三瓶宝次町議5回めの来訪。インタビューつづき。
最近の「ふるさとを返せ」原発事故完全賠償請求裁判の第三回公判の記事などを送った礼で、飯坂温泉のラジウム卵を手土産に、いちばん喜んだのは我が家の奥様。
本日はDASH村の舞台である津島の、最も放射線量の高いポイントである赤宇木地区にかつて存在した津島第二小学校の沿革について調査の打ち合わせ。
それから浪江高校の津島分校が、かつては小高農業高校の分校として津島地区に津島第一小学校が移転された廃校を活用して設置されたが、「津葛分校」と呼ばれたこと。すなわち津島も葛尾も独立した村であったから、その双方を対象にした名称だったこと。もともと農業科だったが、浪江高校の分校に移行された時点で母校の普通科に統一された。
町の中心集積地から沿革の中山間の村の子弟にとって、この分校は中等教育のための経費の負担が強いられるため、保護者にとっては大きな恩恵となった。
さすがに地元で80年生きてきた生き字引の存在の元議長さん。
DASH村の草創期の話は何度聞いても面白い。
機械化以前の日本の農村の知恵を生かした農村を、自分たちが体験しようという日本テレビの企画は、もともと今村司というデイレクターの提案に因るものだったとのこと。
これを実現させたのは福島出身の高畑日テレプロデユーサー。高畑氏から三瓶氏のところに最初は「DASH村の候補地を推薦してくれ」という話だった。
当該用地は三瓶家の所有で、ここを借りていた農家が退去して空き地となっていたため、雑草のはえる荒れ地にしておくわけにはいかないので、売却するつもりだったという。
日本テレビではテレビ番組の撮影用のロケ地がほしい。「買とることはできないので、貸してほしい」という要望だったため、条件をすり合わせて契約した。個人でなく、法人が相手という条件なので、三瓶氏個人ではなく、「あぶくま〇〇」という会社名での契約。
「農業指導、大工指導、炭焼き窯づくり、田圃作り、畑づくり、つけもの作り等など、それぞれ専門の地元の農民を手配し、ロケのたびに必要な人員を集めて、その協力体制から、賃金の支払いまで一括して引き受け、日本テレビにかかっただけの請求をあとで行うというスタイルでバックアップした。企画の段階からDASH村建設に参画してきた。」
普段の農地の管理から、動物を飼う人手も必要だ。ロケ当日の必要人数も村人はそのまま農家をやっている津島の地元民である。
大工仕事と農業指導で出演した三瓶明雄さんは、もともと宝次さんの遠い親戚にあたる人物。年恰好がほぼ同じ年代だ。つけもの名人として出演したのは、孝子夫人である。
テレビの撮影ロケ地なので、はるばる関西からやってきて見学したがるファンもいたが、所在とは秘密ということになっていた。それでもファンはやってきた。無許可で闖入する不心得者も相次いだため私有地につき入口には撮影所のような大きな扉で締め切られた。
こうした流れの先に、火事さわぎが起こったのである。(つづき)