原町無線塔、朝日座など福島県南相馬市原町区(旧原町市)の文献を公開

フクシマ・ノート#3 災害は映画を模倣する――ダークツーリズムとしてのタイムマシン

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災害は映画を模倣する――ダークツーリズムとしてのタイムマシン
フクシマ・ノート3  二上英朗 2015.1.8.メルマガ「ゲンロン」掲載
 ダークツーリズムという名の印象に拒絶反応を抱く人々もあるが、災害ツアー、惨事ツアーは、人間的な学習欲求に根ざしたもので昔からあったし、将来もあるだろう。
大仰にいえば学びの要素がある。もっと直截にいえば単純な好奇心という、基本的な人間的欲求だからである。

災害は映画を模倣する
 SFのジャンルにタイムトラベルという分野がある。幻想文学・空想科学小説から出発して、哲学的、実験的な広がりまで豊かに成長したSFには、娯楽も社会科学 や政治のシミュレーションまで有効な知的な実りがある。文学の辺境的な趣味的分野から、映画の世紀に至っては堂々たる根幹になった。
 過去や未来に旅行したいのは学者だけではない。技術とコストさえ許せば平凡な市井人が欲求するのは宇宙旅行と同様だ。有名人や富豪が巨額を投じて米露の宇宙船に便乗し、いよいよ宇宙旅行が観光カタログに載って、当たり前の時代になった。
これまで映画が果たしてきた知的欲求を満たす作業を観光のレベルに移行するのは当然の推移である。
 災害観光とSFが結びついた「タイムシーカー」という映画が1999年に放送され、これは純然たる娯楽なのだが、いずれ近未来の産業になるのは予想される。
 未来社会には、過去の惨事を時間旅行して見物するという物語だ。タイタニック号沈没やヒンデンブルグ号の爆発を「娯楽として見物」するツアーが、登場人物の持った旅行冊子にある。
 もともと新約聖書のキリスト磔刑や、ポンペイ火山の爆発などを見学するという時間旅行のSFはあった。西洋人には有名な歴史事件や大惨事は、これらの物語では人気商品である。これまで映画こそがそれらの欲求を満たしてきたツールであった。
 パレスチナやスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラ等の聖地巡礼や、伊勢における「ええじゃないか」などの宗教の名による旅行にも観光ガイドブックは存在した。
 キャプテン・クックの世界旅行の時代に至って、時刻表ブームを迎えた。こうした背景からフランスのジュール・ベルヌの『80日間世界一周』『月世界旅行』に結 実し、思念的な批評文学では英国のH.G.ウエルズが『宇宙戦争』『タイムマシン』で、この双璧によって19世紀についにSFというジャンルは確立した。

タイムマシンにおけるモーロックは東京支える新潟・福島を連想
 文明史家H.G.ウエルズは人類の未来を、文明に恵まれ優雅に暮らす地上人エロイ族と、エネルギーと食糧を生産する野蛮で原始的な地下人種モーロックの二分 化された社会を描いた。これはプロレタリアと資本家階級の二分化を唱えたマルクスに対抗した、啓蒙小説作家としての彼なりの戯画戯作であったろう。
 エネルギーと食糧を生産して東京首都圏を支えて、リスクだけを引き受ける新潟・福島の置かれた地下人種としての地方のイメージは、核事故後の今から見ると切ない酷似だ。彼の描いた80万年後の未来とは、まさにわが「東京と福島」の二重構造社会であったと。

チャイナ・シンドローム
 『チャイナ・シンドローム』(原題:The China Syndrome)は、1979年制作アメリカ映画。公害に抗議する反戦女優として有名なジェーン・フォンダが主演し、原発の取材中に事故に遭遇し真実を 伝えようとする女性リポーターに扮し、ずさんな管理に気づき事故を防ぐために命を懸ける原発管理者、不祥事を揉み消そうとする利益優先の経営者といった人 物たちの対立を描いたサスペンス映画。
 題名の「チャイナ・シンドローム」(北米の地球の対蹠地は中国ではないが)とは原発事故で核燃料が高熱によって融解(メルトダウン)して原子炉の外に漏れ出すメルトスルーと呼ばれる状態を意味する本作独自の造語で、以後核燃料漏出を意味する用語として流布し一般化した。シリアスな原子力工学の分野の地球の反 対側まで核燃料が融け落ちるさまを娯楽が単純化したブラック・ジョークのイメージだった。
 映画公開の1979年3月16日からわずか12日後の3月28日にスリーマイル島原子力発電所事故が発生し、医学用語「シンドローム」(症候群)の語を結び付ける「○○シンドローム」という造語法も一般化した。
 この映画は、南相馬市にかつて存在した原町シネマというB級専門館で上映された。ふだんは成人向けの日活ピンク映画と子供向け東映映画を交互に掛けていた。
南に隣接する双葉郡には双葉大熊に福島第一原発が操業し、富岡楢葉に第二原発も完成し、東電は輝く一流企業で救世主だった。
 東北電力が浪江小高の2町に、福島第三原発を構想して県庁職員と共同で用地買収に奔走し、当時の原町市も電源三法による交付金に垂涎し原発誘致の声が上がったが、時の渡辺敏市長の決断で原発を断念し原町火力発電所が誘致された。
 平成18年に合併する前の小高町は、浪江町とともに「原子力で明るい未来」を夢見ていたのである。5年後の震災津波と原発事故で強制退避の20キロ圏内同心円が、かっきりと同じ南相馬市域を小高区と原町区以北を二分したのは、運命のいたずらとしか言いようがない。

世界大戦争とちらし寿司
 昭和36(1961)年に僕は小学5年生で、当時流行していた東宝のゴジラやモスラで高名な円谷英二の特撮映画の一つ『世界大戦争』というのを見て強烈な印象に撃たれた。
 米ソ冷戦で核弾頭ミサイルによる世界終末戦争の危機がいわれ、事実原水爆実験で放射能雨が社会問題になっていた。『ゴジラ』も『モスラ』もアメリカおよびフランスの核実験による放射能によって巨大生物が出現したというストーリーには、リアリテイーがあった。
たっぷりと特撮で楽しませてくれる円谷映画に対する信頼で『世界大戦争』を見た。しかし子供向けの娯楽ではなく、大人向けのシリアスな内容だった。
 映画の感想を同級生と語り合った記憶がある。子供ながらに「死」を考えた。「死ぬって怖いね」「うん怖いね」「ほんとに第三次大戦になったら、困るよね」 「困るね」……話の内容は、あどけなくもシリアスで人生最初の真剣な議論だった。あの時代、ランドセルを背負った子供も、そういう話題を話していたのである。
 さて、大戦争は偶発的な人為的ミスによって東西大国のミサイルが誤射され、不可避な核戦争が勃発。東西両陣営の狭間の小国日本は、仲裁も出来ずに攻撃目標となる。
 世界の首脳の苦悩と、対比的に配置されるのは、平凡な東京のタクシー運転手に扮するフランキー堺と、乙羽信子の妻と、婚約中の娘の家。彼女は南極観測船に乗り組んで遠い南半球にいるフィアンセと、彼から習ったアマチュア無線で交信し続けている。
 とうとう不可避の最後の瞬間が迫って、一市民の家庭では最後の晩餐が行われる。
 食卓にのぼっているのは、チラシ寿司。この光景こそは昭和30年代の日本人の幸福を絵に描いた象徴だった。
「し・あ・わ・せ・だ・ッ・た・ね・」「し・あ・わ・せ・だ・っ・た……」
トン・ツー音だけの場面に、字幕で、交信記録が流れる。胸に迫る場面は、愛し合うものどおしの、絶唱であるのは理解できた。子供だましの場面は一つもなかった。
 ラストシーンは、日本の国会議事堂の上空でパッと閃光が光って……。
 不気味な静けさ。無……。大団円も救いも何もないそんな映画だった。
 あの頃の僕の誕生日のご馳走は、母が作ってくれたチラシ寿司で、ピンクのそぼろでんぶをまぶし、錦糸卵や細切りの海苔が乗った酢飯で、「やっぱり最後の晩餐 はチラシ寿司だろな」と独りごちた。ただDVDで確認した映画の食卓には、メロンがあったが。さすがに東京の生活水準は高いな、とかつての地方少年は思っ た。
 このたびの震災津波と原発事故では、これが世界の終わりなのかと、ふっと思った。
 原発から25キロ圏内の南相馬市から姉一家が叔母を連れて我が家に避難して来た。
 さらに母親も合流して3月21日、くしくも期せずして、わたしの誕生日を迎えた。
 登場人物たちの年齢設定をはるかに超した年齢だ。一昨年夏には初孫も生まれた。
 放射能汚染が恐れられ福島県は隔離されて水も食糧もガソリンもない状態で、8人になったメンバーの食材も節約し、食堂を経営している調理師の姉は乏しい食材 をやりくりして、はからずもチラシ寿司を作ってくれた。レンコンの入ったピンクのでんぶのかかったチラシ寿司は、母親が作ってくれたものと同じ味だった。
 幼い頃の僕のことをよく知っている叔母は「ある日ひでろーが、放射能雨だ、放射能雨だ、と言って走って帰ってきた。5才ぐらいの子がよくそんなこと知ってい るなと思った」などとエピソードを紹介しては団欒を盛り上げた。生来愉快な性格で、避難とはいえ一族再会して和気藹藹と食卓は歓談に沸いた。
 楽しい雰囲気だったのが、かえって怖くなった。
僕はそっと廊下にでて、電話で東海村の日本原子力研究所につとめる専門家の知人に、実際のところ政府の情報やテレビを信用していいのかどうかと意見を聞いた。
 ものには動じないつもりでいた僕が、初めて恐怖をしみじみと感じたのはこのときだ。
津波も、震災も、原発事故による緊急避難も、すべて、こうした幸福が壊滅することなのだと思った時に、映画の中の家庭が、現実に、僕の家庭に重なった。
 この食卓が、人生で最後の食事なのかも知れない。
 万感が胸に迫って、孤独ではないが厳粛で、すべての情報すなわちガソリンの残量や、水の残量を確認し、各人の携帯電話の番号などを一覧表にプリントアウトして配った。

 ※ 災害は映画を模倣する。もちろん、これは「自然は芸術を模倣する」というオスカー・ワイルドの逆説のもじりだが、現実離れした激震と大津波と原発事故と、まるで映画のような日常で想起するのは、そういう連想である。

(1)チャイナ・シンドローム(1979): http://www.youtube.com/watch?v=5FxtBJ59Jm8

The China Syndrome
(2)世界大戦争(東宝1961)http://www.youtube.com/watch?v=dNVSBbfZRU4

(初出『ゲンロン観光地化メルマガ #28』2015年1月8日号)

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