教会暦と聖書の流れ
 エルサレムへの旅の段落に置かれた、ルカ福音書だけが伝える話です。この旅は、十字架を経て天に向かう旅(9章51節)であると同時に、神の国を告げる旅(9章60、62節、10章9節)でした。きょうの箇所の前には、「これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これはみ心にかなうことでした。」(21節)というイエスの言葉があります。ここでは、その「知恵ある者・賢い者」の代表である律法学者が登場して、イエスと議論します。この文脈から見れば、たとえ話のサマリア人の姿の中にこそ「神の国」が実現している、とも言えるのではないでしょうか。

原町教会の幸田司教さまの午前10時からのミサで説教の予定される日曜礼拝の直前の午前9時から、メッセージをさらにわかりやすく詳しく解説してくださる機会がある。

同じ神父書斎で、ヤシント・エベール神父と歓談していた1984年から10年間ほどの人生の期間が、最も楽しかった。
あの頃は、日曜ミサの時間は、午前九時から十時までの一時間で、そのあと信者たちは神父の部屋で茶菓で親睦の時間を過

30分間のお茶のあと、ぼくは福音教会で日曜礼拝に出た。
教会の暦も知らず、しきたりも知らず、ただ「言葉」との出会いだけが、感覚として「神とは何か」の周辺で、うろうろしていた。

サマリアは、ユダの北の国で、人種的に最盛期のユダヤ人の領土から、アッシリアに毟り取られた。アッシリアの外国人の血が混じり、ユダヤ教が異教徒の混合宗教となって、ユダヤ教の純正を誇る者うればから見下された土地である。

だから、イエスでさえ、サマリアを通過するのに、ユダヤ人のたしなみとして交際も敢えてせず、サマリア人女との接触自体が、特殊な状況らしいほか、時代も地理も知識が皆無のところに、いきなり高尚な宗教論をやられても困るだけだ。

勝手な印象だが、地峡のイスラエル全体の全盛時代にとってのサマリアの異質と、それを拒絶するユダヤ人側とサマリア側の、反応が、日本と朝鮮半島ぐらいしか、対比させる用意がない。

それでも、復音のヒントの時間は、明晰でわかりやすい司教の解説は、聞いているだけで楽しいわかりやすい貴重な時間なので、出席を夢見ながら病欠してきた半年以上の空費が、まことに悔やまれる。

わが故郷の霊肉の救いのために、神が備えてくださっている使徒の司教にさかえあれ。ベース長のシスターが、姉から聞いている激務のため、咳をされて、どうか神が彼女の謙遜なる働きを嘉して、守られますように。