相馬双葉地方はまもなく相馬野馬追を迎えますが、生まれ故郷を離れ半世紀以上、すっかりご無沙汰をしていますが、忘れられないのは紀元2600年の野馬追に在日ドイツ高官オット大使の姿を発見したときのこと。
祭場地から黒塗りの高級車(ドイツ製)で退出する姿を見て、日本の風雲急を告げる、を実感したことでした。彼が日独防共協定、日独伊三国同盟やゾルゲ事件に関わっていたことなどを知ったのは、中学生(相馬商業)になってからのことでした。
大政翼賛会・大東亜共栄圏・・・・・・など威勢のいい掛け声が大きくなる時代に変わりはしないか・・・・危ぶまれます。(H・Mさん)

 郡山に居をかまえられた大先輩が、7月6日に88歳の米寿を迎えられた。
 昭和史を同時代で体験された人物の話は、生で動画を見ているように面白い。
 ただし皇紀2600年は、昭和15年だから2年のずれがある。

https://blog.goo.ne.jp/toru_moon/e/3cfef6d58fba687e32a77414e5a2c50f
「私は,ゾルゲというスパイにとって,メインはあくまでもドイツであり,ソ連のほうはアルバイトみたいなものだったと見ています。ちなみに,ゾルゲ事件がもたらした最大の効果は,日独離反でした。結果からみるならば,これはイギリスの利益に適っていた。(中略)そんな中で,ゾルゲには資金だけではなく,ソースとなるような情報も十二分にドイツ大使館から与えられていた。(P37)」
 「それでは,日本側は何のためにゾルゲと接触していたかというと,これはゾルゲの手記にもでてくるのですが,彼を通じてドイツの情報がほしかったんですね。要するに,当時の日本とドイツはお互いに疑心暗鬼だったというわけです。(P38)
 ところで,ゾルゲはスパイとしては中の上くらいで,ゾルゲ級のインテリジェンス・オフィッサーなら,かつての日本には山ほどいた。むしろ,すごいのは,オットー大使だというのが佐藤の見立て。いわく,「ゾルゲをある程度まで使いこなしたオットー大使は,ある意味で非常に優れた軍事インテリジェンス・オフィッサーだったと思います。いくら夫婦関係が冷めていたとは言え,自分の奥さんとセックスしている男に全幅の信頼をおいて情報活動を委ねるというのは,なかなかできることじゃない。ゾルゲの使い方,二・ニ六事件の分析をはじめとする当時のドイツ大使館の考え方などを見てみると,そんなにお粗末な人間ではなかったのではないかという印象を受けるんです。(P42)」だそうだ。

 ちなみに,佐藤の 『自壊する帝国』に,諜報活動におけるハニートラップ,いわゆる色仕掛けの諜報活動に日本が弱いという話があった。このハニートラップの話の延長で,諜報活動で,ロシアの女性と付き合うのは良いけれど,若いうちはともかく,40くらいになると身体に合わないという話があった。
 インテリジェンスに女性の付き合いは欠かせないのか,『インテリジェンス~武器なき戦争』でも,この話が取り上げられている。いわく,
「やがてモスクワに赴任してしばらく経ったときに,ロシア人は週に何回ぐらいセックスをするのかという話になった。すると向こうが「日本人は何回だ?」と聞くので,ちょっと見栄を張ったつもりで,「相手や年齢にもよるけど,週3~4回くらだろう」と答えたんです。そうしたらモスクワ大学の女子学生が「ロシアではそれは許されない。ちゃんと愛しているなら週16回だ」って(P223)」
 セックスの回数は,コンドーム会社のデュレックス社が調査をしている。ちなみに,All About Japanで取り上げられている直近の調査では,「セックスの年間平均回数」は ,
1位 ギリシャ 164回
2位 ブラジル 145回
3位 ロシア・ポーランド 143回
となっており,モスクワ大学の女子学生の弁も,あながちオーバーとは言えないのである。異国事情に驚くよりも,43回で,調査国中最下位であることを憂うべきなのかもしれない。