腐海のほとりにて

 わが故郷は腐海となった。
 南北にわたって広がる福島県浜通り地方と呼ばれる太平洋岸の地域は、報道の地図でみればおどろおどろしい色分けで示されている。鮮血のような真っ赤な血だまりのごとき高濃度放射線量地帯は原発事故の傷跡さながらだ。帰還困難地区と命名された濃い色彩で塗られた人間の生存を拒絶するエリア。これに隣接して包含しさらに帰還準備地区という放射線の波打ち際のような除染の済んだ旧住居地区。チェルノブイリ以後「ゾーン」と呼ばれる放射能管理地区である。
 腐海とはすなわち、宮崎駿が描いた「風の谷のナウシカ」の世界の、人間と非人間の共存しえない「自然」との境界を画する世界である。作者のイメージでは、核戦争という人間の愚行を治癒しようとする自然そのものの自己回復力の形象化されたものと言える。
 その腐海を守るオームと呼ばれる巨大な芋虫状の守護神。
 SFファンタジーとして爆発的に売れた「ナウシカ」は、案外に感覚的にもわれらの現実を先取りして描いている。「被曝」というもっとも現実的な生存のための課題においてである。
 住民は苦しみの中で、人間の最低限の文化生活と基本的人権を試されるようになった。かえって鮮やかに真実が見えるようになり、人間に必要なものを知った。
 いつからか。
 311という時点からである。

 わが故郷を呑み込んだ大惨事が五年前の311に起きた。首都東京の交通を動かし、ビルを保守管理し、彼等の足である地下鉄やらエレベーターを動かす電力を作り出す。
 全日本を支配するスパコンの電子情報をも、遠く新潟と福島からのケーブルを通じて供給されている。
 首都圏から不定形の周囲に放射性降下物のシャワーで生物の遺伝子を破壊する一帯に地表と大気中に、まき散らされた。
 こうした状況はSFの世界では夥しい作品がシミュレートして描いてきた。芸術家、クリエイターたちの霊感に働き、また映画監督といった才能が、現代の危機に寄り添う作業なのだろう。彼等は「被曝」さえビジネスと娯楽の一部にしてしまう。政治家やゼネコンやアントレプレナーたちが欣喜雀躍する、福島の被曝地帯に新地平の「太陽光発電所」「水素ステーション」「夢のロボット産業」「廃炉ビジネス」「ふたば未来学園」など、薔薇色のきらびやかな活字が躍っている。
「腐海」のほとりに住むために、いや無理にも住ませるためには、夢物語が必要だと国も県も信じている。むかしからあったわけではない。TEPCOという企業と、その甘い黄金で買われた役人と政治家が「放射能」で覆ったゆがんだ同心円である。