見せたい所がある。みせたいものがある。みせたい人がいた。
その日でなければ、それが実現できないので、それをした。

岡映里という作家がいる。
「境界の町」という本を書いた。311がなければ出なかった本である。
震災・原発事故関連の本のコーナーはどこの公共図書館にもできた。
だいたいのめぼしい311関連の本には目を通したつもりだったが、昨年12月に初めて出会った作家との縁で、彼女の本を読んだ。
どこの雑誌に書いたわけでもなく、本人のためにだけ、個人的に書評を書いた。
彼女のためには重要な書評で、ぼくのためにも大切な行為だった。
心の深淵について、耕すような本について、ぼくらはなぜ「苦しみながら本を書く」のだろうか、という不思議な自問自答を神が与えてくれたような三カ月間だった。
三カ月、時間を溜め、思いを込め、力をこめて、待っていたような準備期間のようでもあった。
それが満6年の311という瞬間だった。
ぼくらの人生が「神与え、神奪いたまふ」ものであることを、
神自身が教え、さとし、納得させてくれたうえで、
こころから「神は偉大なり」と呻吟しつつ、言葉にならぬ法悦のごとき信仰告白をするのだ。
311の直後に、ふるさとの海岸の津波の後の光景に打たれたいうにいえぬ個人的な体験を
もういちど体験したような、みじかいが濃厚な二日間についてメモしておきたいと思う。

双葉について知らないわけではない。地元相馬の南のお隣だからだ。しかし、運命的な出会いによって、美しく切なく、描かれた双葉との邂逅によって、こころがつかまれた。
いま双葉を舞台に本を書いているのだが、土地への愛情がなければ、それについて書くことはできまい。
ぼくは正直言って、双葉が嫌いだった。食わず嫌いだったろうが、長年、原発記事を担当していたので、あの土地に入ることが忌避されてきたのだ。物書きとして、好きの嫌いの言ってられないのに。
彼女は「境界の町」と言う本で、楢葉を中心にさまざまな人間像を描き、おおくの重荷を背負って、へとへとに疲弊し、原発本のブームが峠を越えてから、やっと書きあげた。しかし残った分文章は、鎮魂でも復興でもなく、まぎれもなく自己の再生だった。それは、ぼくの双葉嫌いをも治癒してくれるほど、双葉の人間の魅力について語ってくれた。
背中を押してくれる。さあ、こんどは自分の双葉論に挑戦しようと。

岡映里

私は双葉郡に自分の育った三郷をどこかで重ねてみていたような気がする。
歴史から素通りされた町。
話題にのぼらない町。
土地の人間でさえ思い入れのない町。
そういう町に、突然原発が来たのだ。

富岡町は、楢葉の北隣りにあり、商店が多く存在していたので、楢葉の人間は皆すこしいいものを買おうという日には富岡に出かけた。富岡町は夜の森の桜が有名だが、私はこのはっきり言って東日本でもっとも素晴らしい桜並木の存在を、震災がなければ知ることはなかっただろうと思う。
富岡も、楢葉に負けず劣らず、中央の歴史には書かれない「空白の町」なのだが、細かく地図を見ていくと、この町には「日本で一番小さな灯台」があるらしいと知った。それを知ったのは2011年秋のことだ。
「小良ケ浜灯台」という。
この灯台は、第一原発と、第二原発のちょうど中間に位置していて、地図の感じからすると、断崖絶壁の入り組んだ海岸がちょうど乳首のように出っ張っている場所に建っている。
地図を見ていての推測でしかなかったが、多分、2つの原発を同じ場所から同時に見ることができる唯一の場所に思えた。