川俣駒桜の思い出

 

川俣町秋山の駒桜は、孤独な桜だ。山の中で一本だけの大ぶりの枝に、豊かなピンクのドームを形作っている。山峡なので、わざわざ探しながら行かねばならない。かつて、ブラジルへ移民した伯母を訪ねたこと5回。桜咲く秋山の佐藤家に生まれ、いわき三和町出身の佐川義信という青年から求婚されて、入籍してブラジルへ渡航したのが1923年。すなわち90年前の大正12年、船の上で関東大震災のニュースを聞いたという。

福島駅を出るとき、伊達の遠藤修司という福島農蚕学校の教師をしているクリスチャンから激励されて出発した、と佐川氏は語った。その青年は伊達力行会から海外に貧しく有望な青年たちを送り出し、地元に聖光学院を創立した人物で、福島県白菊会という献体志願の会を創立させ、みずからの体も解剖検体に提供した。

私は1984年のカーニバルに初めて渡伯し、この逸話を聞いた。夫人が、幼時に、秋山の駒桜の下に遊んだというはるかな昔の思い出話を。 物語のある秋山の駒桜を訪ねるたびに、今は亡きブラジルの二人の笑顔を思い出す。