事務長・遠藤修一
 救援物資を届けようという話を受け、口では「やりましょう」と賛同してはいたものの遠藤は内心は複雑な思いだった。会津地方でもいつ物資が止まってしまってもおかしくないからだ。介護用品を届けるメーカーも撤退するといい、今日は大丈夫でも明日どうなるかは見通しが経っていない。自分の施設でもガソリンや介護用品などが不足するかも知らないのに、ほかの施設を助ける余裕があるのかと思うと不安になった。それでも、着の身着のまま避難したため物資もなく、工場で過ごしている同業者がいると思うと、人として動かなくてはならないだろうと思ったのだった。
 ミーテイングが終わり次第、救援物資を車に乗せ、10時半前には遠藤と職員2人を乗せた車はサンライトおおくまの利用者らが避難する田村市船引町内のデンソーの工場に向かうため、会津みどりホームを出発した。車の中には、相談員の女性が必要だといっていた褥瘡(床ずれ)防止用マット、栄養補助食品、とろみ剤、経管栄養剤、おしぼりやタオル、防寒着、懐中電灯、ガソリン20リットルが詰め込まれている。
 午後2時、山の中にある新設されたばかりの田村市のデンソー工場についた。余震を恐れてなのか、気が落ち着かないのか、雪が降っているというのに何人もの人が工場の外にいた。工場は学校の体育館程度の広さで天井は高く、床はコンクリート。石油ストーブは数台あったが、がらんとした工場では暖房は効かない。風は当たらないものの気温は外と変わらず、足底から寒さが体を刺した。避難してきた人たちの中には小さな子どももいる。コンクリートの床の上に段ボールやブルーシート、毛布を敷いて土足のまま過ごしている。足が冷えるからだろうか、身体をくっつけていないと暖が取れず身が持たない様子で、ところどころ身を寄せ合う人の固まりができていた。
 サンライトおおくまの利用者たちは、工場内の食堂用の部屋にいた。遠藤らが中に入ると幾分あたたかい感じはしたが、それでも寒い。室内は排泄物の臭いが漂っていた。冷たい床の上に毛布にくるまれた利用者が体を縮めて横たわっている。「こんなところで寝られないだろう!?」と遠藤は目を丸くした。利用者のプライバシーに配慮することができないままに排泄物処理が行われていた。サンライトおおくまの職員が遠藤たちに気付くと、「わざわざありがとうございます」と弱弱しく言葉をかけてくれた。言葉に生気が感じられない。目は暗く淀んでいた。みぞれも降る寒さの中、ジャンパーを羽織ることなく、5日前に避難してきたままのジャージはところどころ汚れていた。あまりに過酷な避難状況の中で戦っているサンライトおおくまの職員の姿に、胸が締tけられ、自分が当たり前のように羽織っていたジャンパーが急に着心地が悪くなった。目頭が熱くなり、たまらず、ジャンパーをサンライトおおくまの職員に手渡した。涙で目の前の職員の顔が見えなかった。
 「同じ福島県内に住む我々もできる限りの協力、応援をしなければ」。工場を後にし、会津みどりホームに向けて車を走らせながら遠藤はそう心に誓った。
避難弱者 p146
つづき 受け入れの旗をあげた会津地方

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