黒岩のバイパス沿いにあるGEOというDVDレンタル・ショップで、勝新太郎主演の大映映画「兵隊やくざ」という新旧2巻を借りて見た。(7月13日)
 かつて伴淳三郎の「二等兵物語」という松竹映画のシリーズを、VHSテープで全巻見たことがある。(岩代町図書館に通って)
 このほか、シリアスな野間宏原作「真空地帯」の映画化VHSも、近所のビデオ・レンタル店で借りて見た。新東宝の「憲兵」なども見たことがある。
 テレビが一般的になる以前の時代に作られた娯楽作品なので、時代と価値観の限界がありますものの、現代から見れば、どれも旧陸海軍の兵営生活を理解するには良い教材ですが、この種の作品を見るのはよほどのマニアぐらいでしかないことでしょう。
 「兵隊やくざ」のナレーションによりますと、有馬頼親という作家の私小説的回想としてユニークな人物として大宮二等兵の生き方が描かれていますが、この庶民の最底辺の人物は、すべての兵士が経験して共感しうる一般的な軍隊体験を味わい尽くしますが、理不尽な上官をやりこめるカタルシスは一種の爽快さがあるのが、庶民にとっては魅力的です。
 勝新太郎の「売り」として、破天荒でアナーキーな「暴力礼賛」は、やがて昭和40年代の「やくざ映画」全盛時代へとつながってゆきます。
 渥美清の主演した「拝啓 天皇陛下様」も、庶民の兵隊経験が舞台のストーリー。これも、おなじ内務はんのインテリ作家志願の戦友から見た素朴な庶民代表の兵卒をめぐる味わい深い戦中戦後の人生ドラマである。確認のために再見してみたら、意外に兵隊編は中心的でもない。文字も書けない主人公が、戦友どのに読み書きを習って、天皇に手紙を書こうとするというのがタイトルのゆえんだが、それほどの意味はなく、手紙も小道具にすぎない。庶民の素朴さの象徴である。
 「兵隊やくざ」も「二等兵物語」も、戦後いちはやい「雲ながるる果てに」のようなインテリ手記による学徒出撃の悲劇や「ゆめゆり部隊」などの沖縄の女学生の悲劇は、比較的に庶民とはいえ、上層の階級の若い世代の逸話であって、下級の庶民には、軍隊に入って初めて白米の飯が食えたというような貧農子弟の器ではありません。そうした最下層の欲求が、第二世代の戦争娯楽映画で、「共感」されたのでしょう。
 あたりまえのように将校と兵隊の階級差がそのまま反映された慰安所の慰安婦の存在や、内務班の訓練日程など、われわれ戦後派には別世界の物語でありますが、昨今のきなくさい安倍政権と政界全体の空気からすれば、すぐに戦前体制が再現してしまうことでしょう。
 民主主義の根の浅さによって、現代の世代はいとも簡単に刈り取られるような気もします。
 しぶとい抵抗によって自己の世界を守り切るだけの気概は、たぶん期待するだけ無理。戦争回避への道は、地道な教育しかないだろうと思っています。
 近時のテレビドキュメンタリーには、ときどきすぐれた研究や探求がありますけれども、全般的には、判で押したような特攻隊中心の花盛りです。
 8月15日までの暦の流れのマスコミ特番では、昨年の終戦70周年でも、今年の戦争体験特集でも、もはや体験者そのものが希薄で、戦争体験の伝承というテーマに移っています。
 本年はFTVの笹川記者が、昨年来レクチャーしてきた昨年の原町飛行場につづき、矢吹飛行場のエピソードが番組に扱われました。
 若い教師やテレビ記者などに、特別にコーチすることぐらいしか、自分にできることはありませんので、飽かずに機会を逃さずに語り伝えるようにしています。