御尊父様の記録本のため、基礎的なボリュームの必要のために、26日に飯坂のお宅を伺い、お預かりしてきた資料のうち、沢先開拓地の入植50周年を記念する冊子を、テキストデータにして8月4日すべて打ち込み作業を終えました。
 終戦直後から開拓家庭が次々と入植され、裸一貫で何もない荒れ地の大木を伐採し、開墾してゆく作業。笹小屋を刈って屋根を葺いた素朴な家屋に住み、朝から晩まで、いえ月の輝く夜間までえんえんと果てしない開墾労働。便利で豊かな現代社会しか知らない世代を相手にして、どのように伝えたらよいのでしょうか。
 当初は医師も看護婦もいなかった開拓農村では、小さな子供を抱えて病気になられた若い親の苦悩はどれほどのものであったか。電気も自動車も電話もない場所で、激しい労働で土を相手に働きつづけ、我が子を亡くした若い母親の時の気持ちをしるした手記を読みつつ、テキストに打ち込みながら、思わず涙を誘われて、何度もこみあがる感情があふれこぼれてまいりました。高ぶる気持ちを抑えるために、何度も指を停めました。
 昭和11年8月24日生まれという宝次様は、終戦時には9歳か10歳の童子だった勘定の筈です。開拓誌に手記を寄せて居る多くの第二世代の人々と同年齢とみえますし、こうした仲間とともに生きてこられた津島の歴史と風土にすこしずつ心が近づいてまいります。
 50周年記念式典のころから数えても、すでに21年が過ぎました。宝次様と同輩の方々で健在の方たちも傘寿80歳を迎えるあたりになりましょうから、第一世代の方々はあの2011年311を体験することなく世を去られたでしょうことが、終戦時から戦後の苦労を繰り返し味わうことなかったことを思って、すこし荷の重さをやわらげます。
 しかしご長命な人ほど、あのように不必要な困難など、追いかけられることもなかったろうに、などと思います。
 高齢で建材の方がおられるにせよ、5年前の311の時点に生きておられたのなら、なおさらに穏やかな幸福感に満ちた50周年のころの豊かで平穏な生活が、いちどきに崩れ落ちるような悲痛な体験を味わうことになってしまったのではないかと案じております。
 宝次様の支援者の多くが地元津島の有権者でありましょうし、長きにわたる町議人生の最後の御礼として、その本を献呈する形での出版であるなら、その主人公こそ津島の入植者とそのご家族ということになりますね。
 初めてその人生の凄まじいありように触れまして、驚きを禁じえませんでした。初めにあたり、まず感じた感想を申し述べました。
草々
追伸
浪江町が日本一多くの海外移住者を送りだしている事実を知ったのは、この30年間ブラジル移民の取材をしてきた結論でした。
これは私自身のライフワーク「もう一つの相馬移民」と題して、500頁を超す大冊の主著となりました。
この百年間に、海外移住という美名の陰に潜む母県の冷害や戦争や、農家の経営破産や、貧困や家庭の別れや、多くの辛酸のケースもみてきました。
しかしながら、わたしがブラジル取材へ出発しようと思った30歳の時に出合ったエピソードはその悲惨な逸話群の一方で、理想に燃えた青春の物語から始まりました。
いわき三和町出身の佐川義信という青年が、川俣町の佐藤のぶという少女と、米沢の蚕糸試験場の研修所で知り合い、二十歳で結婚して大正12年に新天地ブラジルに渡っていった純粋な野心を支えたところに、聖光学院を創始した人物クリスチャンがいたことも知りました。

川俣駒桜の思い出

川俣町秋山の駒桜は、孤独な桜だ。山峡なので、わざわざ探しながら行かねばならない。かつて、ブラジルへ移民した伯母を訪ねたこと5回。桜咲く秋山の佐藤家に生まれ、いわき三和町出身の佐川義信という青年から求婚されて、入籍してブラジルへ渡航したのが92年前の大正12年、船の上で関東大震災のニュースを聞いたという。

福島駅を出るとき、伊達の遠藤修司という福島農蚕学校の教師をしているクリスチャンから激励されて出発した、と佐川氏は語った。その青年は伊達力行会から海外に貧しく有望な青年たちを送り出し、地元に聖光学院を創立した人物で、福島県白菊会という献体志願の会を創立させ、みずからの体も解剖検体に提供したほどの仁徳ものでした。

私は1984年のカーニバルに初めて渡伯し、この逸話を聞いた。私の妻の伯母にあたる佐川夫人が、幼時に、川俣秋山の駒桜の下に遊んだというはるかな昔の思い出話を。
物語のある秋山の駒桜を訪ねるたびに、今は亡きブラジルの二人の笑顔を思い出す。

この佐川の無二の親友が原町生まれの渡辺孝という人物で、東京外国語大学スペイン語を卒業して移民会社の通訳として渡伯監督になったが、あまりに悲惨な移民の状況をみて、百年前に在伯福島県人会を創立し、奥地の孤独な同朋のために激励し、金と種を貸し夜逃げの世話までした。

沢先開拓地にも、おそらく同じ逸話が出てくるだろうと思いながら。

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