ある女性作家を原町飛行場の跡地に案内した。たった一日の日程なので、南相馬市という地域が初めてだという彼女に、最も短時間で最も重要な要点だけを見せてしまうつもりだったので、時間配分はこちらにまかせてもうらつもりだった。
彼女の知的な好奇心はすぐにどこでも反応した。しかしわたしは切り上げてしまう。それは彼女のためだから、と思っている。スケジュールはいっさいこっちにお任せしてもらってる。日程を打合せするなどという無駄な時間さえぼくには時間がないし、彼女にだってないはず。
案の定、彼女は、ぼくを揶揄して後日ブログにあるポイントで興味がわいて出てきたところで「彼は、なんとウルトラマンのように帰ってしまう」という揶揄で、わたしが3分ほどで現場の住民への即興のインタビューを無理やりカットしてしまうことを、からかうように批評の言及をしていた。やっぱりな。こうなってしまうわな。予想どおりの展開だ。
でも、昼の時間もとらねばならぬ。相馬までのに道すがらも、相馬でもポイントは決めてある。どだい一日だけのツアーでなんか、無理なのだ。
たった一度だけのビジターというのはたくさんいる。いや、ほとんどすべてがそうだ。
リピーターというのもたまにはいる。たくさんいる女のビジターのうちの九割は「気の毒な被災地」を視察する幸福な都会のいい暮らしと理解ある旦那の寝床に帰る。
賞を取ったり、テレビに出たりして、名前をみる頻度が高くなる。こちらは現地ガイドでいい。彼らが、この土地をどう描くのだろうか。それだけが楽しみとして、投資として時間と労力につきあうのみである。
想えば世界中で、そういう酔狂な他人や知人に、つきあっていただいたおかげでぼくの人生は成り立った。ありがとう。