原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

311東日本地震津波・原発事故の本を読む

東日本地震津波・原発事故の本を読む

二週間に10冊ずつ県立図書館の原発・震災関係本を消化するだけでも、消耗戦、持久戦だ。あの3.11以後の数日間を、理解する作業を続けることは、これから死ぬまで自分の責務だと思っている。誰かしらに、バイオロジー的な触発を伝えてから死にたい。生き残ったものとして。日曜日に神を礼拝すること、平日、平凡な家庭生活をじゅうぶんにたのしみつつ、病気をやしない、死んだひとたちの無念、名も無き勇者たちの勇敢な活躍を、生き残ったものの敬虔を、聞き、記録し、書き残し、後世に伝える。自分でえらんだ歴史家:作家としての現代に生きる目的であり、本懐だ。

岩手は一週間から一ヶ月間それ以上、麻痺した。交通、食料、電気、飲料水までも。
ましてや都市インフラの最たる「情報」が遮断されて、暗闇に手書きで壁新聞を6部だけ書き上げて市内6箇所に掲示した「石巻日日新聞」の根性は、不屈のブンヤ魂を見せた。
ジャーナリストは足で書く。必要な人に、目と耳になって必要な情報を伝える。まさに「情=なさけ」を「報=しらせ」た。
長く電力会社に飼い馴らされて来たメジャー新聞とテレビは、原発爆発で一斉に福島県から全記者を県外に逃がした。フリーのインデペンデント・ジャーナリストたちだけが、逃げずにギラギラした野心に燃えて被災地に突っ込んでゆき、いい仕事をした。学者が、素人が、住民自身が続いた。
かれらの足取りをフォローしなくて、元ジャーナリストで読書人を自認する、南相馬市のフクシマ人たる原住民と言えようか。
やがて時が来れば神は問うであろう。「アダムよ、お前はどこにいた」と。
それは審判のときの弁明になるだろうか。台詞は決まっている。
「わたしは311のときに、そこにおりました。見て、聞いて、そして記録していました」と。

311の直後にしたのは吉村昭「三陸海岸大津波」を読むこと。百年前に驚くばかりに酷似する。

表紙には 福島県警察本部監修 福島民報社印刷とあるが、どこが発行者なのかわからない。奥付をみると、実は福島県警察互助会らしい。
表紙みると県警本部が著者のような印象だが、企画からまとめまで、金を出したのが互助会だとわかる。中身はいい本なのだが、ふだんから、上を見て暮らしてい る警察組織の人間の思想構造が、そのまま本づくりにまで反映している。しかも、印刷をひきうけただけの民報が、金をもらった側なのに、出している互助会の 名前を出さないで、警察本部と二人で主人公みたいな顔しているのが、権力の内部構造を物語っている。ひら警察官に、買わせる、一般人にも受けるだろうとい う企画がすけすけだ。もしかしたら、そういう意図で民報からかけしかけたのかも。新聞社の出版部門は、どこも出向の形になるリストラだ。出版ビジネスにし たいから、こうなる。しかも、印刷の手触りが、交通安全教本のような、でかいゴチック活字で、いかにもな印象が、これも天下りのにおいがする。

選ばれた男。齋藤圭巡査。相馬警察署の若い警察官は、あの悲惨な地震津波の大震災のニュースの中で、最初の明るいニュースとなった。それは、奇跡ともいうべきエピソードだった。この逸話を紹介するだけでも、本書は出版の意義があろう。「ふくしまに生きる 福島を守る」彼は福島のいのちを守ったのである。

「相馬看花」「祭りの馬」のドキュメンタリー映画で南相馬市を描き続ける監督松林要樹氏が、文筆の世界でも、意欲的にして、問題提起の大きな仕事をなしとげた。さっき送られてきた著書「馬喰(バクロウ)」は、野馬追と、原町・浪江から移民していったブラジルへと、世界を股にかけて取材して一気にまとめあげた渾身の力作。ピラニアのごとき鋭く凶暴なまでの牙で、世界を齧り獲るほどの作品だ。活きること、表現する本能において、このような作者と知り合えたさいわいを、ぼくは311の最大のプレゼントだと思っている。ぎらぎらと野心的で、挑戦的な作家も監督も、かずかぎりなく南相馬市に乗り込んでいる。しかし、後世に残すべき成果を上げている着実なものは少ない。松林さん、おめでとう。くだらん日本に飽きずに、たっぷり遊んでくれ。

国会事故調、政府事故調、民間事故調、東電事故調、4つに事故調査書を徹底検証し、真実と嘘とを列挙する。政治的見世物にされただけの事故調査を、何が隠蔽され、誰のためにまとめっれかでまったく異なる内容に。1は、首相批判によって、東電の責任のがれに手を貸した。2は詳細に事故の経過を追いながらも、責任の所在をあいまいにし、3は委員のすべてが米国留学か、米国駐在の経験者で、政府が悪い、の大合唱は異様。これも東電のための書だった。4は、東電に落ち度はないという一点だけの、破廉恥な言い逃れ。

年間5ミリシーベルトの被曝は、労災認定のラインである、と黒部が医師の立場から主張し、わかりやすく、放射能管理について説明する。南相馬市民会館での小出講演のときにも、特設ブースで、この本はよく売れた。「国や電力会社は麻薬の売人」など、言いえて妙の、反原発の人々の思いを、ずばりついている。

ムラづくりの指針と、これまでの「までいライフ」について、かなりの指数を費やした。飯館ムラそのものを全国の読者に知ってもらうためには必要だという考えだろうが、放射能との戦いにおいては、絶望的な状況から、何ができるのか、希望を語ることは、3年ちかくなって政府の「全村復帰」は無理、という断の前では、悲痛でさえある。2年で帰る、といった掛け声が、いまとなってはむなしくこだまするばかりだ。

筆者は芥川賞作家。福島県三春町の寺の副住職。東日本復興構想会議の委員として地元の被災地からの視点で発言。初期の福島県民の反応と、東京都の温度差を指摘。政府という大きな組織の動きとそれにかかわるまどろこしさを、しかし、ていねいに提言してゆく。

郷土史家の相馬の歴史からそっくりぱくって、津波の部分だけフィクションで付け足して、わあっと出した毎日新聞社の商売っけ丸出しの本。相馬の凡庸なもと教員らが、勝手な「毘沙門の緋の鎧」が義胤のものという創作を、鵜呑みにしてそのまま、小説に取り入れて出版した、乱暴な一冊。こういうやからが、害悪を後世に残す。
二上 英朗 もとの森鎮雄のを読むより、これを読むと、概要は飲み込み早いので、一読お勧め。しかし、インチキ部分があるので注意。そのうち、決定版で、校訂すべき分野です。まったく、先生方は余計な仕事を増やす。
2013年12月1日 21:17

3.11南相馬

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