町長として終戦を迎えた佐藤信成氏に、当時の世相とご自身の生涯などを語っていただこうと思って訪問したのは昨年十月のことであったが、氏は病床にあり、話は夫人と弟英良氏からお聞きした。
 同時期に、小高町福浦村に疎開をかねて村長をつとめていた天野秀延氏(原町市民歌を作曲したイタリア音楽研究家)にも会見を申し込んでいたが、相次いで亡くなられ、むせぶような霧雨の降る十一月十一日に、両氏の葬儀はとりおこなわれた。
 私は、地域史の発掘に興味を持ったのが遅すぎたようである。
「秋市にサーカスが来た頃」エピローグP157