世界で初めての教会はどこで誰か?

世界で初の教会とは何処で、誰か。バルトは「イエスと共なる犯罪人」だと指摘する。同題名の説教において、教会とは、あのとき主を裏切って、天国の鍵を預かったと主張するペテロではなく、使徒たちでもなく、イエスと一緒に同じ磔刑で同じ苦しみを(自分で望んだのではないが)受けた、右だか左だか分らないが、隣で同じ死を味わった犯罪人だと指摘するのだ。彼らこそが、現代のわれわれである、と。死刑にされたくらいだからこそ泥や万引きではなかった。裁判員制度でも極悪人として判断されるだろう凶悪を犯したのだろう。しかも、二人の死刑の随伴者のうち、片方は「神の子なら自分を救え」と嘲弄し、もう片方が「自分は裁かれて死刑になるのは当たり前だが、この人は無実だ。そんな言葉を言われることは正当ではない」と言って、中央の受刑者から「きょうあなたは天国にいるだろう」、と言ってもらった。それが初代の教会であり、初代のクリスチャンだと。…
バルトさん、ほんとに、驚くことを説教で言ってのける。
敗戦つづきのドイツのプライドをとりもどしてくれたヒトラー総統がドイツ人の人気を独占し、ドイツの未来を救世主として彼に期待し信仰し、賛迎した時勢の中で、終始人間の罪を指摘し、人間の誠実について語った。
クリスチャンのイメージというと、だいたいがキリストを見上げている磔刑場のギャラリーの中に配置されるが、現代でも敬虔でまじめな道徳家といったワンパターンな印象だが、バルトは、イエスの目線と同じ場所にいた受刑者、三尺高い木の上にいた、同じ立場の彼こそがそれだと。
毎年、教会よりも、刑務所でのクリスマスにひかれるのは、キリストが生まれるのは、あったかい家庭のふかふかふ布団の上でもなく、おいしいケーキのある暖房の効いた文化住宅でなく、寒々とした刑務所体育館や、おなじような寂寥たるこころの中ではないのかと思うからだ。郡山の方の牧師からずいぶん長く手元に借りていたが、返却前にもう一度読んで。