敬愛するHさん、Wさん。
うるわしい春が巡ってきました。
しかし、2011年のあの311災害の想い出の春は桜を喜んだという記憶がありません。
ただ混乱の中に、あわただしい気持ちで、必死にニュースにしがみついて福島脱出の機会をうかがいつつ、安全な飲み水の確保に何時間も外で給水車を待ち、食糧を売っている店が開いているのを探して、久しぶりに埃かぶった自転車を引っ張り出して氷雨にも雪にも濡れて、町をさまよい、少ないガソリンを温存し、開いているガソリンスタンドの情報をネットで監視し、あれば急いでかけつけ長い車列に並び、たいていは品切れになって帰るという徒労の思い出ばかりしかありません。
そんな中で、最初の三日目の日曜礼拝は、牧師夫妻と五十嵐姉と、五六人だけ。木田牧師の説教は、エレミア3章もしばしば余震で中断され、神への恐れという言葉が実感され、まことに言葉通りの終末の日とは、こういうものであるのか、と漠然と感じていたことだけを覚えています。
二度めの日曜礼拝は、教会に避難してきたメンバーのために、石黒兄と一緒に、開いているスーパーで食糧を買い出しにゆき、橋の上でえんえんとガソリンを求める車列に閉じ込められていた記憶。
電話で呼び戻され、私の母が私の伯母で従兄の母親と一緒に原町を脱出してきた、ようやく故郷の顔ぶれと顔を合わせることができた。
しかし、ついぞ桜を安心して見ていた記憶はない。
すっかり2011年の桜の記憶がないのです。
翌年の1月に「相馬看花」というドキュメンタリー映画の中の桜をみて、ああ、南相馬にも桜が咲いていたんだなあ、と初めて2011年にも春も桜もあったのだと知った。