夜の森の桜並木と半谷清寿・但野芳蔵

311で多くのものが失われ、愛着深い故郷の人家も古い文化財も洗い流され、親しい血族も友人も死んだが、共同体は必死に「絆」を護っている。
南相馬市小高区生まれの半谷清寿は、藩政時代の天明天保の大飢饉や、明治37、38年の東北大冷害からの復興救国を祈願して、古い農本主義や旧弊な価値観を脱して商業に活路を見出して養蚕と絹織物産業に尽力し富岡町夜の森を開拓した。
また小高の野馬掛け祭にセットで農の虫送りを観光化して火の祭りを創始した。政治家になって「東北減租論」「明治神宮東北誘致」等を提唱し著書「将来の東北」で地方復興が日本全体の興隆になるという壮大なビジョンを展開した。
躑躅でも有名な夜の森駅は、半谷とは盟友の但野芳蔵という太田村生まれの人が、共同で土地を買って入植し、見果てぬ彼らの夢の開拓地として誘致した。桜も百年前に彼が植えた。
千年前の相馬野馬追は残った。百年前の桜並木も残った。国は今年度に桜並木の除染をするという。目先の利益で右往左往する現代を遥かに睥睨して、百年前に後世への最大遺物として「故郷への愛」を残した男の夢は滅びないことを実証したのである。