュー作の「薩摩飛脚」。福島市在住。
・小汲明 おぐみ・あきら 映画美術監督。大正11年11月15日生まれ。昭和22年新東宝に入社。31年契約。39年国際放映と契約。主な作品は映画「波止場の王者」「怪談鐘ヶ淵」「地平線がぎらぎらッ」(新東宝)、テレビ「鬼平犯科帳」「太陽に吠えろ」など。
・亀井文夫 かめ・ふみお 明治41年4月。原町市出身。文化学院美術科(昭和3年)卒。昭和32年「生きていてよかった」「砂川」などで平和文化省授賞。昭和3年ソ連に渡りレニングラード映画演劇学校に学び、6年帰国。8年PCL(現東宝)に入社。12年長編記録映画「上海」を製作して作家の反戦姿勢が反響を呼び注目を集める。16年治安維持法で検挙されて退社。戦後東宝に復帰。21年製作の「日本の悲劇」はGHQにより公開禁止となった。23年の東宝争議後フリーとなり、29年ドキュメンタリーフィルム社を主宰。40年頃一度映画を離れ、古美術店を経営。日本の記録映画の先達であり一貫して進歩的社会派の作品を撮り続ける。他の代表作に「北京」「小林一茶」「戦争と平和」「世界は恐怖する」「ヒロシマの声」「人間みな兄弟 部落差別の記録」「基地の人々」「砂川の人々」「生きていてよかった」など。58年からエコロジーをテーマにした記録映画「生物みなトモダチ」の制作に取り組んでいた。日本ドキュメントフィルム代表。昭和62年2月27日敗血症で死去。
・菅家陣彦 かんけ・のぶひこ 映画監督。記録映画作家。大正12年12月13日。南会津只見町出身。青山学院高等商学部(昭和18年)卒。日本映画社入社。昭和19年応召。戦後21年復社。24年辞めてフリーとなり、文化記録映画を製作。「筑紫平野」(28年)が第一作。32年「おふくろのバス旅行」、36年海外取材「ヨーロッパの暮し」「西ドイツの村づくり」、企画脚本担当の39年「ギヤチュンン」、都市再開発問題を先取りした40年の「冷凍魚」、41年の「産業公害」などを撮った。46年日本シネセルに入社。第一作に「月の輪古墳」は、教育映画審議会の選定を文部大臣が拒否し波紋を起こす。妻はかんけまり(記録映画作家)
・佐藤武光 さとう・たけみつ
映画監督。日本映画学校講師。昭和223年8月13日。いわき市出身。日本大学文理学部哲学科(38年)卒。契約助監督として東宝、国際放映など各社の作品につき、昭和53年テレビ映画「大空港」で監督デビュー。松竹、松竹芸能、東映を経て、今村プロに所属。「闇を斬れ」(55年・関西テレビ)「ザ・ハングマン」シリーズ(59~61年)「女一人旅」(61年・朝日放送)などのテレビ映画を監督。
・島田開 しまだ・さとる 監督。1939年5月25日、粕屋郡古賀町生まれ。早稲田大学第一商学部卒業。64年大映京都撮影所に入社し助監督として森一生、三隅研次を主として約40本の作品につき、かたわら演劇グループ京都小劇場に参画して戯曲「幕は降りない」「流澄む論争」を執筆、演出にも当たる。74年からの大映倒産闘争=人形劇団「京芸」のユニット製作による「猫は生きている」が初演出作品。人形の立体感ある動き、ファン足す手一区なイメージづくりに演出の工夫と苦心がうかがわれ、日本における人形劇映画のジャンルに一つの礎石を置いた。
・鈴木康男 すずき・やすお 昭和13年磐城中学卒。京都帝国大学卒。松竹大船撮影所に所属し、映画「海軍」の助監督をつとめたが戦死した。
・高羽哲夫 本文中に紹介。
高羽 哲夫(たかば てつお、1927年 – 1996年10月31日)は、日本のカメラマン。福島県出身。福島県立会津中学校(旧制)卒業。
1948年、松竹に入社。映画カメラマンとして活躍し、特に「男はつらいよ」全48作の撮影に携わったことで知られる。1996年、死去。
主な撮影映画
馬鹿まるだし(1964年)
馬鹿が戦車でやってくる(1964年)
なつかしい風来坊(1966年)
愛の賛歌(1967年)
吹けば飛ぶよな男だが(1968年)
男はつらいよシリーズ全48作(1969年-1995年)
家族(1970年)
故郷(1972年)
同胞(1975年)
幸福の黄色いハンカチ(1977年)
キネマの天地(1986年)
ダウンタウン・ヒーローズ(1987年)
息子(1991年)
・滝内康雄 たきうち・やすお
監督。小名浜出身。
・丹治かおる たんじ・かおる 監督。1950年5月4日、福島県安達郡安達町の生まれ。69年福島県立二本松工業高校を卒業、上京。71年9月、日本工学院電子工学部を卒業、国立劇場に勤務。舞台を映像によって記録する仕事に従事するかたわら、74年、百フィートの実験映画「とりわけ俺にとっての彼女は」(未公開)を作り、75年「陰のいらだち」を製作。大学で上映されて地味な人気をもっている。
・千葉茂樹 ちば・しげき 昭和8年2月12日、福島市清水ヶ丘町出身。福島大学経済学部2年(昭和29)中退。演劇への情熱やみがたく日大芸術学部に転じ31年に映画学科を卒業した。卒業後は新藤兼人の助手となり、新人シナリオ・コンクールに応募。昭和33年に福島県から東京への集団就職していった中学生が若い先生夫妻になぐさめられ、励まされる物語「一粒の麦」(吉村公三郎監督)で脚本が採用されて映画界にデビュー。聖書ヨハネ伝から題材をとった力作。
大映東京撮影所で助監督を修行。のち近代映画協会に参加。40年同会製作のドキュメント「愛の養子たち」で監督デビュー。以降、近代映画協会や東京シネマビデオなどで記録映画を多く演出。マザー・テレサの生き方に魅了されて、その姿を描いたドキュメンタリー作品「マザー・テレサとその世界」(54年)は、昭和55年の第二回赤十字映画祭(日本赤十字社主催)の短編部門最優秀賞の受賞作品となった。同作品はキネマ旬報文化映画作品賞を始め数々の賞を受賞。また、マザー・テレサ功労者会世話人代表もつとめ「マザー・テレサとその世界」「マザー・テレサこんにちは」などの著作がある。他の作品に「アウシュビッツ愛の奇跡 コルべ神父の生涯」「明日の看護をめざして」「リアムのすむ村・ぼくらの隣人たち」などがある。「アンデスの嶺のもとに」(57年)は毎日映画コンクール文化映画賞。
「マザー・テレサとその世界」監督/千葉茂樹 企画・制作/女子パウロ会
内容/「死を待つ人のホーム」などをとおし、最も貧しい人々のために献身的に働くマザー・テレサとシスターたちの活動をまとめたドキュメンタリー。
「アウシュビッツ愛の奇蹟」
監督/千葉茂樹 企画・制作/女子パウロ会
内容/第2次世界大戦中、反戦的な記事を書いたという理由でゲシュタポに逮捕され、アウシュビッツの収容所の中で、1人の囚人の身代わりとなって餓死刑に処せられたコルベ神父。彼の生き方を、彼の身代わりの死によって生き延びることができた元囚人の証言をもとに綴るドキュメンタリー。
「愛の鉄道」脚本・監督/千葉茂樹
企画・制作/映画「愛の鉄道」制作委員会、市民グループ地球家族の会
内容/泰緬鉄道建設で多くの命を失ったオーストラリアでは、日本への憎悪が根深かった。その反日感情の嵐の中で「愛の鉄道」をオーストラリアから日本へ敷こうとした人がいる。捕虜の一人、従軍司祭ライオネル・マースデンである。そして、彼の考えに賛同した若者たちが日本へ向かい、さまざまな援助・救済活動に携わったのである。映画は、愛と勇気に満ちたこれらの人々を描いたドキュメンタリー。1999年、第29回毎日福祉顕彰を受賞。
・円谷英二 つぶらや・えいじ 本名英一。須賀川市出身。特撮の神様。1901年7月5日、岩瀬郡須賀川町に生まれる。16年に須賀川第一尋常高等小学校高等科を卒業後、上京して月島鉄工所に入社するが、半年で退社。日本飛行学校、神田電機学校に学び、19年に日本天然色活動写真株式会社(天活)に入社、枝正義郎に師事して撮影術を習得する。21年、会津若松歩兵弟65連隊に通信隊員として入隊するが、23年に除隊すると再び京都に戻り、小笠原プロに所属し、「延命院の傀儡男」(未封切り)を一本立ちのカメラマンとして担当。25年には衣笠貞之助監督の「狂った一頁」の撮影助手につき、27年衣笠映画連盟に入り松竹下加茂撮影所との提携作品、林長二郎のデビュー作「稚児の剣法」のカメラを担当して以来、(長谷川一夫)映画の撮影に専念。その中で、日本で初めてクレーン撮影を実行したり、一人二役特撮を創案したりといった、ユニークな作業を開始した。32年には日活太秦撮影所に入社するが、撮影技法に関して首脳陣と対立し、翌年退社。太秦発声を経て、35年にJ・Oスタジオ入社、36年「小唄礫鳥追お市」を初監督。同年、アーノルド・ファンク、伊丹万作共同監督による日独合作映画「新しき土」の特殊技術部分を担当し、日本初の本格的スクリーン・プロセスを完成した。37年には東宝に入社し、特殊技術課を創設した。このころより、少年時代に徳川大尉の初飛行や来日したアート・スミスの曲芸飛行を見ておぼえた”空へのあこがれ”をスクリーンに求めはじめ、「海軍爆撃隊」「燃ゆる大空」「ハワイ・マレー沖海戦」「決戦の大空へ」「加藤隼戦闘隊」「雷撃隊出動」などの航空戦記映画の特殊技術を担当、劇映画「燃ゆる大空」(40)では日本カメラマン協会賞を、日本映画空前の特撮スペクタクル「ハワイ・マレー沖海戦」では技術研究賞を、それぞれ受賞。特撮の魅力を映画界に大いに認識させた。43年にうは陸軍の依頼で熊谷飛行学校に技師として派遣され、教育用映画「飛行機はなぜ飛ぶか」「グライダー」などを監督。敗戦後、大映映画「虹男」「透明人間現わる」(48)などの特撮を手がけるが、翌50年には東宝に復帰し、やがて戦後初の本格的特撮もの「太平洋の鷲」53を担当。この作品の成功で、54年には日本初の怪獣ものSF映画「ゴジラ」を制作し、大ヒット。あわせて日本映画技術賞を受賞した。56年にはさらに、ファンタジー「白夫人の妖恋」および怪獣ものSF「空の大怪獣ラドン」でカラー撮影に挑戦し、再び日本映画技術賞を受賞。翌57年には今度は侵略ものSF「宇宙防衛軍」でワイド・津クリーン特撮に挑戦し、これまた技術賞を受賞。以後は主として怪獣ものSFの特技監督として活躍、日本の特撮技術を世界的に報せた。64年には円谷特技プロを発足させ、「ウルトラQ」「ウルトラマン」などの特撮テレビ映画の製作放送を開始し、」怪獣ブームをまきおこしたが、70年1月25日、気管支喘息にともなう狭心症の発作によって死去した。遺業は息子の一と皐に引き継がれたが、一も73年に死亡、TBSテレビ出身の皐が円谷プロ社長として健闘している。(キネマ旬報・日本映画監督全集)
・円谷一 つぶらや・はじめ 1931年4月23日、円谷英二の長男として京都下鴨に生まれる。54年学習院大学理学部物理科を卒業後、東宝撮影所特技課に入り、父英二の作品「ゴジラ」「ゴジラの逆襲」等々に協力。55年、東京放送(TBS)編成局演出部に入社。「おトラさん」「純愛」などのテレビ・シリーズを担当。63年にはテレビ・ドラマ「煙の王様」を演出し芸術祭文部大臣賞を受賞した。その後、映画部に移り、スペインとの合作「カルテロ・カルロス日本へ飛ぶ」。フランスとの合作「スパイ」などを演出。66年には父英二の円谷プロダクションと共同で特撮SFものテレビ・シリーズ「ウルトラQ」を発表。さらにこれを「ウルトラマン」「ウルトラセブン」と発展させ、いわゆる怪獣ブームを生み出した。69年末にTBSを退社。円谷プロダクションの代表取締役として活躍したが、73年2月9日、父の後を追うようにして、脳出血で他界した。著書に「8ミリカメラ特撮のタネ本」(芸術生活社、70年)がある。
・出崎哲 でさき・あきら
相馬市出身。相馬双葉四大干拓地の一つ、新沼浦干拓の功労者出崎猪之助の孫に当たり、中村第一小に二年まで在学した。「うる星やつら」「巨人の星」「新・お化けのQ太郎」などの人気アニメを手がけていたが、社会的テーマの作品では「琉子」が初めて。原作の「りゅう子の白い旗」を呼んで感動。「沖縄戦そのものをもっと語り伝えてゆく必要があると感じた」と製作動機を語る。
昭和63年6月20日夜、東北では初めて郷里相馬市労働福祉会館で「琉子」試写会上映。上映実行委員会が結成された。本上映は8月10日相馬市民会館で。
さらに出崎は満蒙開拓少年義勇軍の悲劇を描いたアニメーション映画「蒼い記憶」を撮影。
・東条昭平 とうじょう・しょうへい 監督。昭和14年12月5日、喜多方出身。日本大学芸術学部映画科学(昭和39年)卒。テアトルプロを経て、昭和40年円谷プロダクションへ移る。助監督としてTBS「ウルトラQ」などの特撮名作ドラマに参加。43年フジ「戦えマイテイジャック」で監督デビュー。「帰ってきたウルトラマン」「光戦隊マスクマン」などのTVアクションものを中心に活躍。劇場映画は「ジャンボーグA」「エリマキトカゲ一人旅」(60)などがある。
・西村とおる にしむら・とおる いわき市出身。アダルト・ビデオ監督。ダイヤモンド企画社長。
・仁科熊彦 にしな・くまひこ
明治30年、旧会津藩士の家に生まれた。軍人だった父が当時熊本連隊にあり、熊本市新屋敷町が誕生の地。父は門司砲兵工廠長となり、日露戦争に従軍して少佐で退任。故郷の会津若松に移り住み、熊彦少年は県立会津中学に学び、上京して早稲田大学を志したが、学業は予備校だけで放擲。
監督を志し、大正13年に東亜キネマ甲陽撮影所で第一作「ある城主と兄弟」を発表。以来、嵐寛寿郎プロダクション、富国映画、宝塚キネマ、極東キネマ、新興キネマ、大映などで百十数本、チャンバラ映画の職人として制作した。
監督
1924.11.07 或る兄弟と城主 東亜等持院
1925.01.15 国定忠次 東亜等持院  … 助監督
1925.01.15 悲しき仇討 東亜等持院
1925.03.04 闘争の後 東亜甲陽
1925.04.29 白痴の唄 東亜甲陽
1925.07.01 白面鬼 東亜等持院
1925.07.16 罪に立つ女 東亜甲陽
1925.08.12 天国への道 東亜甲陽
1925.09.11 和蘭蛇屋敷 前篇 東亜等持院
1925.09.18 和蘭蛇屋敷 中篇 東亜等持院
1925.09.25 和蘭蛇屋敷 後篇 東亜等持院
1926.01.14 男一匹 東亜等持院
1926.03.11 帰って来た英雄 前篇 東亜等持院
1926.03.18 帰って来た英雄 後篇 東亜等持院
1926.03.26 心中紅小袖 東亜等持院
1926.05.06 荒熊大八 東亜等持院
1926.07.01 悲恋心中ケ丘 前後篇 東亜等持院
1926.07.22 蘭闘秘話 前篇 東亜等持院
1926.07.29 蘭闘秘話 後篇 東亜等持院
1926.09.26 逆風 東亜等持院
1926.11.18 地獄ケ原の殺陣 東亜等持院
1927.03.21 猛者 東亜等持院
1927.04.15 梅の由兵衛 東亜等持院
1927.05.25 倉橋伝助 東亜等持院
1927.06.22 血桜峠 東亜等持院
1927.10.07 仇討 東亜京都
1927.11.25 観音丹次 東亜京都
1927. .  男気 東亜等持院
1927. .  怪魔鬼行 東亜等持院
1928.01.09 恋舞刃 東亜京都
1928.04.01 阪東侠客陣 第一篇 東亜京都
1928.06.14 阪東侠客陣 中篇 東亜京都
1928.09.09 慶安妖飛録 東亜京都
1928.09.15 阪東侠客陣 最終篇 東亜京都
1928.12.15 姐妃のお百 東亜京都
1929.02.01 唐人蝙蝠伝 東亜京都
1929.04.07 笠の権三 東亜京都
1929.07.06 君恋し 東亜京都
1930.01.04 維新鉄仮面 第一篇 東亜京都
1930.03.30 天狗騒動記 東亜京都
1930.05.08 忍術行進曲 東亜京都
1930.05.29 右門捕物帖 六番手柄 東亜京都
1930.07.31 蝙蝠安 東亜京都
1930.08.29 薩摩歌 東亜京都
1930.09.27 なりひら小僧 東亜京都
1930.11.29 右門捕物帖 十番手柄 東亜京都
1930.12.06 明治新年間諜往来 東亜京都
1931.02.04 業平小僧 怒濤篇 東亜京都
1931.02.28 右門捕物帖 十六番手柄 東亜京都
1931.05.13 都一番風流男 寛プロ
1931.06.19 強羅三平 お江戸放浪記 寛プロ
1931.07.31 右門捕物帖 十八番手柄 寛プロ
1931.08.15 清水次郎長 寛プロ
1931.10.01 戸並長八郎 寛プロ=新興
1931.10.29 右門捕物帖 二十番手柄 寛プロ
1931.12.13 柳生十兵衛 寛プロ
1932.01.07 江戸育ち なりひら小僧 寛プロ
1932.02.27 右門捕物帖廿五番手柄 七十七なぞの橙 寛プロ=新興
1932.07.29 女優奈々子の裁判 富国映画
1932.09.15 新戦場 赤沢映画
1932. .  嘆きの女間諜 富国映画
1933.01.05 人類の道 宝塚キネマ
1933.02.01 紅騎二番隊 宝塚キネマ
1933.04.29 侠艶竜虎の渦 宝塚キネマ
1933.08.01 巷説どくろ頭巾 宝塚キネマ
1933.08.19 風流やくざ節 前篇 宝塚キネマ
1933.09.22 風流やくざ節 後篇 宝塚キネマ
1933.11.01 艶姿影法師 陽炎篇 宝塚キネマ
1934.01.04 艶姿影法師 蒼窓篇 宝塚キネマ
1934. .  魔刃紅蜥蝪 興国キネマ
1935.03.20 益満休之助 比叡の巻 極東映画
1935.05.30 荒木又右衛門 極東甲陽
1935.07.05 木曾しぐれ三度笠 極東映画
1935.07.12 月形半平太 極東映画
1935.08.15 関口武勇伝 極東映画
1935.10.15 伊達誠忠録 極東映画
1935.11.15 忍術真田十勇士 極東映画
1936.03.15 梅桜肥後の駒下駄 極東映画
1936.07.15 右門捕物帖 娘傀儡師 寛プロ
1936.10.01 御存知鞍馬天狗 宗十郎頭巾 寛プロ
1936.10.31 開化悲聞 男の道 寛プロ
1936.12.31 右門捕物帖 雪夜の謎 寛プロ
1936. .  日本晴甲州街道 全勝
1937.01.14 国訛道中笠 寛プロ
1937.03.18 べらんめえ十万石 寛プロ
1937.04.22 旅の風来坊 寛プロ
1937.07.29 御存知鞍馬天狗 千両小判 寛プロ
1937.10.01 盗人厩 新興京都
1937.12.24 人情百万両 新興京都
1938.01.07 柳生二蓋流 新興京都
1938.06.08 歌吉行燈 新興京都
1938.08.04 一休さん 新興京都
1938.09.01 怪談濡衣草紙 新興京都
1938.11.17 烈女競艶録 新興京都
1938. .  肥後の駒下駄 新興京都
1939.01.14 伊達大評定 新興京都
1939.03.15 忠孝小笠原狐 新興京都
1939.05.22 三十三間堂の由来 お柳怨霊 新興京都
1939.07.25 西郷と益満 新興京都
1939.08.31 逆巻く潮 新興京都
1940.03.14 照る日くもる日 新興京都
1940.06.06 からくり蝶 新興京都
1940.09.15 大岡政談 通り魔 新興京都
1941.01.04 花嫁穏密 新興京都
1941.04.24 平家西へ行く 新興京都
1941.07.15 阿修羅姫 新興京都
1941.10.30 伊賀越東軍流 新興京都
1942.02.15 不知火乙女 新興京都
1942.09.24 江戸の朝霧 大映第二
1943.12.22 海峡の風雲児 大映京都
1947.10.07 逃亡者 大映京都
・浜崎広太郎 はまざき・こうたろう 磐城中学卒。立教大学卒。松竹映画下加茂撮影所で水口健二の助監督。戦後、いわきで常磐芸術新聞を発行。
・廣木隆一 ひろき・りゅういち 監督。郡山市出身。須賀川高校卒業後、上京。アテネ・フランセの映画講座で寺山修司に出会ったことから、映画の道を志した。25歳でピンク映画の助監督となり3年後に監督デビュー。「ぼくらの時代」「ぼくらの季節」などシティー派ピンクと呼ばれるシリーズを作った。平成5年「魔王街サディステック・シティー」がゆうばり国際映画祭のビデオ部門グランプリ受賞。平成6年に「夢魔」「800TWO LAP RUNNERS」(ヘラルド・エース配給)が劇場公開。さらに書き下ろし脚本がサンダンス・スカラーシップを受賞。同年6月にユタ州の映画キャンプに招待された。
・細川省吾 ほそかわ・せいご 映画プロヂューサー。会津若松市出身。平成8年、65歳で没。伊丹十三監督のデビュー作「お葬式」から「静かな生活」まで伊丹作品8本を制作した。
・益田晴夫 ますだ・はるお 監督。妻の郷里が大沼郡本郷町のため、福島県出身と五人されるが福岡県門司市出身。昭和初期に新興キネマ、日活で活躍。代表作に「妻恋道中」がある。1949年3月、CIEの勧めで観光映画「伸びゆく福島」を監督し、知事賞を受賞。以後、只見川を研究すること数年、東北電力の嘱託となり、月に六千円もらっていた。益田の著書「会津こぼれ草」は推薦図書となり、その続編を調査執筆中に「杉仙人」こと須田良輔の存在を知り、「朝日新聞」を通して全国的に紹介するいとぐちを作った。その功により益田は杉仙人とともに1955年4月6日「全国緑の週間」に仙台で天皇皇后両陛下に拝謁を許される無上の栄光に浴した(日本映画監督全集)1956年2月28日、心臓マヒのため自宅で死去。
・三星敏雄 みつぼし・としお 1908年9月28日、会津若松市生まれ。会津中学を卒業後、1928年夏、京都に行き、東亜等持院撮影所の助監督を希望したが拒絶され、やむなく帰郷すると、たまたま助監督ストのため欠員を生じた東亜からスグキタレの電報が届き、念願の入社が実現した。永井健、福西譲治の助監督となり、その真、福田敏夫の筆名で「結婚学講座」「裏町の一夜」「春は微笑む」「酋長の娘」「虹塵」「楽園に亡く女」「輝く殿堂」などの脚本を執筆。31年、三星吐詩夫の名で監督に昇進し、東亜キネマが東活と変わった後も引き続いて監督して留まり、中野かほる入社第一作「丸の内お洒落模様」などの作品を発表した。東活の瓦解後、竹井諒の紹介で34年新興キネマ京都へ入る。第一歩からやり直すつもりで内田吐夢、藤田潤一、寿々喜多呂九平、西鉄平の助監督をつとめ、野淵・入社後はこれに師事して時代劇の研鑽につとめた。39 年監督となり、「北辰一刀流」など6作品を製作したが、大映創立後は脚本部に転じた。 45年4月に胸部疾患のため大映を退社。
・森喜弘 もり・よしひろ 監督。
・山際永三 やまぎわ・えいぞう 映画監督。昭和7年7月22日。東京生まれ。若松出身とされる。慶応大学文学部仏文科卒。(昭和30)新東宝に入社。助監督として内田吐夢「たそがれ酒場」ほか、石井輝男、三輪彰らに師事。36年藤木孝主演「狂熱の果て」で監督デビューしたが新東宝が倒産。国際放映を経て40年契約監督、44年フリー。以後「チャコちゃん」「帰ってきたウルトラマン」「日本沈没」「俺はあばれはっちゃく」などのテレビ作品を手がける。著書に「現場の映像入門」、日本映画監督協会理事。
・吉井憲一 よしい・けんいち 映画監督。昭和21年11月12日湖南町出身。日本大学芸術学部文学科中退。昭和40年CMプロダクションに入社。47年フリー助監督となり10年。さらにプロヂューサーとなり、中山映画設立に参加。「ブリキの勲章」「やがて春」などシナリオライターとして活躍。平成元年映画「嵐の中のイチゴたち」で監督デビュー。
・渡辺文樹 わたなべ・ふみき 映画監督。昭和27年1月10日いわき市出身。福島大学教育学部卒。平成3年「島国根性」で日本映画監督協会新人奨励賞(31回)を受賞。大学時代の映画研究会を創立。作品には「家庭教師」「ざざんぼ」「バリ・ゾーゴン」などがある。
「ニッポン映画戦後50年」には平成2年の代表的作品として例示され、〔渡辺文樹は前作「家庭教師」(97)に続いて、この「島国根性」(マルパソプロ)でも”私小説”さながら、取り憑かれたように自己の内面を吐露する。ここでもやはり現実と虚構の曖昧な境界を行き交いながら、しかしそれは(「てなもんやコレクション」の)山本政志より実直で、監督とキャストの間の一触即発の危険性さえはらんでいる。一歩間違えば露悪趣味に陥りかねないエゴイズムとナルシズムがないまぜにされた映像には、本人の意識は別として、やはり恥の感覚があるように見える。それを、日本古来の恥の感覚を笑い飛ばしてでも、自分を正当化する、したたかな自己愛と言い換えてもいい。
要は作者の意志である。90年代の日本映画が国際化を目指すのなら、物語の舞台を海外に設定する以前に、むしろ自己の内面を見つめることによって生じる葛藤を、したたかなバイタリテイで映像にぶつけなければならない。それをこの2作品は確実に実証しているようだ。〕と評している。
●美術
・渡辺忠昭 わたなべ・ただあき 福島県出身。東宝美術部特殊効果チーフ。中学時代から円谷英二の特撮にあこがれ、円谷と父が戦友だった縁で34年工業高校工業化学科を卒業後、東宝に入社。美仏部に配属され、以来火薬を担当。36年「太平洋の嵐」や「ゴジラ」シリーズ、「日本沈没」、日米合作「将軍」などで戦艦やビルなどの爆破シーンの特撮を手がけた。
●カメラマン
・阿部博久 あべ・ひろひさ ドキュメンタリー作家。映像同人社長。昭和57年4月19日生まれ。いわき市出身。
・伊東英男 いとう・ひでお 平成9年11月11日没。昭和51年、大島渚監督「愛のコリーダ」や、58年木俣堯喬監督「鍵(THE KEY)」などの話題作のカメラマンをつとめる。
・金山富男 大正10年須賀川町に生まれる。昭和11年、須賀川商業学校卒業後に大都映画巣鴨撮影所に入社。
〔当時の撮影部は八名の技師で毎月、八本から十本の作品を仕上げる強行軍の連続であり、数少ない助手連中は、担当技師は決まっていても、そんなことはお構いなし、仕事の都合で別の技師連について仕事をすることもしばしばだった。/特に正月近くになると徹夜、徹夜の連続、石山稔監督の策府品撮影中に木下双葉が「会社は私を殺すのか」と言った一言が今でも耳に残っている。その位忙しい仕事であったが、なつかしい思い出も多く、大都映画は私の青春でもあった。/先日ビデオで藤間林太郎、水川八重子主演の「誓いの乳母車」という昭和十三年の作品を見たが、撮影助手のチーフとして私の名がタイトルに出ていたのにその撮影中のことは何一つ思い出すことができなかった。その位忙しかったのだろう。〕(「大都撮影部時代」(懐かしの大都映画)(平成4年ノーベル書房)
シベリアから福員後、現像の仕事を経て映画カメラマンとして独立。多くの記録映画を手がける。昭和41年の「伝統工芸」で日本映画技術賞を受ける。須賀川市の市勢発展をテーマに「ふるさとの歴史」を200万円の私費を投じて製作。のちに市の耕地整理事業の記録映画「須賀川の新しいまち」も製作。生涯に150本以上の作品を残した。国内外のすぐれたタンprん映画を上映する「すかがわ短編映画祭」を提唱。平成元年に第一回を開催。12年、最後の作品で須賀川出身の亜欧堂田善のドキュメンタリー映画を完成させた。平成15年1月没。
・鈴木博 すずき・ひろし カメラマン。会津若松出身。
・高羽哲夫 たかば・てつお 高羽 哲夫(たかば てつお、1927年~1996年10月31日)カメラマン。福島県出身。福島県立会津中学校(旧制)卒業。1948年、松竹に入社。映画カメラマンとして活躍し、特に「男はつらいよ」全48作の撮影に携わったことで知られる。1996年、死去。
主な撮影映画
馬鹿まるだし(1964年)
馬鹿が戦車でやってくる(1964年)
なつかしい風来坊(1966年)
愛の賛歌(1967年)
吹けば飛ぶよな男だが(1968年)
男はつらいよシリーズ全48作(1969年-1995年)
家族(1970年)
故郷(1972年)
同胞(1975年)
幸福の黄色いハンカチ(1977年)
キネマの天地(1986年)
ダウンタウン・ヒーローズ(1987年)
息子(1991年)

「撮影全作品」
1964.01.15 馬鹿まるだし 松竹大船
1964.04.29 いいかげん馬鹿 松竹大船
1964.12.26 馬鹿が戦車でやって来る 松竹大船
1965.05.28 霧の旗 松竹大船
1966.03.19 運が良けりゃ 松竹大船
1966.07.15 男の顔は履歴書 松竹大船
1966.11.12 なつかしい風来坊 松竹大船
1967.01.02 九ちゃんのでっかい夢 松竹大船
1967.04.29 愛の讃歌 松竹大船
1967.08.05 喜劇一発勝負 松竹大船
1968.01.03 ハナ肇の一発大冒険 松竹大船
1968.06.15 吹けば飛ぶよな男だが 松竹大船
1968.12.28 喜劇 大安旅行 松竹大船
1969.03.15 喜劇 一発大必勝 松竹大船
1969.04.26 喜劇 婚前旅行 松竹大船
1969.08.09 喜劇 逆転旅行 松竹大船
1969.08.27 男はつらいよ 松竹大船
1969.10.01 喜劇 女は度胸 松竹大船
1969.11.15 続・男はつらいよ 松竹大船
1970.01.15 男はつらいよ フーテンの寅 松竹大船
1970.02.27 新・男はつらいよ 松竹大船
1970.08.26 男はつらいよ 望郷篇 松竹大船
1970.10.24 家族 松竹大船
1971.01.15 男はつらいよ 純情篇 松竹大船
1971.04.28 男はつらいよ 奮闘篇 松竹大船
1971.11.20 男はつらいよ 寅次郎恋歌 松竹大船
1972.06.10 喜劇 社長さん 松竹大船
1972.08.05 男はつらいよ 柴又慕情 松竹大船
1972.10.28 故郷 松竹大船
1972.12.29 男はつらいよ 寅次郎夢枕 松竹大船
1973.05.02 愛ってなんだろう 渡辺プロ
1973.08.04 男はつらいよ 寅次郎忘れな草 松竹大船
1973.12.16 男はつらいよ 私の寅さん 松竹大船
1974.08.03 男はつらいよ 寅次郎恋やつれ 松竹大船
1974.12.28 男はつらいよ 寅次郎子守唄 松竹大船
1975.08.02 男はつらいよ 寅次郎相合い傘 松竹大船
1975.10.25 同胞 松竹大船
1975.12.27 男はつらいよ 葛飾立志篇 松竹大船
1976.07.24 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け 松竹大船
1976.12.25 男はつらいよ 寅次郎純情詩集 松竹大船
1977.08.06 男はつらいよ 寅次郎と殿様 松竹大船
1977.10.01 幸福の黄色いハンカチ 松竹
1977.12.29 男はつらいよ 寅次郎頑張れ! 松竹
1978.08.05 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく 松竹
1978.12.27 男はつらいよ 噂の寅次郎 松竹
1979.08.04 男はつらいよ 翔んでる寅次郎 松竹
1979.12.28 男はつらいよ 寅次郎春の夢 松竹
1980.03.15 遙かなる山の呼び声 松竹
1980.08.02 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカス 松竹
1980.12.27 男はつらいよ 寅次郎かもめ歌 松竹
1981.08.08 男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 松竹
1981.12.28 男はつらいよ 寅次郎紙風船 松竹
1982.08.07 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 松竹
1982.12.28 男はつらいよ 花も嵐も寅次郎 松竹
1983.08.06 男はつらいよ 旅と女と寅次郎 松竹
1983.12.28 男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎 松竹
1984.08.04 男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎 松竹
1984.12.28 男はつらいよ 寅次郎真実一路 松竹
1985.08.03 男はつらいよ 寅次郎恋愛塾 松竹
1985.12.28 男はつらいよ 柴又より愛をこめて 松竹
1986.08.02 キネマの天地 松竹
1986.12.20 男はつらいよ 幸福の青い鳥 松竹
1987.08.15 男はつらいよ 知床慕情 松竹映像
1987.12.26 男はつらいよ 寅次郎物語 松竹映像
1988.08.06 ダウンタウン・ヒーローズ 松竹
1988.12.24 男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日 松竹
1989.08.05 男はつらいよ 寅次郎心の旅路 松竹
1989.12.27 男はつらいよ ぼくの伯父さん 松竹
1990.12.22 男はつらいよ 寅次郎の休日 松竹
1991.10.12 息子 松竹
1991.12.23 男はつらいよ 寅次郎の告白 松竹
1992.12.26 男はつらいよ 寅次郎の青春 松竹
1993.11.06 学校 松竹=日本テレビ=住友商事
1993.12.25 男はつらいよ 寅次郎の縁談 松竹
1994.12.23 男はつらいよ 拝啓 車寅次郎様 松竹  … 撮影監督
1995.12.23 男はつらいよ 寅次郎 紅の花 松竹  … 撮影監督
1997.11.22 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇 松竹
・古山正 ふるやま・ただし 東宝カメラマン。浪江町出身。青春時代を原町高校で送った12回卒業生。在学中から演劇部や写真部で活躍し、また相撲部を創設して東北大会に出場経験を持つ。卒業後は多摩美術大学に進学。その後東宝のカメラマン助手となった。黒澤明監督の作品制作にも参加し「影武者」の撮影では助手カメラマンとして、同作品の撮影風景をドキュメンタリータッチで収録。また松田聖子の「プルメリアの伝説」撮影や、数々の美しい場面で映画賞を受賞した「優駿」では風景部分の撮影を担当。日本映画の最前線で活躍している。テレビの仕事も多く、風間杜夫主演の「バイト人生百発百中」などを撮影担当する超多忙の売れっ子カメラマンだ。
「プルメリアの伝説」が撮影一人立ち第一作。第二作は「愛・旅立ち」。三作目が「クララ白書 少女隊Phoon」。これは60年8月、朝日座で上映されている。
●シナリオ・ライター
・岩間芳樹 いわま・よしき 昭和4年10月31日生まれ。静岡県で生まれ、小学5年の時に父の転勤で福島市へ。福島四中の時に迎えた終戦に強い衝撃を受け、立ち直るために独学で歴史科学を勉強する。福島は戊辰戦争や自由民権運動など近代史の重要事件が起きた土地柄。「歴史の生々しい息吹に接することができた。ありがたかった。精神形勢の上で、僕は福島っ子です」(「福島人国記」昭和60)
早稲田大学文学部中退。昭和27年「岩間芳樹ラジオドラマ選集」で福島県文学賞(第5回)を授賞。「マリコ」が芸術選奨放送部門大臣賞(32回・56年)、「ビゴーを知っていますか」でエミー賞国際優秀賞(NHK・58年)、「海からの声」(東北放送・58年)で民間放送連盟賞受賞。「ショパン・わが魂のポロネーズ」57年・ギャラクシー大賞。「上海幻影路」(TBS・58年)で芸術祭大賞。「植村直己物語」60年が日本アカデミー賞優秀作品賞。「炎の料理人・北大路魯山人」「童は見たり」放送文化基金賞・62年。「リンゴの木の下で」中国金虎賞・平成2年。「冬の旅」モンテカルロテレビ祭賞・平成4年。
ドキュメンタリーを得意として「天皇の世紀」「空白の900分 国鉄総裁怪死事件」などの社会派ドラマを次々に生み出し、また国際共同製作テレビドラマを手がける。
・大原豊 おおはら・ゆたか シナリオライター。作詞家。昭和21年4月18日。郡山出身。別名おおはらゆたか。明治大学文学部中退。昭和48年第12回新人テレビシナリオコンクール佳作入選。49年第4回新人映画コンクール準入選。TVドラマのフリーの助監督を10年間続けた後シナリオライターに。主なTVシナリオ「俺たちの旅」「ゆうひが丘の総理大臣」「天皇の料理人」「妻たちの危険な関係」。映画「ヨーロッパ急行」で脚本・監督を手がける。
・鹿目 由紀(かのめ ゆき、女性、1976年1月26日生まれ) 脚本家。南山大学卒。名古屋を拠点とした劇団、あおきりみかんの主宰。また、劇作家・演出家も兼任。
主な作品、舞台劇、舞台版中学生日記(中学生日記45周年企画、NHK) 、舞台WAYAYA丼(メ~テレ)
【テレビドラマ】
加藤家へいらっしゃい! ?名古屋嬢っ?(2004年、名古屋テレビ)佃典彦と共作
中学生日記(2005年~、NHK)一部の作品
金とくドラマまささんが行く~伊勢・志摩編~(2007年、NHK)
・冠木新市 かんき・しんいち シナリオライター。昭和26年、福島県出身。アジア映画祭功労賞を昭和46年に授賞。フィルム編集助手を経て石坂浩二主宰のシナリオ教室で日高真也の指導を受ける。昭和63年から映画監督市川こんに師事。平成3年「天河伝説殺人事件」のシナリオ担当。企画・構成に「ゴジラ・デイズ ゴジラ映画40年史」(集英社1993年11月)がある。
・後藤法子(ごとう のりこ)1967年1月27日須賀川市出身、脚本家。
2000年、『バカヤロ-!スペシャルⅡ』で本格デビュ-を果たす。
一番のヒット作としては、『ブラックジャックによろしく』がある。
テレビドラマ
「伝説の教師」(2000年、日本テレビ)
「嫉妬の香り」(2001年、テレビ朝日)
「マイリトルシェフ」(2002年、TBS)
「ブラックジャックによろしく」(2003年、TBS)
「奥さまは魔女」(2004年、TBS)
「曲がり角の彼女」(2005年、関西テレビ)
「温泉名物女将! 湯の町事件簿」
「アテンションプリーズ」(2006年、フジテレビ)
「エラいところに嫁いでしまった!」(2007年、テレビ朝日)
「肩ごしの恋人」(2007年、TBS)
映画
ラヴァーズキス
ホームレス中学生(2008年公開予定)
・高久進 たかく・すすむ シナリオライター。
・秦哀美 はた・あいみ 福島市・旧信夫郡鎌田村出身。大正から昭和初期にかけて活躍した脚本家。地元から数人の若者を映画界へ導いた。帰郷後、地元新聞に映画評論を寄稿。
・真弓典正 まゆみ・のりただ 本名憲匡。シナリオ・ライター。演出家。いわき出身。昭和17年平商業学校卒。川内潔士、鈴木伝明(ともに一時いわきに在住)に師事した。
・那須真知子 なす・まちこ シナリオ・ライター。昭和27年10月5日生まれ。青山学院大学法学部(昭和49年)卒。大手建設会社に勤めたのちシナリオセンターに通い、24歳で日活ロマンポルノのシナリオ公募に応募して採用され「横須賀男狩り・少女悦楽」として映画化されたのがきっかけでその道に入る。昭和52年那須博之監督と結婚。同監督とのコンビによる「ビー・パップ・ハイスクール」シリーズが大ヒットとなり、東映の青春映画路線を開発したと注目を集める。ほかの主な映画シナリオに「赤い通り雨」「早春物語」「化身」「別れぬ理由」「桜の樹の下で」「わが心の銀が鉄道」
・吉本昌弘 よしもと・まさひろ 本名照男。昭和32年12月19日生まれ。東北学院大学経済学部中退。18歳のとき「砂の器」に感銘を受けてシナリオ作家を目指す。主なさくひんはに「女子大生・危険な遊戯」「緊縛遊戯」「ウイークエンドシャッフル」「山田ババァに花束を」。テレビ「冗談ストーリー」「ママはアイドル!」「湘南物語」「キスの温度」「もう誰も愛さない」など。
●原作
有間 しのぶ(ありま しのぶ、1964年5月18日)漫画家である。神奈川県在住。1982年週刊ヤングマガジン(講談社)でデビュー。デビュー作「本場ぢょしこうマニュアル」は約8年連載した。なげやりとも見える飾らない素朴な描線で、情緒的とも無味乾燥ともとれる、心の闇を照らす笑いと愛憎の世界を描く。作品は「本場ぢょしこうマニュアル」(週刊ヤングマガジン(講談社)
●別格1
・川内康範
「製作」
1981.03.14 月光仮面 プルミエ・インターナショナル=ヘラルドエ…
「監督」
1977.03.19 まんが日本昔ばなし ”桃太郎” グループ・ダック=毎日放送 監修
1978.03.18 まんが日本昔ばなし かぐや姫 毎日放送=グループ・ダック  監修
1981.03.14 月光仮面 プルミエ・インターナショナル=ヘラルドエ…  … 監修
1982.03.13 まんが日本昔ばなし ほらふき天狗、おけさねこ 愛企画センター=毎日放送  監修
1985.10.05 恋文 松竹富士=廣済堂映像=ケイ・エンタープラ…監修
「脚本」
1952.11.27 花火の舞 第一テレビ
1955.02.05 若旦那の御縁談 新東宝
1955.03.21 森繁の新入社員 新東宝
1955.04.24 のんき裁判 新東宝
1955.05.31 悪魔の囁き 新東宝
1955.07.05 森繁のやりくり社員 新東宝
1955.12.27 若人のうたごえ 新東宝
1956.01.08 若人のうたごえ お母さんの花嫁 新東宝
1956.01.14 若人のうたごえ 明日への招待 新東宝
1956.01.14 森繁の新婚旅行 新東宝  … 潤色
1956.01.29 背広さんスカートさん 新東宝
1956.02.26 大学の武勇伝 新東宝
1956.04.11 忍術武者修業 大映京都
1956.05.11 金語楼の兵隊さん 新東宝
1956.05.25 忍術選手権試合 大映京都
1956.06.06 大学の剣豪 京洛の暴れん坊 新東宝
1956.08.05 金語楼のお巡りさん 新東宝
1956.09.05 金語楼の雷社長 新東宝
1956.09.11 ニコヨン物語 日活
1956.09.25 地下から来た男 日活
1956.10.21 金語楼の天晴運転手物語 新東宝
1956.12.05 坊ちゃんの逆襲 富士映画
1956.12.28 妖雲里見快挙伝 新東宝
1957.01.03 おしゃべり社長 東京映画
1957.01.09 妖雲里見快挙伝 解決篇 新東宝
1957.04.17 人形佐七捕物帖 大江戸の丑満時 新東宝
1957.07.10 怪談累が渕 新東宝
1957.10.08 高校四年生 日活
1958.03.04 江戸の花笠 東映京都
1958.04.22 若君漫遊記 サタン城の魔王 新東宝
1958.06.08 絶海の裸女 新東宝
1958.06.15 新日本珍道中西日本の巻 新東宝
1958.06.22 姑娘と五人の突劇兵 新東宝
1958.07.30 月光仮面 東映東京
1958.08.06 月光仮面 絶海の死斗 東映東京
1958.12.22 月光仮面 魔人の爪 東映東京
1959.01.15 金語楼の三等兵 新東宝
1959.02.25 戦場のなでしこ 新東宝
1959.04.22 二連銃の鉄 日活
1959.08.02 南国土佐を後にして 日活
1959.09.20 銀座旋風児 日活
1959.12.06 銀座旋風児 黒幕は誰だ 日活
1960.04.05 殴りつける十代 第二東映東京
1960.05.10 恐妻党総裁に栄光あれ 東宝
1960.12.21 コルトが背中を狙ってる 日活
1961.01.27 恋にいのちを 大映東京
1961.04.01 快人黄色い手袋 松竹京都
1961.04.02 誰よりも誰よりも君を愛す 大映東京
1961.04.16 抱いて頂戴 松竹大船
1961.05.03 地獄に真紅な花が咲く ニュー東映東京
1961.06.07 ドドンパ酔虎伝 大映京都
1961.07.12 水戸黄門海を渡る 大映京都
1966.04.10 東京流れ者 日活
1966.07.09 骨まで愛して 日活
1966.08.13 あなたの命 日活
1981.03.14 月光仮面 プルミエ・インターナショナル=ヘラルドエ…
「原作」
1956.02.19 虹いくたび 大映東京
1956.10.21 金語楼の天晴運転手物語 新東宝
1956.12.05 坊ちゃんの逆襲 富士映画
1958.01.03 金語楼の成金王 新東宝
1958.07.30 月光仮面 東映東京
1958.08.06 月光仮面 絶海の死斗 東映東京
1958.12.22 月光仮面 魔人の爪 東映東京
1959.04.01 月光仮面 怪獣コング 東映東京
1959.04.22 二連銃の鉄 日活
1959.05.12 夜霧に消えたチャコ 日活
1959.07.28 月光仮面 幽霊党の逆襲 東映東京
1959.08.02 南国土佐を後にして 日活
1959.08.04 月光仮面 悪魔の最後 東映東京
1959.09.20 銀座旋風児 日活
1959.10.21 泣かないで 日活
1959.12.06 銀座旋風児 黒幕は誰だ 日活
1960.03.26 銀座旋風児 目撃者は彼奴だ 日活
1960.04.05 殴りつける十代 第二東映東京
1960.05.10 恐妻党総裁に栄光あれ 東宝
1960.09.20 誰よりも君を愛す 大映東京
1960.12.14 善人残酷物語 日活
1960.12.21 コルトが背中を狙ってる 日活
1961.01.27 恋にいのちを 大映東京
1961.02.25 銀座旋風児 嵐が俺を呼んでいる 日活
1961.04.01 快人黄色い手袋 松竹京都
1961.04.02 誰よりも誰よりも君を愛す 大映東京
1961.04.16 抱いて頂戴 松竹大船
1961.05.03 地獄に真紅な花が咲く ニュー東映東京
1961.07.12 水戸黄門海を渡る 大映京都
1962.02.04 女は夜霧に濡れている 大映東京
1962.03.11 湖愁 松竹大船
1962.06.10 二階堂卓也銀座無頼帖 帰ってきた旋風児 日活
1963.08.31 嵐が呼んでる旋風児 銀座無頼帖 日活
1966.04.10 東京流れ者 日活
1966.07.09 骨まで愛して 日活
1966.08.13 あなたの命 日活
1966.11.09 続・東京流れ者 海は真っ赤な恋の色 日活
1967.12.09 愛は惜しみなく 日活
1969.08.27 夜の歌謡シリーズ 悪党ブルース 東映東京
1970.01.15 やくざの横顔 日活
1970.05.16 花の特攻隊 あゝ戦友よ 日活
1970.05.30 盛り場流し唄 新宿の女 日活
1973.08.01 レインボーマン 殺人プロフェッショナル 東宝=NET
1981.03.14 月光仮面 プルミエ・インターナショナル=ヘラルドエ…
1991.10.05 撃てばかげろう サム・エンタープライズ・グループ
「音楽」
1961.01.27 恋にいのちを 大映東京  … 作詞
1981.03.14 月光仮面 プルミエ・インターナショナル=ヘラルドエ…
「その他」
1999.07.17 ホーホケキョ となりの山田くん 徳間書店=スタジオジブリ=日本テレビ放送…協力
●別格2
・久米正雄
「原作」
1921.11.15 赤光 松竹蒲田
1923. .  牧場の兄弟 帝キネ芦屋
1924.05.30 冷火 日活京都第二部
1926.05.06 地蔵経由来 聯合映画芸術家協会
1926.10.15 水の影 聯合映画芸術家協会
1928.08.31 夏の日の恋 松竹蒲田
1930.08.01 蝕める果実 帝キネ
1931.12.31 栄冠涙あり 不二映画
1932.09.09 白夜は明るく 松竹蒲田
1933.05.04 晴雲 松竹蒲田
1933.11.16 沈丁花 松竹蒲田
1933.12.07 双眸 松竹蒲田
1934.03.29 月よりの使者 新興
1934.05.31 牧場の兄弟 新興
1934.06.28 紅頬褪せる時 新興
1934.07.14 男の掟 新興
1934.11.01 金環蝕 松竹蒲田
1934.11.22 雁来紅 入江ぷろ
1934.11.29 建設の人々 第一映画
1935.07.14 竜涎香 高田プロ
1936.07.08 寂光愛 新興東京
1936.10.31 新月抄 新興東京
1938.05.11 新柳桜 東宝映画東京
1938.11.20 吾亦紅 前篇 東宝映画東京
1939.02.01 吾亦紅 後篇 戦野に咲く 東宝映画東京
1939.11.30 白蘭の歌 前篇 東宝映画東京
1939.11.30 白蘭の歌 後篇 東宝映画東京
1949.01.31 月よりの使者 大映京都
1949.06.20 三つの真珠 大映東京
1951.07.27 歌う野球小僧 大映東京
1954.07.21 螢草 松竹大船
1954.09.22 月よりの使者 大映東京
「原作」
1955.11.15 二等兵物語 前篇女と兵隊 後篇蚤と兵隊 松竹京都
1956.03.18 続二等兵物語 五里霧中の巻 松竹京都
1956.07.13 続二等兵物語 南方孤島の巻 松竹京都
1957.03.26 続二等兵物語 決戦体制の巻 松竹京都
1958.04.20 二等兵物語 死んだら神様の巻 松竹京都
1958.12.28 二等兵物語 あゝ戦友の巻 松竹京都
1959.04.19 二等兵物語 万事要領の巻 松竹京都
●「戯曲」
・真船豊 まふね・ゆたか 劇作家、小説家。明治32年2月16日福島県福良村生まれ。早稲田大学英文科卒。在学中の大正14年に「早稲田文学」に掲載された「寒鴨」が秋田雨雀の激賞を受ける。大学を中退して四国で農民運動に加わるなど放浪の末、昭和9年「劇文学」に発表した「鼬」が久保田万次郎演出、創作座で上演されて絶賛を得て劇作家としての地位を確保。また戯曲「裸の町」が内田吐夢監督の手で、「太陽の子」が清水宏監督の手で映画化された。
〔古いタイプの非行少年たちを描いた傑作に、一九三八年の真船豊原作、八木保太郎脚色、阿部豊監督の「太陽の子」がある。これはじっさいに北海道にあるキリスト教の少年院をモデルにしたものだと思われるが、人里離れた原野のなかに農場をつくり、そこで教師と少年たちがいっしょに労働しながら学習するという少年院である〕(佐藤忠男「阿部豊」評より)大日方伝、逢初愛子主演。
昭和17年「山参道」も映画化。昭和11年放送「なだれ」はラジオドラマの古典的名作といわれるまでになる。戦後も彼の作品は舞台とラジオで活躍した。昭和52年8月3日没。
●「スタント」
・平忠彦 たいら・ただひこ 昭和31年11月12日生まれ。相馬農業高校、大宮工卒。昭和57年角川映画「汚れた英雄」の主人公バイクレーザー役のスタントを担当。平成4年3月引退。

●「テレビ立ち回り指導」
・宍戸大全 本名邦博.伊達町出身。旧保原中学(現保原高校)を卒業。日体大卒業後、保原高で体育教師をつとめたあと秋田県の大館校高校教諭となり、のち京都撮影所に入所。「水戸黄門」など多くのテレビ時代劇番組で殺陣、立ち回りの指導を行う。

●「メディア関係」
阿部正人 あべ・まさと 本名正吉。昭和8年生まれ。CMプロデューサー。放送作家。太陽企画副社長。早稲田中退。映画テレビの脚本家からコピーライターに。昭和39年頃からテレビCMを製作。東芝、キリンビールなど数百本を手がける。代表作は「ピカピカの一年生」。
奥田 誠治(おくだ せいじ)1956年生まれ。映画プロデューサー。日本テレビ放送網株式会社編成局映画センター長兼映画編成部長兼映画事業部長。会津に生まれ、東京都文京区音羽に育つ。お茶の水女子大学附属幼稚園からお茶の水女子大学附属小学校を経て、1972年、お茶の水女子大学附属中学校卒業(中学での同級生に谷山浩子がいた)。明治大学政経学部卒業後、1980年に日本テレビ入社。同社編成部を経て1984年から同社映画事業部に配属され、『金曜ロードショー』のプロデューサーとして放映権の買い付けを担当していたが、1984年、『風の谷のナウシカ』のテレビ放送をきっかけに宮崎駿たちと知り合う。以後、同番組において全てのスタジオジブリ作品をプロデュース。それまでは特にアニメファンではなかったが[1]、宮崎たちの人柄に惹かれて『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『猫の恩返し』『ハウルの動く城』などの製作に参加。家族ともどもジブリ作品の登場人物等のモデルにされている[2]。プロダクションIGの押井守作品も支援。実写作品では『ALWAYS 三丁目の夕日』、『デスノート』などでエグゼクティブプロデューサーを務めている。
2001年から現職。第10回AMDアワード総務大臣賞、第25回藤本賞特別賞などを受賞。
ジブリを支えるキーパーソン。たとえば『平成狸合戦ぽんぽこ』に登場する大仏は奥田が横になった姿を元に描かれたものであり、『千と千尋の神隠し』は奥田の娘がモデルとなった。もともと構想されていた題名には「千尋」の代わりに奥田の娘の実名が入っていたという(お茶の水女子大学附属中学校同窓会鏡會々報「みかかすは」No.32 2006 June)。
プロデュース作品
『魔女の宅急便』(1989年)
『櫻の園』(1990年)
『家なき子』(1994年)
『ガメラ2 レギオン襲来』(1996年)
『香港大夜総会』(1997年)
『金田一少年の事件簿 上海魚人伝説』(1997年)
『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』(1999年)
『千と千尋の神隠し』(2001年)
『ハウルの動く城』(2004年)
『逆境ナイン』(2005年)
『サトラレ』(2000年)
『回路』(2001年)
『キューティーハニー (映画)』(2004年)
『Tokyo Tower』(2005年)
『まだまだあぶない刑事』(2005年)
『MAKOTO』(2005年)
『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)
『かもめ食堂』(2005年)
『デスノート』(2006年)
『Sweet Rain 死神の精度』(2008年)
『20世紀少年』(2008年)
・菅家憲三 かんけ・けんぞう えぬぶん社長。NHK文化センターサービス社長。NHKのデイレクター、プロデューサーとして「現代の映像」「新日本紀行」などのドキュメンタリーを育てる。平成6年2月13日心不全で死去。
・斉藤貞夫 さいとう・さだお CMデイレクター。昭和14年12月6日。東都ウエイ動画・学研映画局、東京コマーシャルフィルムを経て、昭和61年斉藤貞夫事務所設立。アニメCMをてがける。「コンタック600」でカンヌ国際広告映画優秀作賞受賞。「雪印ネオミルクつよいこ」でクリオ賞受賞。
・陣野重喜 じんの・しげよし テレビプロデューサー。大正13年5月17日。日大工学部22年卒。松竹入社、国際劇場・松竹歌劇団の企画制作を経て38年松竹テレビに勤務。主な制作「世紀の球宴」「弥助うどん」
・高松豊次郎 たかまつ・とよじろう 豊治郎が本名。明治5年10月21日、信夫郡飯坂町生まれ。メキシコ移民を志し鐘紡に就職して資金を稼ぐため危険な職場で左腕を失う。労働環境を改善するため明治大学で法律を学び労働演芸家となる。三遊亭円遊に入門して呑気亭三昧を名乗り高座で労働事情を訴えた。伊藤博文と後藤新平に愛され、日本政府の台湾懐柔政策に協力。映画館経営者。帰国して郷里に蓄音機や日露戦争フィルムを紹介した興行師。また明治の日本映画史の初期に社会パックと呼ばれる社会風刺劇映画を製作、上映した。大正末に独立プロ「高松プロ」を設立した映画製作会社社長。昭和初期には福島県から総選挙に出馬するも落選。映画産業に生涯を賭けた。子孫はことごとく映画人となって日本映画史を豊かにした。昭和27年1月20日死去。
・吉田佐治郎 よしだ・さじろう 伊達郡長岡村出身。明治4年8月8日生まれ。福島地方の初期クリスチャン。東北一の大親分、東北の次郎長と称された侠客。事業家。日露戦争の実写フィルムを紹介し軍人会や孤児院に収益を寄付。のち信達軌道(福島電鉄・福島交通の前身)の電化事業を推進した功労者。大正15年没。
●アニメーター
・岡村天斎(おかむら てんさい、本名:岡村豊(おかむら ゆたか)、1961年12月13日生。福島県生まれ神奈川県横浜市育ちのアニメーション監督、アニメーター。早稲田大学理工学部建築科卒業。1991年から岡村天斎の名義を用い始めた。大学時代は漫画研究会で活動し、自主製作アニメを作っていたという。大学卒業後、友人の紹介でデッサンを持ち込んだアニメ制作会社マッドハウスへアニメーターとして入社。『レンズマン』の動画が初仕事となる。『カムイの剣』『ボビーに首ったけ』と劇場用作品でキャリアを重ねる。1989年、同社のテレビアニメ『YAWARA!』で演出家デビューし、1995年に劇場アニメ『MEMORIES』で監督デビューを果たした(岡村豊名義で『うる星やつら ヤギさんとチーズ』(1989年)の監督・作画監督を担当しているが、現在の公式プロフィールでは掲載されない)。その後はマッドハウスを退社して、フリーで活動を行なっている。
作品リスト
YAWARA! (1989年、演出・絵コンテ)
獣兵衛忍風帖 (1993年、原画)
BLUE SEED (1994年、原画)
新世紀エヴァンゲリオン (1995年、演出・絵コンテ・原画)
GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊 (1995年、原画)
MEMORIES EPISODE2 STINK BOMB 最臭兵器 (1995年、監督)
テイルズオブデスティニー (1997年、オープニングアニメーション監督)
新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 THE END OF EVANGELION (1997年、#25原画)
スプリガン (1998年、銃器設定)
カウボーイビバップ (1998年、絵コンテ)
テイルズオブファンタジア (1998年、オープニングアニメーション監督)
メダロット (1999年、監督・演出・絵コンテ)
ワイルドアームズ セカンド・イグニッション (1999年、オープニングアニメーション監督)
人狼 JIN-ROH (2000年、原画)
人造人間キカイダー THE ANIMATION (2000年、監督・演出・絵コンテ)
COWBOY BEBOP 天国の扉 (2001年、ウエスタンシーン絵コンテ・原画・作画監督協力)
フルメタル・パニック! (2002年、絵コンテ・演出)
ラーゼフォン (2002年、絵コンテ)
WOLF’S RAIN (2003年、監督・絵コンテ・演出)
サムライチャンプルー (2004年、絵コンテ)
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG (2004年、絵コンテ)
劇場版 NARUTO -ナルト- 大活劇!雪姫忍法帖だってばよ!! (2004年、監督)
英國戀物語エマ (2005年、絵コンテ)
劇場版 NARUTO -ナルト- 大激突!幻の地底遺跡だってばよ (2005年、原画)
桜蘭高校ホスト部 (2006年、絵コンテ)
Project BLUE 地球SOS (2006年、監督)
DARKER THAN BLACK -黒の契約者- (2007年、監督・シリーズ構成)
ソウルイーター (2008年、絵コンテ・演出)
二十面相の娘 (2008年、絵コンテ)
加瀬 充子(かせ みつこ)アニメーション監督・演出家。
主な参加作品
無敵ロボトライダーG7(1980年、演出)
最強ロボ ダイオージャ(1981年、演出)
装甲騎兵ボトムズ(1983年、演出)
機甲界ガリアン(1984年、演出)
ダーティペア(1985年、演出)
蒼き流星SPTレイズナー(1985年、演出)
装甲騎兵ボトムズ ザ・ラストレッドショルダー(1985年、絵コンテ)
蒼き流星SPTレイズナー ACT-3(1986年、演出)
シティーハンター(1987年、演出・絵コンテ)
シティーハンター2(1988年、脚本・演出・絵コンテ)
機動警察パトレイバー(1990年、絵コンテ)
機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY(1991年、監督{7話まで})
ママは小学4年生(1992年、演出)
機動戦士Vガンダム(1993年、演出・絵コンテ)
ストリートファイターII V(1995年、演出・絵コンテ)
魔法使いTai!(1996年、演出)
機動戦士ガンダム 第08MS小隊 (1996年、演出)
勇者王ガオガイガー(1997年、絵コンテ)
機動戦士ガンダム 第08MS小隊 ミラーズ・リポート(1998年、監督・絵コンテ)
アキハバラ電脳組(1998年、絵コンテ)
スクライド(2001年、絵コンテ)
犬夜叉(2001年、絵コンテ{31話など})
最終兵器彼女(2002年、監督)
君が望む永遠(2003年、絵コンテ)
プラネテス(2003年、絵コンテ)
LAST EXILE(2003年、絵コンテ)
焼きたて!!ジャぱん(2004年、絵コンテ)
アンジェリークOVA(2004年、絵コンテ)
最終兵器彼女 Another love song(2005年、監督)
まじめにふまじめ かいけつゾロリ(2006年、監督{51話から})
奏光のストレイン(2006年、絵コンテ)
結界師(2008年、絵コンテ)
クリスタル ブレイズ(2008年、監督・絵コンテ)
ネオ アンジェリーク Abyss(2008年、絵コンテ)
・神田武幸 かんだ・たけゆき アニメーション作家監督。昭和18年8月11日。福島市出身。昭和40年虫プロ入社。44年「アンデルセン物語」より演出家に転向。47年フリー。「星の王子様」「ドラえもん」など、さまざまな作品を手がける56年から日本サンライズの一連のTVシリーズ「宇宙漂流バイファム」「超力ロボガラット」「機甲戦記ドラグナー」などで原作・監督を受けもつ。
虫プロダクションに入社し、『W3』などのテレビアニメの制作進行を経て、サンライズ作品の多くに各話演出として参加。1983年~1984年には代表作である『銀河漂流バイファム』の監督を務めた。その他では『ザ☆ウルトラマン』、『太陽の牙ダグラム』(高橋良輔と共同)、『超力ロボ ガラット』、『機甲戦記ドラグナー』、『機甲猟兵メロウリンク』などといったテレビアニメ・OVAで監督を担当。
その後OVA『機動戦士ガンダム第08MS小隊』の総監督を務めている最中、1996年に52歳で急逝した。大変な酒好きで、循環器系は折から不調のままであったとされる。
・笹川ひろし ささがわ・ひろし 本名笹川浩。漫画家、アニメーション作家。昭和11年7月9日。会津若松出身。笹川ひろし事務所主宰。昭和31年に上京、手塚治虫に師事。漫画家として活躍ののち東映動画研究室でアニメーション技法を学び、以後アニメーション・ディレクターとして活曜。この間39年タツノコプロに入社。「宇宙エース」「タイムボカン・シリーズ」などの人気アニメを担当。55年独立してフリーとなる。「パーマン」「フクちゃん」などの演出をするマンガ作品に「鉄腕ベビー」、アニメ監督作品に「ハクション大魔王」「メーテルリンクの青い鳥」「忍者ハットリくん」「オバケのQ太郎」などがある。
・佐藤トシロー アニメーター。
・首藤剛志 しゅどう・たけし 福島県出身。千歳ケ丘高校卒。19歳でシナリオデビュー。アニメ「アイドル天使ようこそようこ」のシリーズ構成を手がける。小説家としては代表作に「ゴーショーグン」。
・浜津守 はまつ・まもる 昭和29年生。郡山市出身。TV版「ガンダム」でアニメ界へ。「アリオン」「巨神ゴーグ」等の作品で演出に携わり、ビデオ「TO-y」が初監督作品。「鎧伝サムライトルーバー」でTV、ビデオ両方の監督を務める。平成3年「アルスラーン戦記」が劇場用アニメで公開された。小説に「鎧伝サムライトルーバー輝煌帝伝説」(頚文社刊90・4・5)。
・矢吹公郎 やぷき・きみお 昭和9年12月6日、西白河郡東村出身。「狼少年ケン」で初演出。「少年忍者風のフジ丸」「タイガーマスク」「カリメロ」など。東映動画「長靴をはいた猫」を監督。東映動画史上に残る傑作といわれる。

●「映画音楽」
・市川 昭介(いちかわ しょうすけ、1933年(昭和8年)1月4日~2006年(平成18年)9月26日没)作曲家。福島県郡山市出身。郡山工業高等学校(現・福島県立郡山北工業高等学校)を卒業した18歳の頃、ハワイアンバンドでの歌手デビューを目指し上京。生涯に作ったほぼ全ての曲が演歌。一部、アニメソングも手がけたが、これも演歌調。1961年(昭和36年)、島倉千代子が歌い第3回日本レコード大賞作曲奨励賞を受賞した『恋しているんだもん』でデビュー。1962年(昭和37年)、畠山みどりの『恋は神代の昔から』『出世街道』『アンコ椿は恋の花』『涙の連絡船』『好きになった人』『大阪しぐれ』など、都はるみの一連のヒット曲を作曲。都はるみを国民的演歌歌手に育て上げた。1992年(平成4年)、郡山市特別表彰。1996年(平成8年)、紫綬褒章受章。2004年(平成16年)、旭日小綬章受章。享年73。
主な作品
夢がたり(唄・里見浩太朗)(時代劇『八百八町夢日記』第2シリーズ主題歌)
ハクション大魔王の歌(テレビアニメ『ハクション大魔王』主題歌)
大ちゃん数え唄(唄・吉田よしみ(後の天童よしみ))(テレビアニメ『いなかっぺ大将』主題歌)ほか多数
・丘 灯至夫(おか としお、 1917年(大正6)2月8日 – )は、作詞家。本名は西山安吉。河野一郎、丘十四夫、丘灯至夫などの数々のペンネームを持つ。明るい青春歌やホームソング的なものが多い。代表作は「高原列車は行く」、「高校三年生」、「憧れの郵便馬車」など。アニメの主題歌なども手がけており昭和44年「ハクション大魔王の歌」(作曲:市川昭介、歌:嶋崎由理)、昭和45年「みなしごハッチ」(作曲:越部信義、歌:嶋崎由理)
、昭和47年「木枯し紋次郎」(作曲:遠藤実、歌:舟木一夫) 、昭和48年「キカイダーは行く」(作詞:丘灯至夫・田中守、作曲:渡辺宙明、歌:子門真人・コロムビアゆりかご会)、昭和54年「ガッチャマンファイター」(作曲:小林亜星、歌:ささきいさお・コロムビアゆりかご会)など作曲。
・関屋敏子 せきや・としこ 両親が二本松出身(生まれは東京)。声楽家。昭和5年、帝国キネマの初期トーキー作品「子守唄」に出演。戦前のオペラ界歌手として日本のホープといわれたが、ゾルゲ事件に関連したといわれ昭和16年に自殺。
・丘灯至夫 おか・としお 作詞家。1917年、小野町生まれ。NHK、毎日新聞社(東京)を経て同社出版特別嘱託。昭和初年から西条八十に師事。昭和24年、コロムビア専属となり、現在に至る。歌謡作品に「あこがれの郵便馬車」「高原列車は行く」など乗り物シリーズがあり、「長崎の雨」「東京のバスガール」「襟裳岬」「山のロザリア」「智恵子抄」など、童語に「猫ふんじゃった」、「みなしごハッチ」など一連のテレビ漫画、劇画の主題歌作品がある。昭和38年「高校三年生」で日本レコード大賞作詞賞受賞。数々の喚画主題歌がヒットし、またヒット作品が映画化された。
・古関裕而 こせき・ゆうじ 作曲家。
主な音楽担当劇場用映画題名(昭和22年3月~48年1月まで)
(東宝)音楽五人男、新馬鹿時代、狸紳士登場、風の子、エノケンの天一坊、素晴らしき結婚,謎の人形師.メスを持つ処女、吾子と唄う、若人の歌、ラッキーさん、金の卵、美代の願い,まばろしの女、恐妻時代、太平洋の鷲、この恋五〇万円、忘れじの花びら、忘却の花びら、大学の侍たち,弥次喜多新道中,続弥次喜多新道中、初夜なき結婚、大学の二八人衆、稲尾物語、社長道中記、モスラ、がめつい奴、いっしょに歩む
(松竹)鐘の鳴る丘・第一編、第二編、第三編,彼女は答える、海の怪獣、母の調べ、母、七ツの妖星、長崎の鐘、乙女の診察室、君の名は・第一部、第二部、第三部、総集編、君美しく、愛染かつら、続愛染かつら、あの橋の畔で第一編、第二編、第三編、第四編
(大映)毒バラ、氷柱の美女、霧の夜の恐怖、安宅家の人々、花のいのちを、娘の人生案内、荒城の月、現行犯を捕えよ、十代の反抗、浅草の灯、愛の海峡、忘れじの午后八時三十分、午后八時十三分、永すぎた春、真昼の対決、母、愛河、赤線の灯は消えず、共犯者、ごめん遊ばせ、花婿先生、男十九の渡り鳥、母の面影、東京の女性
(教育映画)谷間の少女、ドレミファ先生、
(新東宝)小原庄助さん、エノケンの大放送、母情、大当たりパチンコ腹、親馬鹿花合戦、権九郎旅日記、残波岬の決斗、憲兵、皇太子の花嫁
(東映)おどろき一家、悩まし五人男、おお!細君三日天下、ひめゆりの塔、江戸っ子判官、満ちてくる潮、夕陽と拳銃
(日活)かくて夢あり、人斬り彦斉、からたちの花、森蘭丸、母なき子
(東京映画)赤いカンナの花咲けば、愛の歴史、ボロと真珠
(ニッポン・プロ)芸者秀駒
(宝塚映画)極楽島物語、放浪記
(中央映画)由起子
(新理研)伸鋼物語、動乱のベトナム
(北日本映画)甦る大地
以上、伝記「鐘よ 鳴り響け」より。
・湯浅譲二 ゆあさ・じょうじ 郡山市出身。昭和4年8月12日生まれ。作曲家。高校時代から作曲を初め、慶応大学医学部中退して音楽家の道に進む。東京音楽大学助教授を経てカリフォルニア大学サンディエゴ校教授に。現代音楽の世界で国際的な活躍をしている「お葬式」音楽担当。最近では大河ドラマ「徳川慶喜」1998のテーマ曲を担当。
●「映画評論家」
・五十嵐勇吉 いがらし・ゆうきち 1951年福島県生まれ。千代田学院在学中から漫画家修行、のち広告界に転身。77年郡山うすい百貨店販促部入社。現在グランド・プロデューサー。66年度NHK作曲賞、福島民友広告大賞受賞。また廃盤・ソノシートなど、60年代コレクターとして新聞ラジオ、テレビ出演多数。とくに荒木一郎ものの収集では随一といわれる。「太陽に吠えろ」以来の松田優作ファン。郡山在住。責任編集本に「松田優作伝説」(1998年ジャパン・ミックス刊)がある。
・稲川方人 いながわ・まさと 詩人・編集者。昭和24年6月1日。伊東高卒。昭和53年フィルムアート社に入社し「季刊フィルム」の編集に携わる詩作のほか映画製作にも手を染め、相米慎二監督「光る女」の主題歌を作詞。
著書「反感装置」あとがきによれば、五歳のころから祖母のとなりで映画を見たが、記憶の最初となるのは木村荘十二の「うなぎとり」とジョン・ヒューストンの「白鯨」。初めて好きでたまらなくなった映画は、昭和三十三年の中平康の(というより石原裕次郎の)「紅の翼」で、泣いた映画はこれ以前にもたくさんあるが泣いたことを自覚した最初の映画は「ブーべの恋人」。それ以前の、ガラス戸の玄関に辰叶順子と草むらに倒れる三田佳子に幼い恋をし、はじめて監督を好きになったのはロベール・ブレッソン、バート・ケネデイで、見た映画についてはじめて饒舌になったのは、ジャン=リュック・ゴダールではなく、渡辺祐介の「恐喝」とカール・テホ・ドライヤーの「裁かれるるジャンヌ」。
・大塚恭一 おおつか・きょういち 本名落合矯一。
・落合矯一 おちあい・きょういち 元・東京都立国立高校長。元・映倫審査委員。明治36年4月1日、伊達郡保原町出身。筆名大塚恭一。東京帝国大学文学部(大正15年)卒。昭和20年国立高校長を振り出しに北園高、新宿高、小石川高の校長を歴任。戦前から教職のかたわら「映画評論」誌で映画評論を執筆。戦後は各種文化、教育映画コンクール審査員、毎日映画コンクール選定委員を永年つとめた。著書に「アメリカ学校演劇映画」「あのことあのひと」など。昭和53年勲四等旭日小授賞。昭和60年2月27日、脳出血で死去。
・長田弘 おさだ・ひろし 詩人・映画評論家。福島市出身。田中直毅との共著「映画を語る二十世紀この百年の話」などがある。
・佐藤重臣 さとう・しげちか 映画評論家。「黙壼子フィルム・アカイヴ」運営。元・「映画評論」編集長。昭和7年9月2日生まれ。福島市。日本大学芸術学部中退。在学中から映画批評の道に入り、合同通信社芸能記者から昭和38年「映画芸術」編集部に移る。40年から50年の休刊まで「映画評論」編集長。その後フリーで評論活動を続ける一方、アンダーグランド映画の育成につとめる。映画「フリークス」を日本で上映。著書に「阪妻の世界」「ルイス・ブニュエル」「魅せられてフリークス」(編)など。日本映画ペンクラブ。昭和63年2月27日、脳出血で死去。
・志賀信夫 しが・のぶお 放送評論家。昭和4年10月23日浪江町生まれ。早稲田大学院文学研究科卒。正力松太郎から日本テレビ発足に際してモニターを依頬され、以後テレビ批評一筋。
・杉山平一 すざやま・へいいち 詩人。映画評論家。大正3年11月2日会津若松市出身、東京帝国大学美術史学科卒。著書に「映画芸術への招待」、大阪シナリオ学校長。大阪大学振興会長。
・長沢セツ ながさわ・せつ 1917年5月12日会津若松市出身。文化学院大学美術科卒。ファッション・イラストレーター。セツ・モードセミナー主宰。エッセイや映画評も評価が高い。「セツの100本立映画館」(草思社1985.3)や「美少年映画セミナー」(角川書店1994.7)などがある。
・渡部保子 わたなべ・やすこ 本名杉山保子。昭和8年1月6日、坂下町出身。日本大学芸術学部映画学科中退。昭和28年映画世界社入社。「映画ファン」編集部員として同誌が休刊になるまで在籍。その後フリーとなる。昭和33年結婚。2児の母となる。著書に「スタアの時代」「不死鳥伝説」がある。日本映画ペンクラブ会員。映画と社会心理研究会会員。自選お勧め映画は「ソフィーの選択」「千利休先覚坊遣文」「さらばわが愛」

福島発の映画評論家

渡部保子は昭和8年1月6日坂下生まれ。本名杉山保子。会津女子校(併設中学の三年間と高校の三年間)に六年間、汽車通学した。その頃を回想を、会女新聞に依頼されて寄稿している。
〔そのとき、少女は恋をしていた。もちろん片思い。実ることなど絶対にあり得ない、つらくて悲しい初めての恋であった。十五歳になったばかりの中学三年生の三学期、暗うつな灰色の雪国の空の下で死ぬことばかり考えていた日々。併設中学三年生の冬のある日、ふと入った会津館で観た一本のアメリカ映画が、オーバーにいえばそれからの私の人生を決めてしまったのですから。どんなにつらく苦しいときでも、映画を観ている間だけすべてを忘れていられる――。すごいナ、素晴らしいナと心の底からしびれてしまったのです。
病こうじて大学も日大芸術学部映画科に入学。その足で映画世界社という雑誌社へ入社。日本映画の全盛時代にまだ数少ない女性記者として活躍できたのも、あの雪の日の会津館が出発点だったのです。同じ雑誌社の先輩には、あの淀川長治氏がいらっしゃいますが、編集部長だった淀川さんに面接試験を受けたことも忘れられない青春の思い出です。〕
渡部が「わが生涯のこの一本」というのは、一九四三年ワーナー・ブラザーズ制作「永遠の処女」。
シャルル・ボワイエ、ジョーン・フォンテイン主演の大悲恋もの。
初恋の痛みに重ね合わせて「そのまま自分自身を描いた作品だ!」との強烈な思い入れに陥ったのだ。
これらの経緯については、今年出版した自叙伝「スタアの時代」に詳述しているが、近年、ラジオ福島のゲストとして来福し、みずから少女時代を振り返って、まるで昨日のことのように語った。
その口調には、キラキラとまぶしいしぶきをあげるような輝きがキラめいていた。
保子が小学校から会津高等女学校へ入ったのが終戦の年。併設中学校から高校にかけての六年間は、ちょうどアメリカ映画を中心に洋画が解禁されて、名作・秀作が次々に封切られた時期でもあった。
クラブ活動も映画部に入り、学校より熱心に映画館に通い、週末は東京の身内の家に泊まりがけで浅草の映画館に通いつめた。ついに会津地区では最新の映画情報を持つに至って、会津の映画館主が高校生に保子に、
「なあ、次の映画はどれを以てきたらいいかな」
と、尋ねるまでになった。秋の文化祭には、新着アメリカ映画のポスターとスチール展をやった。キスシーンの写真の前は黒山の人だかり。世の中が、戦前からガラリと大逆転した時代だった。
保子がはんこを押した紙片が、映画の割引券になった。興行主が。保子の見立てで企画を通した。
こうしたエピソードは、淀川少年が神戸時代に映画狂になった頃と、不思議に酷似している。
のちに同じ雑誌の編集部で映画PRの仕事をする二人は、思いがけず映画の洗礼を受け、その伝道者の道を歩んだ。地方の郵便局員で、兄弟を養っていた水野晴郎少年もまた似たような経路をたどっている。

豊饒の暗闇の中で

会津若松生まれのモード・デザイナー長沢セツもまた、知る人ぞ知る映画評論家の一人である。
〔少年の頃は映画館の前まできてまず、あのイルミネーションに胸をとどろかしていた。目が眩むばかりの夜の明るさに憧れたのは、たぶん自分の住んでいる家や村が、あまりにも暗すぎたからにちがいない。〕
〔その電球が、何十何百という列になって映画館の軒先をぐるりととり囲んで点滅する恐ろしさは、他にたとえようもないものだった。目も眩むばかりの光の中に入っていくのがコワイ・・・・・・。その光に包まれて、私たちをいつも手招きする派手な絵看板を。私は一度も下品だなどと思ったことはない。〕
〔前面に貼られたスチール写真を片っぱしから飽きるほどみたあとは、出演者たちの名前などはほぼ暗記するほど! それだけのことなのに、あの薄汚い映画館通りは今でも私の故郷だ。〕
〔田舎の映画館はみかけはモダンでも、中はどこもヒンヤリとして便所のにおいがした。あの臭いは私に、ナゼか正体不明の罪悪感を呼び起こした。私は何か、今ちょっと悪いことをしているのだというような・・・。
しかし、それは他愛もなく別な快感に結びつく。大きな暗闇が、ひとつのワイセツな共通意志で統一されたときの、とても優しい温かい快感であった。〕
長沢少年は、日活館よりも近所の松竹館で林長二郎に忠誠を誓い、やがてメロドラマに傾いてゆく。
中学生になると映画は禁止され、新しい帝キネの「滝の白糸」で入江たか子に感動し、二枚目岡田時彦に狂った。そして小津保二郎、島津保次郎などの作品を経て上京、洋画に目覚め、飢えをしのぎつつ映画館に通った。
これはすべて戦前の話。この大正映画青年は日米開戦の頃を回顧して、貧しい画学生としてヨーロッパの舞がに酔いしれ、アメリカ映画に魂を奪われていた頃を次のように描く。
〔日本がハワイを奇襲して大戦に突入してから間もなく、アメリカ映画は禁止されてしまった。そのギリギリ最後にみたのがキャプラの「スミス都へ行く」だった。日本の天皇制とはあまりに異質な、デモクラシーの自由さというものを具体的にみせつけられ、すっかり動転し、その晩はいつまでも寝つけなかった。
・・・こんなアメリカと戦っても日本は絶対にかないっこない・・・・日本は必ず負けるだろう! という悪夢につきまとわれてしまったからだ。〕
この悪夢は、正夢となる。
長沢節は大正生まれ。〔通弊なのかも知れないが、戦前は日本より西洋の方が何でも上等・・・というぬきさしならぬ固定観念があった〕と告白する。
ファッション業界は特にそうだが、長沢氏にとってもガルボ・デートリッヒ、フランソワーズ・アルヌール、ゲーリー・クーパー、ルイ・ジューヴェなどは神様だった。
東京にアトリエを残して、敗戦直後は会津若松市の生家に時々米の調達に帰ってきた。すると新しくできた会津文化協会から呼び出され、画家達は旧日本軍二十九連隊跡地に進駐してきた占領軍への慰問のために、米兵らの似顔絵を描くサービスをしたという。
「まるでごれもこれも立派で、みんな映画俳優みたいではないか」
長沢氏は、目の前の米兵がみなゲーリー・クーパーにみえた。
それから五十余年。ひたすら映画を愛し、特に美少年の映画が好きだった。この性向を見抜いた角川書店が一九九四年に、氏の雑誌「装苑」連載“セツ・シネマ・セミナー”から美少年ものだけを吸い上げて「美少年映画セミナー」にまとめあげた。
東北の田舎町で、女高生の渡部保子が銀幕に憧れ、新人画家の長沢節が洋画の美少年に憧れていた。彼らだけでなく、戦後は誰でも映画評論家の卵だったのである。

エピローグ この十年の個人史

平成10年から以降では「インペンデンス・デイ」「アルマゲドン」が核ミサイルですべてを解決できるというあたりからアメリカ映画に潜む独善的で根深い暴力指向に嫌気がさしていたぼくは、ほとんどアメリカのアクション映画を見ていない。ビデオ・ショップで非アメリカ外国映画と、古い日本映画ばかり探して見ている。
「マトリックス」よりは、日本のアニメの元ネタのほうが遙かにすぐれていると思うし、異質な文化を享受する快感から映画に没頭するようになったぼくとしては、全世界に吹きすさぶグローバリズムというアメリカ的価値観の薄っぺらさへの不快感ばかりで、むしろアフガニスタン空爆以後イラン映画あたりへの切ない傾斜をこそ自覚するし、自分の好みが清水宏や水戸光子への傾倒を自覚するのだ。岩代町図書館に通って「二等兵物語」シリーズを見たり、県立図書館で、珍しい円谷英二コレクションを見たり、現場で映画史を目撃できない以上、追体験しか道がない。
長女の入学試験の日に一緒に三谷幸喜の「ラジオの時間」を見た。「タイタニック」は次女と一緒に見た。「ジュラシック・パーク」は長男と見た。それぞれ家族との歴史もまた映画とともにある。かつてアニメ映画に連れていった子供達が今度は自分の好みで映画を選ぶ時代になった。
映画の日は料金半額が魅力で、必ず行っていたが、映画百年を契機に映画史研究に熱中してからは、リアル・タイムで同時代の映画について語れなくなった。図書館でマイクロフィルム・リーダーに向かう時間の方がはるかに長くなった。
幸福感とは何だろうか?
それは映画館を出た時の、あの充たされた心のことだ。感動にみたされたて至福の時の時の、なかなか現実に戻れない酔いの残り、醒めない頬のほてりである。
やくざ映画を見終わった観客が、みな肩をいからせて出てくるように。怪獣映画のあとに、歩き方まで違う少年のように。ラブ・ロマンスを見たあとでは、本当にうっとりと、この世界は何てすばらしいんでしょう、と思える数十メートルの歩行のあとに、ようやく自分の名前や年齢や職業や、宿題や借金や原稿の締め切り日を思い出すのであるが。
人は幼年期や青春の日に見た映画を、よく賞揚する。「あれは本当にすばらしい映画だった」と。
しかし、すばらしいと自ら称賛しているのは自分の幸福だった思い出に対してであり、とうの映画ではないのだ。映画をだしに使って、自己肯定を出来るから、みな幸福そうな映画評論家にすぐなってしまう。
テレビに出てくる映画評論家に、ろくな奴はいない。彼らは業界の宣伝やなのであって、良し悪しに関係なく扇動して動員せねばならぬ。
真の映画評論家とは、金を払って映画を見ている私やあなたのことである。

日本では「文化」に認められない

映画人口が減ったといわれるが、減ったのは映画館へ行く人口である。ライフサイクルが気ぜわしくなり、細切れの時間しか持たない現代人は、映画館で映画を見るだけの余裕がないだけで、映画そのものの娯楽としての魅力は衰えていない。依然として映画は娯楽の王様なのだ。
映画そのものが、明治大正の頃にはニューメディアだった。トーキーの出現やテレビの登場で、映像芸術は豊かになった。
今日の衛生放送やケーブルTV、ハイビジョン、マルチメディアの登場によっても、人間の映像に対する憧れは、ますますかえって強くなった。
これらメディアのハード面の発達は実は、ソフトとしての発達をそのまま意味していない。
機材は優秀になり、カメラも映像処理技術も、ハイテク機器を駆使して便利になった。
しかし、映画の誕生の時に、すでにあらゆる技法が考え出され、知恵と工夫と手間をかけて、映画の先人たちは百年後に残る作品を製作した。
今日を取り巻く映像の状況は、それがあまりにはんらんしているがゆえに相対的にインパクトが弱くなり、劇映画の分野では超大作を作りえても、いわゆる名作を産むだけのプロデューサーや監督が輩出されているわけではない。
そしてまた、映画が斜陽といわれたり、死に絶えたという状況は決して世界的なことではなく、アジアにおける映画界の隆盛は現在進行形だ。映画発祥の国フランスは、十九世末から世界中に撮影隊を派遣し、二十世紀初頭の美本の姿を動く映像に残し、今日では国立アカデミーで映画人の養成にあたっている。映画の聖地ハリウッドを抱えるアメリカは、映画産業という武器でアメリカ的価値観を輸出しつづけている。映画界の不振が叫ばれるたびに、それを救ってきたのはヒット作であった。アメリカはソフト大国なのだ。
一方で、日本の映画史は、見世物小屋の延長で、虐げられた路地裏で官憲の介入によって検閲され、手足を縛られながら隠花植物のように育ち、四畳半的世界を描いてきた。
戦後から三十年代までは、映画館は税務署最大のお得意先だった。にもかかわらず、映画界が財政援助を受けたことはない。日本の映画は最初から最後まで庶民のものであり、庶民が投ずる小銭の推積によって栄え、四十年代に至ってやくざ礼賛とポルノ路線に橋って飽きられ、捨てられるに至った。
日本では、映画はついに「風俗」から「文化」に認められることがなかった。映画制作会社から興行師・映画館に至るまで、映画は「ゼニを儲ける」商売の一つでしかなかった。
斜陽になれば、すぐに閉館してボウリング場に再投資したり、スーパーや駐車場に鞍替えた背景には、映画館経営者の多くが映画の守護者ではなく、単なるビジネスと考えいていた人々だったという理由がある。
自治体が編纂する市町村史にしても、一時代を画して住民すべてに愛された映画館は、「いつの頃いか出来て」「いつの間にか消えた」というふうに扱われている。官庁や学校の創立年月日を掲げない書はないのに、映画館はノスタルジーの中の世界であり、文化の項目にではなく世相に属する。
地方の映画館の姿は、世相と風俗の古き良き懐かしい思い出の中に、主に写真集の中にその姿をとどめている。
映画は、そもそも残像という人間生理に根ざした錯覚によって生まれる幻影であり、人生を語り、夢を描く。
人はなぜ映画を語り、青春の日の映画館を回想する時に、あんなにも幸福な表情になるのだろうか。
暗闇の中でチラチラと閃く光線があやなす世界は、まさに人間の記憶と思い出の構造に直結する。我々の人生とはまさに残像によって成り立つのだ。
だれもがじぶんだけの映画館を持っている。九州の甘酸っぱい匂いと微かな痛みの青春のどこかに、通いなれた映画館がある。それは特定の町の、特定の横丁の存在し、しかも今となっては現実のどこにも存在しない場所だ。

名作を発掘する作業も大切

昨年(95年)秋からスタートしたフォーラム館のクラシック・フェア一〇〇本シリーズでは、今まで未見だった作品を拾って見る機会を得た。トリフォー監督の「アメリカの夜」や、キューブリック監督「ロリータ」など。しかし、有名な名作といわれる作品群のほとんどを、自分の人生のどの時点でか、見ていたことを確認して我ながら驚いた。
「汚名」や「ブルースブラザーズ」では、改めて古い感動と愉悦を再び味わった。
フォーラムによると、古典的な名作の中には、配給権の関係から上映できないものもあるという。そんな状況下で真に映画を愛するファンのために、あえてクラシック一〇〇本フェアという大事業をなし遂げつつあるスタッフの努力には、拍手を送りたい。
しかし、実際に古き良き名画を見に行ってみると、観客の年代層は五十代以上、四十代の私などは若い世代に属する。
感動の名作というのは、世代と年代に属するようだ。
映画は同時代のものなのだろう。そうはいっても、現在の中学生や高校生にとっては、新作だけが同時代の体験とは限らない。過去の作品であっても出会った時が感動の生まれる時だ。
日本映画の名作を発掘する作業も大切である。検閲下で発禁処分となった反戦映画「戦ふ兵隊」をはじめ、数多くの先駆的ドキュメンタリー作品を残した原町市生まれの亀井文夫監督の代表作が、一年間にわたって上映されたのは平成五年のこと。遠隔の青森の地から駆けつけた観客もあった。
亀井作品のビデオが、初めて仙台から発売されたと、昨年夏に民友が報じていたが、実は古くからビデオは亀井の会社から発売されている。福島県か原町市が全巻そろえておくべきだろう。日本映画史に残る貴重な良心の証である。
もう十何年も映画館に行ったことがない、なんていばってるお父さん、たまには最近の映画館がどうなっているか、足を運んでみてはいかがか。昨年のウインドウズ95のフィーバーぶりにしても、パソコンがどこまで映像に対して自由になれるか、という一連の動きである。空から衛星放送が降ってくる時代に、テレビ番組は女性に支配されている。
インターネットのH画面に走ったりアダルトビデオのソフトはあふれていても、ディズニー映画をはじめ輸入超過の映画状況、ウルグアイラウンドによるアメリカからの外圧など、さまざまな課題のあるなか、正当な評価さえ受けてこなかった地方の映画館への、感謝と愛情をこめて一〇〇年の歴史をふりかえることも無駄ではあるまい。
(政経東北1996.3月号「福島県内の映画館百年史」より)

あとがき

映画史の書籍はたくさん出版されている。名作について、またおたくと呼ばれるサブ・カルチャーも豊かだ。しかし、映画の受容の部分で地方の受像器である魂の入れ物についてはついぞ忘れられていて、自分のお世話になった映画館がいつ誕生していつ死んだのかさえ知られていないのが現状である。
映画を享受するのは世界的に消費的で、送り手はそれを承知してたとえばアメリカ的、ハリウッド的、ユダヤ的価値観をごり押しする。
もうこれ以上、暴力礼賛映画をみたくない。そう思う気持ちがますます、映画史への回帰を深くし、古い映画の文献的発掘に熱中させた。
2003年7月2日、原町朝日座の開館80周年に「朝日座全記録」が発行され、関係者に配布された。
私の映画史の稿本から原町関係部分を抜き出した「朝日座、わが青春の活動写真館」と題するA5判100ページの記録と、朝日座社長布川雄幸氏がまとめた昭和31年から閉館までの上映興行記録を合本したものだ。
福島県内の映画史の基礎的な資料が残された。これを公開せずに埋没させるのは何としても無念である。
大衆文学の映画化についての主要な部分については月刊政経東北の「ふくしま意外史」という連載に分載したので、連載終了後に細かな部分まで拾って肉付けし「ふくしま映画100年」にした。
映画館の母胎となった劇場に関する情報は、市町村史などから抜き出し、上映作品については福島県立図書館のマイクロフィルムから抽出し、作製年度や内容については「日本映画発達史」などで調べたほか、キネマ旬報などを参照した。

ふくしま映画100年

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