原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

酪ちゃん

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酪ちゃん

二上 英朗·2019年3月11日月曜日表示1件
近所に十円まんじゅうの店があって、去年の春にはやっていたが、いつのころからか閉まっていた。年に何度か行くくらいで、それほど頻繁にはいかない。もともと地元の米屋で、店主は外回りの配達を2トントラックの灯油タンクを積んで、その配達販売が主力だ。奥さんは朝の8時に店のシャッターを開けて、その日に販売する柏餅や、十円饅頭を蒸かして作り、店頭に並べ日がな一日売る。昭和の先代から米が主力だったが、灯油の燃料業を増やし、さらにフランチャイズの大きな看板を掲げてそれなりにはやっていた。
30年前にここに越してきた当時はここで一番安いブレンド米を買っていた。米の専門店でやってはきたが、近所にイオンのスーパーが出来た10年前からは、デイスカウント・ショップを謳うこっちの店で扱う米を買うほうが頻度が高くなった。
ぼくは近所のスーパーの夜10時まで働く米屋の奥さんの姿をみつけて、感心したものだ。
奥さんは健康な働き者で、商家の夫を助けながら子供たちを育て上げ成人になり、老齢に達した姑の面倒を看て、一日店番をして洗濯から食事の世話までやり、夕方から近所のスーパーのレジに入る。名前が珍しく、酪ちゃんという。父親が牛を飼っていた。戦後の農家で酪農に将来を賭けたのだろう。酪の文字は若い父親の理想であったろうと想像される。戦後の福島市の青春、牛の世話をする健全な生活の中に生まれた娘。それが酪ちゃんだった。
「子供の頃は、嫌でしょうがなかったわ。友達から名前のことではからかわれたから」
と、みじかい会話が毎晩のレジで交わされたものをつなぐと、だんだん近所の奥さんの年譜が出来上がってくる。地元の社会の階層も関心も幸福もぼくらのレジデンスの職業も収入も似たようなものだ。
福島盆地の、近所のごく普通の主婦だ。極寒の冬も灼熱の夏も。
その酪ちゃん、最近みかけなくなった。かつては店の対応をしていたばあさんが寝込んで、介護されるようになったのだろうか。シャッターが閉まってるようになった。

酪ちゃん、なんでそんなに働くの?

二上 英朗·2019年3月11日月曜日表示2件
「朝から夕まで家事やりながら店番して、そのあと夕ご飯作ってから、イオンに出勤するんでしょ。夜は10時までって、なんでそんなに」
って。自然にそう聞いたよ。
「いまはまだ元気だからね、老後の蓄えのためよ」って、あたりまえのように、酪ちゃんは答えた。
あしたできることは今日やらないという我が家の家風は、ぜったいにそうならない。
シャッターの閉まったまま半年もたってから、酪ちゃんのいないイオンの、別のおばさんのレジでぼくは尋ねたんだ。
「酪ちゃんの姿みないけど、お店のシャッターも閉まってるけど、お姑さんの具合が悪くなったの?」って。
「ええ? 知らなかったの。酪ちゃん、四月に、急に亡くなったのよ。あんなに元気な人だったのに」
おばさんなんて言って悪い程に、高校生の子どもを持つ近所のパートの女性レジ係りが言った。ここのイオンのレジの係りも商品フロア係りも、生鮮も総菜も、みんな近所の主婦なのだ。
その誰もが、いちばん健康ではつらつしてる。その代表選手が酪ちゃんだというように見えたのは、僕だけでなく、同僚の全員がみとめる。
その戦友ともいうべき酪ちゃんが、あっという間に、目の前から姿を消したなんて。
だいいち、去年の3月からずっと主治医から「心臓の検査をそろそろするように」と言われて、不整脈でとうとう心臓カテーテル検査をようやく受け入れて11月に検査と手術をようやく受けた。
去年は1月に大杉漣さんが心臓で急死し、6月に西城秀樹さんが脳で急死した。
思えば死が親しい65歳。酪ちゃんも同輩だったっけ。
死んだ方がいい65歳は、ますます元気に日本国を壊しまくっている。嗚呼。

2019年5月、茂木米屋さんシャッター降りていて人の住んでる気配がない。一周忌を過ぎたし、だんなさん、姑さん、どこに移ったのかなあ。

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