ロシア正教と子供の聖書

 

「カラマーゾフの兄弟」の一部

グリゴーリーはスメルジャコフに読み書きを教え、十二歳から宗教史を教え始めた。しかしこの仕事は無駄だった。まだ二、三回目のある日、少年が突然、せせら笑ったのである。

「なんだ?」

グリゴーリーは怖い目をして尋ねた。

「べつに、だけど神が光あれといったのは最初の日で、太陽と月と星は四日目でしょ。じゃ初日の光はどこからきたんです?」

グリゴーリーは唖然とした。少年は軽蔑したように先生を眺めた。生意気そうな目をしていた。グリゴーリーはこらえきれずに。「ここからだ!」と叫び、生徒の頬げたをぶん殴った。

 

アンリ・トロワイヤ「ドストエフスキー伝」(村上香住子訳・中央公論社)から

ドストエフスキー家の子供たちの教育は早いうちから始められた。(中略)最初のテキストとして選ばれたのは「旧新約聖書104の物語」だった。貧弱な挿絵が、天地創造、楽園のアダムとイヴ、大洪水を表したていた。中略 子供たちが「旧新約聖書」の物語が読めるようになると、ミハイル・アンドレーヴィッチ(作家の父)は、聖人伝記を教えてもらうために、博学な補祭に家庭教師をしてもらった。中略 彼の雄弁な話術には、家族全員が惹きつけられた。

これらの引用から、ドストエフスキーを含む十九世紀のロシアの子供たちが、一部であっても家庭で大人から聖書の物語を教わったりしていたらしいことがわかります。

 

現代ユダヤ人は、年に一度の「プリム」という祭日をこのエステルに捧げている。その日には、「ハマンの耳」というなの、聞くだに恐ろしい名前のお菓子が付き物だ。ところが彼らユダヤ人は、このプリムの祭日をまじめに祝っているのではない。あまり宗教的でない普通のユダヤ人にとってプリムはなんと仮装の日なのである。

敬虔なユダヤ教徒の間でも、こうした事情は変らない。普段でもカトリック教会の儀式にともなう厳粛さとは縁のないシュナゴグ(ユダヤ教会堂)が、この日は喧騒の極と化す。「エステル記」が読み上げられるのだが、敵役ハマンの名が出てくるたびに、会衆は大きなガラガラを回してとてつもない音を立てる。おまけにこの日だけは宗教的ユダヤ教徒の子どもたちは、いつもは禁止されているたばこが吸える。ユダヤ人大量虐殺の阻止と子どもたちの喫煙との関係にはもう一つ分らないものがある。しかし敬虔なユダヤ教徒の間ですら「エステル記」がまじめな宗教書と考えられていないこと。文学作品としてもあまり質の高いものと見られていないことだけははっきりしている。