御嶽山の突然の爆発で68名が亡くなられた。にわかに思い出されるのが福島県地元の火山群のことだ。
1888(明治21)年に磐梯山が大噴火。河川のせき止めにより桧原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼をはじめ、大小さまざまな湖沼が形成された。裏磐梯の景観は、この時に出来た。福島市の吾妻山も明治26年から28年に小噴火。磐梯朝日国立公園の代表的美観は一連の火山活動の名残だ。
1900(明治33年 )7月17日に安達太良山の沼の平で水蒸気爆発、沼ノ平火口を形成し時には時速100キロメートルを超える火砕流よりも高速で移動する火砕サージが西側斜面の沼尻鉱山を襲い、死者72名、負傷者10名。
自然のいとなみは人間の寿命を超えて、規模も災害も桁外れの力を見せ付ける。
先月裏磐梯に行楽してきたが、紅葉の季節は美しかった。たった百余年前に忽然と出現した景観であることを思うと、人間の人生の短さと非力の前におのずと粛然となる。