そのころヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。そこへアモツの子、預言者イザヤが来て彼に言った、主はこう仰せられます。「あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない」イザヤ38:1
 2004年2月23日のこと。私は低血糖の発作で倒れ、生まれて初めて救急車に乗せられて救急搬送され、南福島循環器病院に緊急入院された。三日間にわたって検査してもらい、三日目に福島医大病院に転送。そこでの最初の医師の発したことばが衝撃でした。
 「あなたこのままだと死にますよ。この病気は死ぬまで直りません」
 26日か27日のことだろう。さかのぼって22日の夜だったろうか、いつものように聖書を読んでいると、ランダムにページをぱっと広げて、そのあたりを読むという、いい加減な占い師のような読み方を長年やっていたので、なんでこんなか所のこんな場所なのか、どうせいい加減な人生なのだから、いい加減な個所をいつものようにいい加減に読んでいた。
 膨大な旧約聖書を読む習慣は、30歳のときから変わらない。
 ところが、イエスさまが死んで三日目によみがえったというが、わたしの三日間の入院は、高齢の老人たちが姨捨山のような病棟の6人部屋の一つのベッドで、寝たきり老人の介護のされかたをとっくりと見せられた体験入院のようだった。
 低血糖の発作と言うのは、糖尿病の常用薬でインスリンをランゲルハウス島に出させる命令物質で、出ないインスリンを器官に刺激を加えて出させる薬なので、これが腎臓で余分なものとして必要以上の成分を自動的に排斥する機能が、腎臓の働きが悪くなって出来ずに体内に蓄積されて、朝の起床もできないほどの状態だったという現象。
 体中の筋肉に力が入らず、ふにゃふにゃとして、あたりの机か箪笥を叩いて音を出して家人に知らせようと思っても思うように腕も動かせない。声も出せない。
 不思議に頭脳の働きだけは明晰で、周囲の事情を分析して、ちゃんと理解できていた。
 たまたま大学の春休みで息子が帰省していた。台所で朝食を摂っていた。妻はもう早朝に学校に通勤してた。朝の8時ころだろうか。
 体も動かせなくて観念して、もう一度休めば回復するだろうか。一眠りして醒めて、ひざしの角度が変わっていたので、もう夕方になってしまったものか、このまま夜になってしまったら、病院に行くのも困るな、と思い始めて、諦めず再び懸命に腕に力をこめて脇の箪笥を思いっきり叩いて音を立ててみた。
 さいわい台所の息子が気付いてやってきたので、ブドウ糖を舐めさせてくれるように指示した。低血糖の時の処置は言われていたから。筋肉にブドウ糖を補給すればいいのだ。しかし、とても立ちあがれない。尿意は激しいが、出ない。
 そのまま119番に電話して救急車を呼んでくれるように息子に頼み、すぐに屈強な制服青年が来た。簡単な問診を受けながら、一晩近い南福島循環器病院に行ってくれと指示した。自分で脳のどこかの血管が切れたのではないかと素人判断したからだった。